非合法
そこはまるで戦場のようだった。
53名の盗賊っぽいオッサン達が俺の魔力剣に貫かれたり、足や腕を飛ばされたり傷付けられて痛い痛いと呻いている。
見た目は完全に盗賊、少なくともカタギには見えない悪漢共だ。日に焼けたマッチョな身体。小汚い革鎧で身体の要所を守りつつ、棘やスタッズ等で装飾している。
うん。もう世紀末でひゃっはーしてそうな見た目だ。これは確実に野盗の類だろう。
しかし、あんな投げやりな魔法1発でこんな惨事になるとは思わず、俺は途方に暮れていた。
一応、罠の線も残っているので、盗賊?達を回収して地面に寝かしてからユーリの護衛部隊が辺りを探索してくれている。
まぁ俺の探索魔法には何も引っかかっていないのであくまでも念の為だ。
「何故こいつらは痛がっているんだ?」
「アルくん……。普通の人は剣で刺されたらこうなるんだよ……?」
俺の呟きに呆れるユーリ。
「え、いや。それくらいは分かるさ。でも、だからこそ普通は無属性魔法を身体中に張り巡らせて相手の攻撃を防いだり、傷付いても回復させたりする訳だろ?」
そう。それがこの世界の基本だ。
この世界の戦士達は常に魔力や気と言われる不思議パワーを体内で循環させ、身体能力の強化や回復力を底上げする事で超常の力を振るう。
パパンやママンと訓練している時、ママンに斬られても浅い斬撃なら身にまとった魔力が弾き飛ばすし、深く斬られてもここまで血が出ることはなく数秒で塞がる。
「もし仮に相手がユーリだったら俺の魔力剣は全て弾き飛ばされていたはずだし、リリーなら全ての魔力剣叩き落とされてついでに反撃されているだろ?」
確かにアーネスト育ちのリリーは別枠だとしても、ユーリでも問題ないんだぞ?
流石にドキめもの主人公だけあって覚えは良いし才能は間違いなくある。それでも数年しか鍛えてない女の子でも出来る普通のことなんだ。
確かに戦ったことのない一般人ならそういう事もあるだろうが、まさかこのナリで一般人って事はないだろうし……。
「……いいか?アル。アタシもあんまり人の事は言えないんだけどさ、物事をアーネストの基準で考えるのは良くないぞ?」
リリーが優しく話しかけて来る。
え?リリーがそんな事言うの!?
「……うんと、ちょっとアルくんには難しいかもしれないけど普通は鍛えてても斬られたら血が出るし、剣が刺さると死ぬこともあるんだよ?」
可哀想な子を見る顔でユーリが言い聞かせる様にゆっくり説明して来る。
え、いや、だってここはファンタジーの世界だし、普通は皆これくらいは……。
「―――いくら世界が広いって言ってもそこまでの達人はゴロゴロしてねぇんだよ。コイツらだって歴戦の猛者、とは言えねぇがそれなりには鍛えてんだけどな?」
森の方から見知らぬ男の声が聞こえる。
その瞬間、反射的に俺は魔法を発動させた。
先程の野盗に放ったよりも遥かに多い数の魔力剣が男の周りを取り囲む。
「動くな。……動くと撃つ。俺が怪しいと感じても撃つ。分かったなら両手を上げろ。」
その男は痩せた狼のような奴だった。
少し長めのろくな手入れをしていない黒髪。
パッと見は細く見える癖に驚くほど体幹のブレがない鍛えこまれた肉体。細く鋭い瞳からは獰猛な何かを感じる。
歳はまだ20半ばくらいだろうか。
眼前に無数の剣を突き付けられても崩れないこの男の口元の笑みに、俺の警戒心は最大限に警報を鳴らす。
「あ、アル……くん?」
事態を飲み込めないユーリが不安げにこちらを見てくる。
逆にリリーは俺と同じ感想をこの男に持った様で、毛を逆立てて男を最大限に警戒している。
「……ユーリ、あの男は俺の索敵魔法を突破して来たんだ。」
「アタシの鼻もな……!」
あまり情報を与えたくないので端的にユーリに理由を伝える。
俺の索敵魔法は特別性だ。
光や電波を含むありとあらゆる電磁波を魔法で制御する術式を疑似神格であるナビィがコントロールしているのだ。
最大索敵距離半径10km。
この距離内であれば羽虫1匹からでも探し出すことが可能だ。
しかし、俺もナビィも声を掛けられるまであの男に気付かなかった。
そんなことはあのパパンやママンでも不可能だ。少なくとも魔力制御や物陰に隠れる程度のちゃちな技術で隠蔽出来る芸当じゃあない。
事態に気付いたユーリが腰を落として男を睨みつける。
「おぉ、怖ぇ怖ぇ。分かった降参―――」
ザシュ!ザシュ!ザシュ!
男がおどけて両手を上げようとした刹那、俺は3本の剣を男の足に突き立てる。
「降参ってのが聞こえなかったか?兄ちゃん。」
痛がる素振りすら見せず男が凄む。
「俺が怪しいと思えば撃つって言ったろ?
ところで―――。」
「何で剣が刺さってんのに血が出てないんだ?」
ちっと舌打ちして男が動く。
まるで男の身体は液体の様にするりと魔力剣をすり抜け、俺に迫ってくる。
反射的に腰に差した剣を抜き放ち、居合のように斬りつけた。
するり―――。
気持ち悪っ!斬った感触が全くない!?
男は剣が身体に刺さったまま気にせず向かってくる。
これならどうだ!
咄嗟に剣から魔力を放出させて魔力の塊を男に叩きつける。
「ぐおっ!?」
魔力放出を透過させることなく男は後ろに吹き飛ばされる。
「駄目押しだ。」
吹き飛ぶ男目掛けて魔力剣の雨を降らせる。
ドガンっ!と大きな音を立てて男は木の幹に打ち付けられた。
身体には無数の魔力剣が刺さっているが、血は出ていない。
透過対象を物理から魔法へ変更したのか……。
「イテテ……。めちゃくちゃしやがる……。」
木の幹に背中を預けて座り込む男。
依然とその身体には無数の剣がハリネズミのように突き刺さっている。
「無詠唱の透過魔法。それも物理攻撃と魔法攻撃の切り替えをそこまでスムーズに行えるとはな……。」
手に持つ剣の切っ先を座り込む男に向ける。
チンピラみたいな見た目をしているが、コイツもしっかり化け物だ。俺やパパンが万能型の魔法戦士だとしたらコイツは一芸特化の暗殺屋。
この男に狙われたら俺は元よりあのパパンですら危ういだろう。
ママン?あの人の感覚とか勘は異様に発達してるので多分無理だな。
普通に数km離れた潜伏先から狙撃しても平気で避けるし。
しかもその理由が何となく嫌な予感がした、だ。不意打ち何か出来るはずもない。
しかし、これで詰みだ。
―――そう。コイツはあらゆるものをすり抜ける透過魔法の使い手。
ただし、常に何でも透過させているのではなく透過させる対象や部位を必要に応じて手動で選択しているのだ。
『Yes!全てを透過させてしまえば地面に立つことも出来ませんからね。攻略方法は物理と魔法の同時攻撃が有効です。』
ふふん、ナビィ先生お墨付きの攻略方法だ。
「はぁ……。蛙の子は蛙ってか?分かったよ。
俺の負けだ。俺達の事は拘束しても良いからせめて部下を治療させて貰えないか?」
先程と同じくおどけた態度だが、目の奥の獰猛さが消えている。
「……構わないが、その前にひとつ聞かせろ。
何でエルネスト王国軍の四大騎士様が盗賊の真似事をしてるんだ?」
ほんの一瞬。
男が俺の言葉に反応する。
俺もナビィに正解を聞いていなければ分からないくらいの小さな反応だ。
コイツの反応は分からなかったが、倒した53人の所属からこの男の所属が割れたのだ。
「おいおい?俺みたいなチンピラがそんな大層なモンに見え―――。」
「誰にも見られることなく戦場を闊歩し、ネームドや高級将校のみを暗殺する王国最強の
階級は曹長。非合法部隊の隊長をしていてその部隊名は―――。」
「機密情報ペラペラ喋んなっ!何で俺の事や部隊の事まで知ってんだ!?一応、軍の重要機密だぞ!」
青い顔をして男―――、クーガーが怒鳴る。
「知ってるから知ってるんだよ。いちいち細かい事は気にすんな。」
ま、全部ナビィの受け売りだけどな。
アーネスト家の一人息子だし、知ってても大丈夫だろ。多分。
「……あの脳筋ライオンの姐さんや魔法ゴリラの旦那が家族とはいえ機密を漏らすとは思えねーんだけどな。……まぁ良い。」
あ、良いんだ。
ガッツリ怪しまれてるし、何ならアーネスト家の人間ってバレてるな……。
金髪金目ってそんな目立つんだろうか?
「俺達の任務は王都の守護だよ。ほら、今の時期はスキル授与の儀式で各地から人の出入りがあるだろ?それに合わせてくだらん事を企む輩がいるから俺達も警備に駆り出されてんだ。」
……ん?警備……?
「あ、あー、じゃあ俺達の馬車を攻撃したのって……。」
「公爵家の家紋付きとはいえ、事前連絡もなしに王都の空を飛ばれりゃ威嚇射撃くらいするさ。
正規部隊には出来ねぇがイリーガルな存在の俺達なら何か問題があっても握り潰せるしな。」
あー、だから野盗みたいな格好してたのね。
つまり……。
「す、すみませんでしたーーー!!!」
俺は綺麗な土下座を披露したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます