多分それは邪神の加護

帰らずの森での狩りは基本的に期間が決まっている。


それが冬の初めから終わりにかけてだ。


理由は大きく2つ。

冬眠する魔物も多く、寒いと動きの鈍る獲物も多いので、狩人の負担を減らす目的で定められている。


逆に春先何かは冬眠明けで気が立っている魔物も多いから、慣れてる奴ほど基本的に春先には森に近付かないらしい。



2つ目は気温だ。

獲物を狩ると当然、狩ったそばから肉は腐る。


暑い時期だと苦労して獲物を狩って持って帰ったら何もかも腐っていたなんてこともあるらしく、基本的に狩りをするなら冬だ。



……逆に言えば、負担を一切考慮せず、獲物が腐ろうとも気にしなければ普通に森に入って狩りをしても構わない。


もうそれは狩りではなく修行だけど……。


何のことかって?


俺の事だよ!この3年間、結局来る日も来る日も森の中に投げ込まれる始末だ!


これには一応の理由はある。


うちのママン曰く、初陣を果たした若者がしばらくたってから恐慌状態になる事がたまにあるらしく、そうならない為にも最初のうちは短いサイクルで戦いの空気は感じた方が良いと言うのだ。


多分これはあれだな。

PTSDへの対策だろう。それも超原始的な。


俺も詳しくはないが曝露療法とかに近い物を感じる。


だからって3年も森で毎日毎日戦わせなくても良いと思うんだママン……。



まぁともあれ、狩猟に関しても厳格に規則が定められているということはないらしく、解禁になると言っても単に狩猟業が最盛期になると言った意味合いが正しい。


そしてそれを祝うために村ではこの時期に狩猟祭を催す。


村中総出で獲物を狩り、皆でその年の狩りの安全と豊作を願うのだ。



「……予想はしていたが中々凄い事になってるな。」



村は渾然としていた。


朝から村人総出で狩り続けているのだろう。


村のあちこちに狩って来た獲物の頭骨が飾り付けられ、中央広場にはうずたかく積み上げられた獲物の山が出来ている。


その周りでは村人達が複数の班に分かれて肉の解体と調理を行っている。


どう見ても邪教の祭典か蛮族の祭りです。

本当にありがとうございました。




「ほら!イノシシとオオカミはそっちだ!

革と骨は売り物になるんだから傷つけるんじゃないよ!」


「ったく!誰だい!?こんなに獲物を傷だらけにして!イノシシの首くらい一撃で落とせないもんかねぇ!」


「ウサギ肉はこっちで煮込むから持っといで!

ほら、さっさとバラしちまうから投げとくれ!」


威勢のいいおばちゃん達の話し声が聞こえる。

うん。見た目は普通のおばちゃん達だ。


でも手に持ってるのは身の丈を超える馬鹿でかい大剣だったり、異様に切れ味のいい双刀だったり、尋常ではない魔力を感じる斧だったりする。


しかもオオカミとかクマとかウサギと言っている獲物の形も大きさもおかしい。


大きさが象レベルの6本足のオオカミとか、4本腕の家よりデカいクマ、ウサギ耳の得体の知れない化け物とかだ。


それを息を着くまもなくおばちゃん達は解体していく。



「うむぅ。歳をとると駄目じゃのう。昔はもっとすまーとに解体出来たもんなんじゃが……。」


なんて言いながら、ヨボヨボのじいさんが目にも止まらぬ剣速で魔物数体を解体する。


この村では刃物を持つやつは大体、石川五○衛門だと思って間違いない。



基本的にこの村は男であれ女であれアーネスト家を慕ってやって来た退役した兵隊や傭兵、戦士の集まりだ。


見た目がただのおばちゃんやじいちゃんでも、中身は歴戦の勇者とか普通にありえるおかしな村なのだ。



「あぁ、アル坊ちゃん!よく来たね!」


「あ、うん。あー、相変わらず豪快だね、シルビアおばちゃん……。」


身の丈を超える馬鹿でかい斧を片手に、やだよぉ!と人懐っこい笑みを浮かべるシルビアおばちゃん。



シルビア・バニング。


ダッジの母であり、この村の村長夫人でもある女衆のまとめ役だ。



「あら、鎧鳥がこんなに!この手際の良さは流石アル坊ちゃんだね!いつみても良い魔法の腕ねぇ!この村じゃ魔法を使えるやつなんて殆どいないから助かるよ!」


豪快に笑うシルビアおばちゃん。


魔法が使えないというのは正確ではなく、この村の住人は身体能力強化に魔力のほとんどを使っているのだ



……この村の住民の魔力量なら、パパンクラスとは言えないけど、俺以上の魔法使いはゴロゴロしてそうなもんだけどな。


『NO、Master。魔法を使いこなすには相応の知識が必要です。』


まぁ、うん。脳筋村だしな……。



それに戦士系の鍛え方の方が手っ取り早く強くなれるって言うのはデカい。


魔法の場合やれる事は無限大だが、どんな形であれ様々な知識が問われる。


反面、戦士系の鍛え方、つまり無属性魔法の身体能力強化についてはただひたすら魔力を込めるだけで強くなれる。


慣れてくればママンのように斬撃を飛ばすくらいは出来るようになるし、そっちの方が手っ取り早いのだろう。



「さぁアル坊ちゃん!神饌狩人がこんな所で油売ってないで早く大物狩ってらっしゃい!」


神饌狩人ねぇ……。

ははっと乾いた笑いを零す。


この祭りには明確な主役が存在する。

それこそが神饌狩人しんせんかりゅうど


祭りの目玉、神に捧げる獲物を狩ってくる役目の猛者の事だ。


本来は村の若い衆の中で1番の腕利きが務めるらしいのだが、今回は俺が祭りに参加する事になったので何故か俺がやる事になった。


まぁどう考えても忖度されているんだろうな。

一応領主の一人息子だし。


全く嬉しくはないが……。



ちなみに祀られる神は創世神エクシタリア。

俺をこの世界に叩き込んだ麗しの邪神様だ。


これも俺が今ひとつやる気が出ない理由の一つだな。



まぁ今回はダッジもいるし何とかなるだろう。

何せ彼はこの村の村長の息子で、何回も神饌狩人に選ばれた男だ。


ダッジとなら中層どころか深層まで行って大物を探しても大丈夫だろう。




「……なっ!?本当なの!母さん!」


「ええ……。皆頑張ってはいるんだけど……。」


「……俺が行く。」


「だ、駄目よ!ダッジ!アンタはもう村を出て御館様にお仕えしている身なのよ!?」



何やら慌ただしいな。

ダッジとシルビアおばちゃんが言い争いをしている……。


何だか嫌な予感がする……。



「……若、すみません。俺も村の狩りに出させて頂けないでしょうか。」



「あ、あれ?ダッジも俺と一緒に来てくれるんじゃなかったの?」


いやね?聞くまでもないと思うよ?

でもさ、一応確認って大事じゃん?


俺って領主の息子だよ?まさかそんな俺を置いていくとかないよね?


そう口にした瞬間、ピタリと村人達の動きが止まった。


あ、あれ?変なこと聞いた?



「本来はその予定だったのですが、見て頂ければ分かるように獲物が全く足りていません……。折角若が不甲斐ない俺達のために鎧鳥を差し入れまでしてくれたのにこの始末!!面目次第もありません!!」


これぞ苦虫を噛み潰した顔と言うような渋面で直角に頭を下げるダッジ。



どこが!?どこが足りてないの!?

もうしっかり蛮族の宴になってんだけど!?


いや、ちゃうねん。それはええねん。

アイム児童!アイム児童なんだよダッジ君?


君は齢8歳の児童を1人で森に叩き込んで心が痛まないのかね?


君もウチの両親と同じ人種なのか!?



「アル坊ちゃん……いえ、アルフォンス様。

お怒りはもっともですが、私達に汚名返上のチャンスを頂けないでしょうか?この子なら必ずやアルフォンス様が狩って来る獲物に引けを取らない獲物を持ってこれます!」


心底申し訳なさそうな顔をして頼み込んでくるシルビアおばちゃん。


いやいや、怒ってない!怒ってないのよ!?

何なら獲物はもう充分じゃん!

むしろそんな事より俺を守ってくれよ!


そう口にしようとするとハッと周りに気付く。


ハラハラと心配そうにこちらを見る村人達。

ある者は不甲斐ない自分達を責めるように項垂れ、申し訳なささで薄らと涙する者もいた。


えぇ……。これ俺が悪者みたいな感じ?

まるで親の権力を背景に村人に無理難題を言って虐める貴族のドラ息子みたいな感じじゃん!


『When in Rome, do as the Romans do!

Master!文化が違うのです。あまり無茶を言うと本当にゲームの様な敵役のモブキャラになりますよ?』


う、嘘だろ……?

そんなに変な事言ってるのか?俺……。



「あー、う、うん。それは良いんだよ?ただ、その怪我だけはしない様にね?無理のない範囲で良いから……。ほら、せっかくのお祭りなんだしさ。」



己の心配をしてくれる主の優しさへの感謝と、不甲斐ない自分への憤り、必ず成功させてみせるという使命感なんかが混ざった複雑な顔をしてダッジが大きく頭を下げる。


それに続いてシルビアおばちゃんや村の人達も揃って頭を下げた。



何この状況!?全く理解出来ないんだけど!?

やはり邪神か!邪神の加護なのか!?

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