とある軍人の独り言

俺の名はクーガー。


苗字も何もないただのクーガーだ。

王から『隠形暗師』の2つ名を貰った時に苗字も生まれ故郷も何もかも捨てた。



エルネスト王国の2つ名制度は面白い。


地位や身分に関わらず、一定の成果を認められた軍人は王から2つ名と共に1つだけ王に直接上申が出来る。


この国最強の『氷嵐剣舞』の姐さんは時間の無駄だから王も含めどんな相手にも敬語は使わないと王に宣ったし、そんな恐ろしい女帝にベタ惚れの『粉砕万魔』の旦那はその結婚とアーネスト家の当主になる事を王に認めさせた。


その前提として姐さんと決闘して勝つと言う偉業を成し遂げていたが……。

だからあの人は軍部では勇者と言われている。


あの熱血ババアはなんだったかな?

何かくだらないお強請りをしてたはずだ。



俺は自分の部隊を持つ事を希望した。


その希望に元々軍部であった偵察やら斥候役増強の必要性、情報集積と解析の重要性、後は既存の規律や法律に縛られないイリーガルな行動が出来る部隊が望まれていた事が合わさる。


その結果、世にも珍しい平民出の下士官が隊長の非合法部隊不可視の短剣インビジブルダガーが生まれたのだ。



別に偉くなりたかった訳ではない。


ただ、どうしても貴族が隊長の場合は派閥やメンツなんてモンが絡んで来る。戦場じゃあそれに巻き込まて死ぬやつも結構多い。


俺の戦友達もそんなくだらないマウントの取り合いで死んだ。


だからそんなもんに縛られない部隊が1つくらいあってもいいんじゃないかなと思ったのだ。



まぁその結果が法律にも縛られない非合法部隊なんだから良かったのか悪かったのかは今でも分からないが……。



今日とんでもない奴と会った。



退屈な任務の最中、どこぞの公爵家の紋章を掲げた馬車が王都の上空を飛行しようとして来た。毎年この手の馬鹿な目立ちたがり屋はいる。


大抵は世間知らずの勘違いした馬鹿ガキで、ちょっと脅してやれば直ぐに逃げ帰る。


実際、警備的にも王都の上空を勝手に飛ばれるのもよろしくないし、本当にあの馬車の中にテロリストがいたら大問題だ。


仕事半分、バカ貴族への嫌がらせ半分で威嚇射撃を行ったのだが……。



強烈な反撃を食らった。


空を覆うほどの魔力で構成された魔力剣がまるで嵐のように降ってきたのだ。


その剣群は意思があるかの様に正確にウチの隊員の身体を貫いた。


しかもご丁寧に手や足、身体に刺す場合は重要な臓器を避け、大きな血管の隙間を通すように刺さっていた。


とんでもない芸当だ。


確かにウチの部隊は新設でそこまで兵の練度は高くはない。


しかし、ここまで手加減されるとは……。

まるで粉砕万魔の旦那と戦っているみたいな気分だ―――。



そして、空から降り立ったあの人を見て俺は驚愕する。


伝説に謳われた金髪金眼。

服の上からでも分かる鍛えこまれた肉体をドラゴンの革製であろう黒の外套でつつみ、悠然と戦場を闊歩する。


戦場に伝わる古いおとぎ話のまんまだ。


黒衣を纏う金髪金眼の戦士を見たら近付くな。

彼の者は死神。王国が誇る最強の戦士―――。


「―――アーネスト……!」



彼に何事かを指示された騎士達はすぐさま行動に移し、やられたウチの部隊員達の救助にあたる。


そんな光景を見ながら俺の頭は目の前の情報を整理する。


あの男がアーネスト家縁の者だったとして、そんな奴がいたか?


アーネストにも分家や親戚筋があるが、あそこまで伝説通りの見た目をした奴はいない。


そもそも今のアーネスト家は3人しかいない。

俺程度と同格という正しい意味で役不足な評価を受けている『粉砕万魔』と『氷嵐剣舞』、後は確かまだ10歳の息子だけだ。


まさか自分と同年代っぽいあの男が10歳なはずはないし……。


数瞬、迷った末にあの男の前に姿を現す決意をする。


そして男を目にした瞬間確信する。


あ、コイツはあの2人の息子だ……。


よく見れば見た目は粉砕万魔に似ているが、仕草や言動、そしてその全てを射殺す様な目は氷嵐剣舞の生き写しだ。


10歳と言う情報が間違っていたのかなんて呑気な考えはすぐに吹っ飛ばされた。

少しからかってやるつもりが得意の手品のネタは即見破られ、秒殺される羽目になったのだ。



―――つくづくこの坊ちゃんは変なやつだ。


あの見た目で10歳というのも勿論だが、平民の俺に土下座をかまし、敬語を使おうとする。


部隊名や俺の事を知っているくらいだ。

俺が平民出の単なる下士官なのは知っているだろうに……。


その癖国に楯突くことを屁とも思っていない。



「坊ちゃん、国に楯突いたって自覚はあるのか?これが正規部隊だったら普通に国家反逆罪だぞ。」


からかい半分呆れ半分で脅してみたのだが、そんな事実はないだろう?と来たもんだ。


確かに10歳児に全滅させられる特殊部隊なんか冗談にもなりゃしないな……。


強さを尊ぶアーネストらしい物言いだ。

次第にこの坊ちゃんを好きになる自分がいる。



この国の軍規では隊長になれるのは士官以上。

つまり、貴族じゃないと駄目だ。


今は王命で超法規的に俺がこの部隊の隊長をしているが、いつかは名前も知らない貴族達に取り上げられる可能性が高い。


こんな人が俺の上に居てくれたら……。



多分、部隊の連中も俺と同じ気持ちだと思う。

軍部の拠点についた時、誰とも言わずに馬車の前に部隊の連中が整列した。



「―――傾注!! アーネスト家次期当主、アルフォンス・アーネスト様がお通りされる!総員!剣礼プリセントアームズ!!」


王国軍きってのはみ出し者集団不可視の短剣インビジブルダガーが近衛なんか目じゃないくらいの揃った剣礼を披露する。


それはきっと俺達から坊ちゃんへの忠誠の現れなのだろう。



そんな俺達の気持ちを知ってか知らずか、坊ちゃんはやれやれと小さく嘆息してから歩き出す。



その歩みは己の城に帰ってきた城主の様な威風堂々としたものだった。

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