とある獣娘とオッサンと時々相棒
アタシはリリー。
リリー・オールドアイアン。
オールドアイアンって名乗ってはいるが、これは本当の苗字じゃない。
アタシみたいな拾われっ子や親がいない子とか苗字がない子どもは、村の子どもと言う意味でオールドアイアンを名乗る。
オールドアイアン村のリリーくらいの意味だ。
アタシには夢がある。
大きくなったらこの村を出て冒険者になって世界を見てみたい。
村の大人達は元々傭兵や冒険者をしてた人が多いからその影響もあるし、アタシの産まれ故郷を探してみたいって興味もあると思う。
アタシの中には獣人の血が流れている。
獣の本能は獲物と戦いを求める。
その2つに事欠かないこの村での生活はとても恵まれたものだった。
元々寄合い世帯のこの村ではアタシみたいな拾われっ子も少なくない。
獣の血の赴くまま、アタシはいつか村の外に出る事を夢見て戦いに明け暮れていた。
ある時、気になる男の子が出来た。
この村とその一帯を治める領主様の一人息子。
アルフォンス・アーネスト様。
アタシよりも年下なのに村の大人と同じくらい強いんだ。
特に魔法の腕は別格で、産まれた時から魔法を自分の手足の様に扱っていたらしい。
最初は何だか凄い子がいるんだってくらいの感想だった。
村の大人達が騒いでるのが記憶にある程度。
特に何の想いもなかった。
でも、知れば知るほど若様の凄さを実感した。
若様達は訓練なのに木刀を使わない。
若様と御館様は魔法使いだから武器は使わないけど、本気で殴るし本気で魔法を撃ち合う。
御館様に殴られたらどんな魔物だって一撃だ。奥様は真剣を使うし、当然の様に斬り掛かる。
不思議に思って村長に理由を聞きに行ったら、痛くなければ覚えない。腕くらい切断されても治せば良いと言う考えなのだそうだ。
それくらいの覚悟が貴族にはいるのだろう。
初めて若様に会ったのは3年前。
若様が森に出入りしだした時だ。
7つも年下なのにアタシと変わらない背丈。
村の大人達よりも落ち着いた態度。
そして村でも限られた人しか入らない森の中層を毎日出入りする実力。
そのどれもが特別で、まるで絵本に出てくる英雄のようで、一気に憧れの対象になった。
でも、そんな憧れは困惑に変わる。
若様と話すと二言目には謙遜が入る。
俺なんて――、所詮は――、こんなくらい。
まるでなにかと自分を比べているみたいだ。
そして、それは村の大人達や御館様達なんかの特定の誰かと比べているんじゃない。
得体の知れないナニカ。
もしかしたらそれは運命とか神様とかそんなあやふやでどうしようもない物かもしれない。
そしてそれを若様は受け入れ、諦めている。
そう気付いた時、アタシは若様から目が離せなくなった。
若様は凄いんだ。
もっと頑張ってる自分を認めてくれよ。
もっと周りを見てくれよ。
得体の知れないナニカじゃない。
この世界を、村のみんなを、アタシを―――。
「ははっ。アタシを見て欲しい……か。
何言ってんだろう。身よりもない孤児のアタシが貴族の若様相手にさ。」
自嘲しながら当てもなく帰らずの森を歩く。
訳が分からなくなって思いのまま走ったのでここがどこかすら分からない。
何をやってるんだアタシは……。
ピクリと獣化で強化された耳と鼻が動く。
こんな最悪の精神状態でも私の中の獣は正確に敵を捉える。
多いな……。
3匹、7匹、ううん。もっといっぱい……?
一目散にこっちに―――。
違う!これは……!!
◇◇
「得体の知れないナニカか……。」
リリーが走り去った後、ただ呆然と佇んで彼女の言葉を口にする。
リリーの言う通りだ。
あの邪神に出会い、ゲームの世界に転生させられ神様の都合とか運命とかそんなものばかりを気にしながら生きてきた。
何がアルフォンス・アーネストとして自覚しただよ。本質的には何にも変わっちゃいない。
両親や村の人達、ユーリやリリー……。
この世界で生きる皆のことを1人の人間として見れていなかった。
俺自身がこの世界に生きているという自覚がなかったんだ。
いや、もう格好を付けるのはよそう。
問題の本質は分かっている。もっと利己的でかっこ悪い理由だ。
―――なぁ、ナビィ。
『……はい。マスター。』
俺さ、邪神様に会って転生の話を受けた時、不安もあったけど、同時に期待もあったんだ。
面白くない日常が神様の力で変わるんだって。
冴えないオッサンだけど魔法や剣なんか使っちゃってさ、悪いドラゴンに囚わたお姫様を助けたりなんかして……。
『oh。まるで古い英雄譚ですね。』
ははっ、そうだな。そんな在り来りな英雄に俺でもなれるんだって思ってた。
でも、そう考えてる時点でやっぱりこの世界の事をちゃんと現実として受け入れてないんだ。
英雄に悪いドラゴンに囚われのお姫様……。
それは単なる記号の羅列だ。
俺の望んだ役割をそいつの想いや人格を無視して誰かに押し付ける手前勝手な妄想。
まるで自分の世界でしか生きられないタチの悪い厨二病患者だよ。
自分の妄想が現実になるのを期待して、周りが目に入らず、そして自分の妄想に押し潰されそうになってたんだ。
それが問題の本質さ。
そして、それをリリーに見透かされた。
ははっ。情けねぇなぁ……。
『YES!おっしゃる通りです。』
それに底抜けの馬鹿だ。
『Off course!間違えありません。』
クズでゴミでウスノロで間抜け……。
罵倒する語録すら足りやしねぇ。
『Exactly!必要であれば毎日罵って差し上げましょう。』
……なぁナビィ。
俺はどうすれば良いのかな……。
『―― Essentially、神とは見守る者の事です。
そしてその理を無視して見守るべき愛し子の運命に手を出す神を邪神と言います。』
いつもの様に平坦なナビィの声が頭に響く。
……俺があの邪神を邪神呼ばわりしているのって正しかったんだな。
『私は擬似とは言え神格。貴方にどのような運命を辿ろうとも、それに口を出すことは出来ません。しかし……。』
ふわりと白い光球の形をしたナビィが俺の目の前に現れる。
『相棒として言うのであれば、女の子を泣かせた男のやる事は1つでしょ?マスター。』
ふいに不出来な弟に呆れるような、怒るような顔をしたナビィを幻視する。
「ふ、ふははははっ!そうだ。その通りだ!」
古今東西、洋の東西を問わず例え世界が変わってもやる事は変わらない。
悪い事をしたり、心配かけて泣かせたんなら、先ずはごめんなさいだ。
「ありがとうとごめんねを繰り返して人は成長して行くんだもんな!」
何かそんな歌もあった気もする!
『NON!その歌詞は感謝と謝罪を繰り返して成長するのではなく、人恋しさを積み上げる、が正解です。その歌の流れで行くなら泣いた女の子を口説くのが男のマナーだと思いますよ?』
いやいやいや。
童貞にはレベル高くねっすか……?
ゴゴッ……。
「……あれ?何か地面が揺れてない?」
森がざわめく。
黒々とした木々が叫ぶように揺れ動き、地面が悲鳴をあげるように轟いている。
「なんだこれ……?まさか
まるで地震のように断続的に地面が揺れる。
これは間違いなく数百匹単位の魔物の群れが移動している時の振動だ。
この帰らずの森では何かしらの理由で魔物達が集団でその生息地を変えることがある。それが森の中ならまだ良いのだが、場合によっては森の外に出る動きになる時がある。
去年の春頃にも中層の魔物が外に出ようと集団移動したことがあったが、あの時はパパンとママン、村の皆と一緒に戦ったがめちゃくちゃ苦労したな……。
確かあの時は深層の魔物が冬眠あけで餌を求めて中層に移動して来たのが原因だった。
『――― Damn!最悪です。今回の
轟々と台風のような強い風が吹き、木々が折れそうなくらいしなる。
え、ビルみたいな深層の木がしなるって何!?
「GuOOOooooooooooOoooOONNnn!!!」
突如として森に響く咆哮。
あまりにも大きな音のせいで森中の木がビリビリと振動する。
なんっちゅうデカい声だっ!
あのデカ亀が可愛く見える音量だっ!
『
ユニークモンスター!?それに7種の龍だと!?
それはあれか、ゲームや漫画でよくある世界の秘密の鍵を握っていたり魔王の封印の一角だったりするやつか!
『NO。単なる強いモンスターです。ゲーム的な役割としては
なんか可哀想っ!?
でも確かに光の指輪が安置されてたのはこの森の中層だからそのまま深層に行って力試ししたくなる気持ちは分かるっ!
『一応、7種とも討伐すれば記念アイテムが貰えますね。』
……そんなもんは欲しくないし、君子危うきに近寄らずと言うしな。
とりあえずあの可哀想なドラゴンは無視で。
先ずはリリーと合流、そして謝罪。
その後は
あのドラゴンがどんな理由で暴れているのか知らないが、そんな事はどうでもいい。
もしあのドラゴンや魔物の群れが森から出るような動きをしたらオールドアイアン村の皆と協力して動きを誘導。
その間にパパンとママンも仕事から戻って来るだろさ。
『It's Perfect!リリーの生命を無視すれば完璧な作戦です。』
……おい。まさか。
『
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