とある寒村の村祭り

オールドアイアン村狩猟祭。


この村の重要な産業の1つである狩猟の最盛期を祝い、創世神エクシタリアに1年の狩りの安全と成功を祈る祭りだ。


最大の特徴は、その日狩った獲物を使って3つのトーテムを建てる事。


それぞれ過去の実績、未来の成果、そして創世神への感謝を表しており、過去のトーテムは昨年の未来のトーテムと同じ大きさ、そして今年の未来のトーテムはそれもりも大きくする事を是とされる。



祭りに変化があったのはここ数年だ。


この地を治めるアーネスト家の嫡男が祭りに参加するようになった事で、トーテムの大きさが倍々に大きくなっていた。


ここが普通の村であるなら例え領主の子であろうと、その異常な力を恐れ排除するだろう。


しかし、その過酷な土地柄とアーネスト家と言う伝説的な武門を知る村人達は次世代領主の異様な戦闘力を好意と畏怖を持って受け入れた。


ほとんどは戦いで生計を立てていた戦闘技能者ばかりだったと言う事もあるだろう。



父親譲りの圧倒的な魔法技能、母親から受け継いだ戦闘力。アーネスト家の象徴たるその伝説的な金髪と金瞳を備えた神童。


村の大人達をしていっそ拷問だと思うほどの苛烈な訓練を休まず続け、その上で慢心も油断することなく戦い、狩りを続ける。


そんなアルフォンスが祭りの花形である創世神エクシタリアへの貢物を狩る神饌狩人に選ばれたのは自明の理だった。



村のいたる所に大きな篝火がたかれる。


村の広場には20mを超える巨大なトーテム、獲物の山が2つ築かれ、そしてその中央にはここ数十年は見ることのなかった巨大なドラゴンが据え置かれている。


篝火の下にいくつもの料理が並べられ、車座に座った村人達が酒を飲み仕留めた獲物に舌鼓を打つ。


祭りと言っても貴族たちのように踊るわけでも歌に酔いしれる訳でもない。


ただただ飲み食いし、話すことが中心だ。



「やっぱり坊ちゃんはすげぇなっ!」


「こんな大物初めてみたよ!」


集団暴走モンスターパレードも止めたって聞いたぞ!?……あれマジなのか?」


「あぁ、走ってる魔物の集団の足を魔法で狙撃し続けて潰したらしい……。今回は数百匹くらいの小規模だったらしいが、おっそろしい魔法の腕だ……。」



アルフォンス達が狩った暴風龍ストームドラゴン以外の魔物は村に進呈された。


今回の狩猟祭りの実に3分の1の獲物はアルフォンスが狩ったもである。



「あれでもう少し自信と言うか、毅然とした感じなら文句なしなのにねぇ……。」


「ははっ!坊ちゃんヤバいと思ったら普通に逃げるしな!」


「なぁに言ってんだい!戦場で見かけるいけ好かない貴族連中に比べたら天と地の差だよ!」


「確かに。傭兵からすると戦場で逃げを選択出来る司令官はそれだけで大当たりだ。」


「それはそうなんだけどさ。なんっつーか変にオドオドしてるのが気になってさ。ホラ、兵を率いる時でも下の者に舐められるのは駄目だろ?」


この村では戦場帰りの猛者も多く……と言うより大人達のほぼ全員が猛者だ。


強くなければ生きていけない環境なのだ。



「それなんだけど、さっき見掛けた時の坊ちゃん!何だか一皮剥けた感じだったのよ!」


「あ、私も思った!何か吹っ切れた感じがしたのよ!あれ私の勘違いじゃなかったのね!」


「……女か?」


「……リリーの奴と森に行ったんだよな?」


「……こいつはひょっとすると―――いてっ!」


下世話な方向に話を逸らした3人の男を女衆のまとめ役シルビア・バニングが軽く小突く。


「なぁに馬鹿な事言ってんだい。あぁ、あんたら馬鹿だったね……。この三馬鹿!アル坊ちゃんはまだ8つだよ!」


「痛ってー。……でもよぉシルビアさん。有り得ねぇ話じゃないだろ?」


「そうだよ。そりゃあ身分が違うから正妻は無理でも上手くすりゃ第2夫人だぜ?」


「そーそー。例え妾でも何でも、坊ちゃんにお手つきして貰えりゃあ孤児のリリーからすりゃあ充分玉の輿だ。リリーは村の子だし、俺達だってあの子の幸せを願ってだなぁ……。」


口をとがらせる三馬鹿にさらにシルビアが鉄拳をお見舞した。


「だったら茶化すんじゃないよ!リリーがアル坊ちゃんに本気で惚れ込んでるのは皆分かってんだ!」


そう言って自慢の魔斧に手をかけるシルビア。


戦場の悪鬼として名を馳せた彼女の腕力は今も健在だ。



「……その辺にしといてやれ、シルビア。流石にその3人も弁えているさ。」



まるで山賊の頭のような隻眼の大男がシルビアを窘める。


トレーズ・バニング。


この荒くれ者の集団であるオールドアイアン村をまとめあげる村長である。



「ま、リリーなら大丈夫だろう。若は懐の深い人だから悪い様にはならんさ。……正妻は無理だろうがな。」


そんなことを言いながら美味そうに酒を煽る。

彼は見た目に反し、常に村の子ども達を気にかける良い大人だ。


「ユーリのお嬢様がいるもんねぇ……。」


トレーズの言葉に残念そうな顔をして溜息をつくシルビア。



「いかにも貴族って感じの子よね。あ、見た目がね!」


「あの子は良い子じゃ!大貴族の娘さんなのに、ワシら下々の者にもいつも敬意を忘れん!」


「見た目も性格も身分も良いとか、リリーどころか大抵の人間には勝ち目ねぇよ……。」


「いやいや、腕もなかなかだ。この前、マーサやシルビアから槍を教わっているのを見たが、かなり筋が良かった。」


婚約者としてしょっちゅうアーネスト家に出入りしているユーリはこの村でも受け入れられていた。


総じて村人達はアーネスト領の未来は明るいと見ていた。



「ほーんと御館様が婿入りされる時はこんな事になるなんて思ってもみなかったわ。」


「ワシは予測しておったぞ。御館様は武家の出ではないが、気持ちの良いお方じゃ!」


「よく言うぜ!爺さん。奥方様が結婚される時、剣を持たん男との結婚なんぞ認めん!とか言ってたじゃないか!」



夜はこれから。宴のたけなわはまだ先だ。

和気あいあいと村人達の楽しそうな声が帰らずの森に響く。

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