オッサンは軍の本拠地を探検する

エルネスト王国軍本部。


それは王城の3つに区分された一角、軍部地区ロウアーヤードに存在する。


いわゆるレンガ造りの武骨な建物だ。

日本で言う所の明治時代とか大正時代辺りの建物みたいな感じだな。


この本拠地には常時2,000人ほどが在中しているらしい。……思ったより少ないな。


『NO、Master。あくまでもこの本拠地にいるだけで2,000人です。この国のいたる所に支部がありますし、各領地には領主の私兵、騎士団も存在します。エルネスト王国の総兵力としては軽く20万を超えます。』


なるほど。傭兵やら冒険者やらを加えるとまだ増えそうだな。ウチの村人みたいな奴らが20万人も……。やはり異世界は危険だ……。



内部は万一敵が入り込んでも容易に位置関係を把握出来ない造りになっていて、さながら迷路のようになっている。



「坊ちゃん、そこを左だ。」


俺の斜め後ろからクーガーが道案内をしてくれる。


流石、軍部の本拠地と言うだけあって中はもかなり広い。大人が数人余裕を持ってすれ違える広い廊下を3人と1人で歩く。


物珍しいのだろう。ユーリもリリーも面白そうにキョロキョロと周りを見ながら歩いている。



「すげぇなぁ。ここで御館様や奥様も働いてるんだろ?……やっぱりアルも将来はここで働くんだろうな。」


「多分そうだと思うよ。アーネスト家の当主は皆軍人さんなんだって。年の半分くらいは王都で過ごす事に―――。ね、リリー?王都で冒険者になったのってもしかして……。」


「ふふーん。アタシみたいな平民が軍人になっても王都勤務になるかは分かんないしね!その点冒険者なら拠点は自由だし、結構軍と連携する事もあるんだってさ!」


村長に聞いたんだ!と楽しそうに語るリリーと王都か……、と何やら意味深に悩むユーリ。


俺が聞き耳を立てていると知ってか知らずか、後ろで俺の人生設計に関わりそうなガールズトークが繰り広げられている。



「モテる男はつらいねぇ。ちなみに、ロウエル公爵は愛妻家で有名だぜ?」


楽しそうな声でクーガーが耳打ちをして来る。


知ってるよ!クソっ!

あの人は普段は優しいのにユーリの事になるとママンより怖いんだぞ!



気分を切り替えるために周りを見渡す。


王城の中にあるからなのか、武骨ながらもどこか気品を感じる造りをしているな。


何かウチの屋敷みたいでちょっと落ち着く。



「次はあの階段を登るぜ。登ったら右だ。」


軍隊の礼儀なのか、さっきからクーガーは俺の前に出て先導せずに斜め後ろから声だけで道案内をしてくる。


前に出て先導してくれと言うと俺の尻に興味があるのか?と茶化してきやがった。


お前は礼儀の前にセクハラって概念を覚えろ。

ユーリとリリーが動揺しただろ……。



「―――しかし、今更だが俺なんかが勝手に入って良かったのか?いくら四大騎士のクーガーがいると言っても普通はこういう所って関係者以外立ち入り禁止じゃないのか?」


正面玄関にあった守衛所みたいな所もクーガーのお陰でノーチェックだったし、何なら警備員達にも敬礼して迎え入れられた。


それでいいのか?王国軍……。



「あん?何言ってんだ?坊ちゃん。嬢ちゃん達はともかく、アーネスト直系のアンタが関係者じゃない訳ねぇだろ?」


顔は見えないが呆れた様子のクーガー。


「そうだよ。御館様はこの国1番の魔法使いだし、奥様は最強の剣士じゃないか!」


リリー、強い奴=偉いはアーネスト領だけの脳筋理論だろ。……だよな?


「いや、リリー。偉いから何しても良いって訳じゃないだろ……。それに、あの2人が強いのは分かるんだけど、軍としてみたら数いる中将と大佐の1人だろ?アーネスト家が軍で幅を効かせてる理由にはならんと思うんだ。」


「……確かにそうよね。替えのきかない人材だとは思うけど、そこまでアーネスト家を重要視する理由にはならないと思うわ。軍の人達のアルくんへの扱いってまるで王族みたい!」


何となく俺の言いたい事が伝わったのか、ユーリも同意してくれる。


そうなんだよ。さっきからすれ違う軍人さん達皆が俺に気付くと直立不動で敬礼をし、道を譲ってくれる。


はっきり言って異常だ。


俺は王族でもなんでもないんだぞ?

アーネスト家が王家の直臣だろうが強かろうが、所詮は子爵家の地方領主。


ここまで大袈裟に扱われる理由が謎だ。



「……本当に何にも知らないんだな。アーネスト家が子爵ってのは名前だけだ。基本的には伯爵相当の扱いを受けている。正確に言えば辺境伯になるな。」



……はぁ!?

伯爵って言えばあれだ。ドラキュラだったり黒い執事が仕える女王の番犬だったりベルばらだったりする爵位だ。


辺境伯ってのは扱い的にはさらにその上。


国境を護る為に広大な領地と大きな権限を与えられた公爵に次ぐ役職だ。


公爵が王家の親戚なので、王家と血縁関係のない貴族位としては最高位になる。



しかし、何でそんなことになってんだ?

ウチの領土に国境なんか……。


……あるわ。帰らずの森の向こうは他国だわ。


そうだよ。ウチはエルネスト王国の東の果て。

言ってしまえば国境にあるんだよ。


しかも帰らずの森が広過ぎて実感はないが、馬鹿みたいに広い領地を持っている。



国境を護る広大な領地を持つ貴族は?

辺境伯じゃねぇかっ!




「それに王族みたいってのは言い得て妙だ。

―――おっと、危ないぜ?坊ちゃん。」


あ、いてっ。


驚愕の事実に驚いてクーガーの方を振り返っていると誰にぶつかってしまった。



「す、すみません……。余所見をしてい―――。

なんだ。アレク爺ちゃんだったのか。」



そこにいたのは俺の血縁上の祖父。

アレクサンダー・キングストンがいた。


真っ白な髪をオールバックにし、いつも手入れを欠かさないカイゼル髭が目立つ。



「はっはっはっ。歩く時は前を向かんといかんぞ?アルフォンス!ようこそ王国軍へ!」


確か歳は60半ばくらいだったはずだが、相変わらず歳を感じさせない溌剌とした爺さんだ。


身長も俺より僅かに高い。



基本的に婆ちゃんと2人で王都暮らしをしていて年末年始等にちょっと顔を見る程度の間柄だ。


ママンの父にあたるのだが、当主を引退したからと今は婆ちゃんの家の苗字を名乗っている。



「え、いや、ようこそって……。爺ちゃんはこんな所で何してんの?」


よく見るとパパンやママンと同じ黒の軍服を着ている。爺ちゃんも軍属だったのか?


「ガッハッハッ!そりゃあいるさ。儂は50年近くはここにいるからのぅ。」


楽しそうに笑いながら自慢のカイゼル髭を摘む爺ちゃん。


……あれ?何か爺ちゃん胸に吊るされてる勲章の数やけに多くない……?



「しかし、時が経つのも早いなぁ!もうアルフォンスも入隊か!―――ぬ?お前制服を着ていないな!?いかんぞ!軍の規範たるアーネストが制服を着用せんのはいかん!」


いやいや、何言ってんだ?この爺さん。

俺はまだ10歳だ。とうとうボケた―――。


「―――って、ちょっ!?力強っ!」



爺ちゃんにむんずと襟首を掴まれて引きずられる。


訳知り顔のクーガーのニヤニヤ笑いがやけに目につく。


テメェ絶対何か知ってんだろっ!?



「クーガー、先に会議室に行っておれ。儂はこの不良孫に軍服を着せてから向かう。」


「はっ!承知しました。元帥閣下!」



げ、元帥!?軍のトップが爺ちゃんなのか!?


………………

…………

……



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