深層へ

深い深い木々の合間を縫うように疾走する。


魔素が潤沢なこの地で木々は大きく育ち、森の深層に近付けば近付くほどその様相はどんどんとその姿を変えていく。


中層ですら縄文杉の様に太い木々はさらに太く大きく、まるでこの地と空を侵食するように凶悪に成長している。



「まるで絵本の世界みたいだ……。」


昼間なのに薄暗くなるほど生い茂った木々と、地面を覆う程の太い根が行く手を阻む。


まぁ、要は走りにくくて仕方ない。



「――絵本と言えばさ、赤ん坊の頃から魔法の専門書を読み聞かされてたってのは本当なのか?」


俺の洩らした独り言に反応してリリーが話しかけて来る。


現在の速度は時速にして50kmくらい。

確か前世では世界記録保持者でも時速45kmだったはずだ。


魔力で身体能力を強化している俺達にはランニング感覚だな。



「あー、うん。……俺は産まれてすぐに話せたからさ。魔力の使い方とか魔法の勉強をさせられてたな。」


「すっげぇな……。」


「うん、まぁ、ある意味な。赤ん坊に魔法の特訓させるとか引くよなぁ……。」


「え、いや。そうじゃなくて――。」



『WARNING!レーダーに感あり!3時方向に炎猪フレイムボア5体発見!……くっ。私とした事が乙女の台詞をインターセプトとは!』


何か言いかけたリリーを遮る様にナビィの何だか私情の入ったアナウンスが脳内に流れる。


最近ナビィが人間っぽくなって来ている気がする……。



「すまん。リリー!3キロ先にイノシシ5体!炎を吐くヤツだ!」


そう言いながら水の魔力剣を数十本展開する。


「――あいよ!アタシがこっちに追い立てるからトドメは任せた!」


打てば響く様なやり取りでリリーは走りながら魔力を込める。



「ぐっ、がぁあ、『獣化ビーストソウル』っ!」


リリーの魔力が爆発的に膨れ上がると同時に、爪が少し長くなり、耳が少し伸びて毛で覆われその橙色の瞳の瞳孔が少し縦に伸びる。


これがリリーの渾名の由来。


獣化ビーストソウルだ。


魂に刻まれた獣の因子を増幅させ、肉体を戦闘体へ再構築する魔法だ。


魂と肉体の相互作用を利用した高等魔法で、

獣人族ワービーストの伝統魔法なのだそうだ。


効果は身体能力のさらなる向上。

そして因子の元となった獣の能力が使える様になるらしい。



「行くぞっ!!」


変化を終えたリリーが地を蹴り飛び上がる。

そのまま生い茂った木を蹴りつけ森の奥に消えた。


数秒後、ズンという衝撃が森に響き、獣の咆哮が森に響き渡る。


その咆哮から逃げるようにプギィと言うイノシシ達の逃げ惑う声が聞こえた。


「おぉ!さっすがリリー!良い手際だ。」


水の魔力剣を向かってきたイノシシ達の頭を狙って飛ばす。


相対速度もあってかあっさりと何本かの魔力剣がイノシシ達の頭蓋を貫通する。


――が、その勢いが収まることなくイノシシ達が向かって来る。



この辺が狩猟の怖い所だよなぁ。


心臓や頭を突き刺しても即死してその場で倒れるなんて事はなく、その勢いのまま獲物は襲いかかって来るんだ……。


剣道でも残心が大事とされる訳である。



氷結魔法アイスマジック装填セット相変化:水から氷へフェイズチェンジ!」


流石に5歳からこの森をウロウロしているのだ。

この程度は慣れたものだ。


魔法で魔力剣を水から氷へ変化させてイノシシ達を氷漬けにする。


このくらいなら簡単なんだけどなぁ……。



「流石の手際だな!若様!」


木陰から獣化したリリーが顔を出して来る。

ニッと歯を見せる彼女のいつもの笑顔だ。



「ま、このくらいはね。」


アルフォンスモブでもあれだけ特訓したんだからこのくらいは出来るさ。


「……そうかい。」


俺の返しにつまらなさそうにため息1つ。

何だよ……。


獣化したリリーは雰囲気が少し変わる。

獣の様になった目や耳のせいだろうか……?

あ、歯もギザ歯になるんだ。


「……なんだぁ?ジロジロ見て。折角の獲物なんだし運ばないのか?」


おっと、やばいやばい。

獣化したリリーは気配に敏感になるからな。

視線を読まれちまった。



「ん。あー、時間が勿体ないから、このままにして狼煙だけ上げておこう。この辺はまだ中層だから誰か回収してくれるだろう。」


視線に気取られた事を誤魔化すようにイノシシ達の周りの氷だけ砕く。


「あー、あのくっさい煙か!あれ確かに魔物避けには便利だけど臭いがなぁ。」



腰のポーチから赤い筒を取り出す。


俺が狼煙と呼んでるのはこの発煙筒だ。

言ってしまえば煙が出るだけの花火だな。


ちょっとした工夫でこの煙に魔物が嫌う成分が入っているので、これを焚いておけば獲物を他の魔物に奪われることなく他の人が回収に来れるって寸法だ。


製作方法?

ナビィ先生が本領を発揮したんだよ。



『Yes!この手の工作は初めてでしたが非常に楽しかったです!またやりたいですね!』


発煙筒も良いんだけど、無制限にどんな物でも入る四次元なポケットとか作れたら良かったんだけどなぁ。


『NO!そもそもマスターに四次元の概念がご理解出来なかった為、作成は不可となります。

魔法で再現するにしても理解度が低過ぎてマスターの魔力では術式を構築出来ません。』


……ですよねぇ。

ま、無い物ねだりをしてても仕方ない。



発煙筒の紐を引っ張ると音もなく大量の赤い煙が空に登って行く。



「さ、行こう。もう少しで深層だ。」



明確に線引きされている訳ではないのだが、この森は奥に行けば行くほど魔素が濃くなる。


特に深層と言われる辺りは大気中の魔素量が多く、魔物が凶暴化しやすいと言われている。


しかし、魔素って何なんだろうね。

何かとりあえず不思議な事が起これば魔素が原因な気もする。


魔法を動かす魔力の大元は魔素だし。



「なぁ若様。取り敢えずそろそろ深層だけど、何を狩るとか決めてるのか?」


深層に入るからだろう。獣化は解かずに周りへの警戒度を高めながらリリーが尋ねてくる。


「いや?全く。取り敢えず大物が良いらしいから20m級の魔物がいたら狩ろうかなって。」


いつも俺の狩りはこんな感じだ。


そもそも狩りと言うより訓練目的で森に放り込まれている為、取り敢えず生き残る為に魔物を狩っていると言った方が正しい。



「―――ぷっ。くははははははははは!マジか!若様がまさか何にも考えなしで森に入ってたなんて!!傑作だっ!!あはははははは!」


何が琴線に触れたのか、リリー腹を抱えてが笑い続ける。


俺は戦わされてるだけで、別に狩猟なんかするつもりはないからしょうがないだろう?


ん?普段からあれだけ……?

……あっ!!!


リリーの一言で俺の脳裏に閃きが走る。



「な、なぁリリー。もしかしてだけど、今回の祭りであんなに獲物があってもまだ足りないのは俺のせいか……?」


そうだ。リリーは言ってたじゃないか。

祭りに必要な獲物の数は昨対比で決まる。


つまり、去年の獲物の数が多ければ多いほど今年狩らなきゃいけない獲物の数も増えてくる。


去年まで俺は馬鹿みたいに狩りまくっていたのに今年は神饌狩人だから本格的に狩りに参加していない。


だから皆慌てて魔物を狩っているんじゃないか!?



「あん?あー、まぁそうかもな。でも、別に毎年狩りが上手くいく訳でもないしなぁ。普通に不作の年もあったぞ?」


あ、そうなの?

まぁ、そりゃあそうか。別にたまたま上手くいかない時もある……よな?



「―――でも、今回に関しちゃ別かもな。若様が神饌狩人に抜擢されて皆気合い入ってんだ。

村長達男衆なんか絶対に祭りを成功させるって日の出前から森に潜りっぱなしだ。」


祭りに使う獲物はその日のうちに捕れた獲物に限る。


俺は魔法が使えるから魔物の弱点を付きやすい為、効率が良い。その差を埋める為に人海戦術で対応せざるを得ないのだろう。


「そっかぁ……。何か申し訳ないな。」


「あ?」


俺の呟きに怪訝な顔をするリリー。


「だってそうだろ?わざわざ気を使って神饌狩人に俺なんかを抜擢したばっかりに要らない苦労させちまったんだし……。」


「……気を使って?俺なんか?」


所詮、俺の中身は一般人のオッサンで、肉体は噛ませ犬の取り巻きA……。


確かに努力してそれなりに戦える様にはなったが、この世界の運命ゲームストーリー的には単なるモブだ。


そんなモブな俺がダッジやマーサ、シルビアおばさんに期待させて、領主の息子だから村の皆に気を使わせているのが本当に申し訳ない。


ドキめものストーリーは詳しくは知らないが、もし俺が主要キャラだったなら話は違ったのかもしれないな。


例えばリリーが魔物に襲われそうになった時に颯爽と俺が助けるとか、村の危機を助けて一躍ヒーローになったり……。



その時、ハタと気付いた。


殺気ではない。しかし、確実に暴力的な圧力が目の前にある事を……。


言わば怒気。


目の前にいるリリーが静かに。

しかし確実に怒っていた。



「お前に気を使って神饌狩人に選んだぁ?

お前の為に頑張るのがアタシ達にとって迷惑?

ふっざけんなっ!!!」


リリーに胸倉を掴まれる。

その顔は確かに怒っているが、同時に悲しんでもいるように見えた。


リリー……?



「アタシは!アタシ達はアンタをずっとみてた!

産まれた時から御館様達と戦って!5歳の時から毎日森で戦って!戦って!戦い抜いてきた!


そんなアンタを村の皆は認めてる!

アンタは凄い!きっと国1番の戦士になるだろうって!アタシだってそうだ!!


でも!でも、そんなアンタをアンタ自身は認めてない。


謙遜なんかじゃない。卑下してるんだ。

自分なんかじゃ駄目だって。自分じゃ何にも出来ないって!心の底じゃいつもそう思ってんのが伝わるんだよ!


それが……アタシは1番気に入らねぇ!」


肩で息をし、その大きな瞳に涙すら浮かべながらリリーが叫ぶ。



俺は……俺は……。


頭の中でリリーに言われた言葉がグルグルと回る。



「―――アンタは何にも見ちゃいない。

いつも得体の知れないナニカと自分を比べて、卑下して……。もっと、もっと……。」



アタシを見てくれよ……。



そう言い残し、リリーはまるで森に飲み込まれる様に森の奥へ消える。


リリーの残した言葉が魔素の濃い風に流され、森に溶け込んで行った。

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