とある大人達の会合

飛行船墜落事故。


本来、それはエルネスト王国で初めて起こった大事件になるはずだった。


まだ出来て新しい飛行船の墜落と言うショッキングな事故。


そしてそれに乗っていたのがエルネスト王国でも有数の力を持つ公爵家当主夫妻と言うのも事件に拍車をかける。


さらには同乗していた長女の行方不明。


そのセンセーショナルな事件は、技術面や経済面等多岐にわたり、国内外に波紋を投げかける事になる。


―――そう。ゲーム本編では、だ。



「この度はご無事で何よりでしたな。公爵。

愚息がお力になれた様で何よりです。」


豪放磊落な当主の性格ゆえか、華美な装飾は一切なく、機能性を重視した広いアーネスト子爵家の応接間では3人の大人達が話し合っていた。



「とんでもない!彼がいなければ私はここにはいないよ。妻も挨拶に来たがっていたのだが、まだ少し体調が優れなくてね。今日は私だけ挨拶に来たんだ。」


アレックス・アーネストの前に座るモノクルを付けた紳士が告げる。


優雅に紅茶を口にし、モノクルの紳士――、ダミアン・ロウエル公爵は赤みの強いブロンドを撫で付け、気品溢れる姿で足を組み直す。


「アルフォンス君にはどれだけ礼を尽くしても足りないよ。彼の動きは常に的確だった。その卓越した魔法技術、帰らずの森の魔物を圧倒する戦闘力、どんな苦境にも立ち向かえるその精神性。まさに完璧な戦士たる存在だ。」


熱の入った口調でアルフォンスを褒めちぎるダミアン・ロウエル。


その姿はまるで物語の英雄に会った少年のようですらあった。



「過分なご評価を頂き痛み入ります。」


満更ではない様子でアレックスが頷く。


「―――と、まぁここまでが私個人の礼だ。

勿論、本音だがね。そしてここからは公爵家の当主としての発言になるのだが……。」


ダミアンは居住まいを正し、コホンと咳払いをひとつ。キラリとモノクルが光る。



「君達、アルフォンス君の訓練のために私達の救助を遅らせたな?」


ダミアンからの圧が増す。


彼は戦士としての訓練は積んでいないものの、公爵として権謀術数めぐらす政治の世界を生き抜いてきた猛者だ。


その圧は一級の戦士と比べても遜色ない。



「ふむ。それに何か問題が?」


サラリとダミアンの圧を受け流し、アレックスは不思議そうに髭を撫でる。


「飛行船が墜落した事は感知しておりましたが、丁度近くに愚息がいた事は分かっておましたからなぁ。あのタイミングなら我らが向かうより愚息に任せた方が対応は早い。」


あの子の訓練にもなりますしなと呵呵っと笑うアレックス。



「……それがアーネスト家としての回答、という訳か?特務大佐。」


アレックスの回答を予測していたのだろう。

呆れた顔でダミアン尋ねると、アレックスは慇懃無礼な態度を改めて告げる。


「はい、閣下。おっしゃる通りです。」


まるで先程までとは別人の様に受け答えするアレックス・アーネスト。


豪放磊落な態度はアレックス生来の性格ではない。アンナを娶りアーネスト家の当主となった折に身につけた、言わば仮面だ。


本来の彼は冷静沈着、頭脳明晰、そしてどんな状況でも確実に事態を処理する仕事人である。



「その変わり様……、相変わらず器用な男だな。君を軍部に取られた魔法庁には同情を禁じ得ないよ。」


「はい、いいえ閣下。私の居場所はアンナ・アーネストの隣りのみですし、ある意味で私は不器用な方です。」


真顔で惚気けるアレックス。


軍部の姫君に恋をした魔法庁の若者が、己を鍛えに鍛えて彼女の隣を勝ち取った逸話は有名な話だ。



「それはご馳走様だ。しかし、助けられた私達に恩人である君達に文句を言うつもりはないし、名誉を称えたいと思うが、それを邪魔する事を言う輩は出てくるだろう。」


政治の世界は白でも黒になりうる曖昧な世界。

良かれと思ってやった事が、裏目に出ることもよくある話だ。



「何が言いたいのかと言うとだな、子爵。

君達の名誉を貶める気はないのだが―――。」


「―――あの事故をなかった事にしたい、か?」



アレックスの隣に座るアンナ・アーネストが、ダミアン・ロウエルの説明を遮り結論を先んずる。


本来であれば失礼を通り越して処罰ものの態度だが、特にダミアンは気にした様子もない。


何故なら、この場では当主であるアレックスを立てて下座に座る彼女だが、戦場では元より、王宮ですらも自由な発言を王から許可されている王国最強の女傑だからだ。



「操縦士が亡くなっているから事故自体はなかったことにはせず、不時着した場所をウチの庭先にでもしたいのだろう?」


その方が小煩い馬鹿どもが騒がなくて済むのだろう?とアンナ・アーネストが嗤う。


「政治に絡むのを嫌うだけで、相変わらず勘所は悪くないな。アーネスト夫人の言う通りだ。

……確証はないが、今回の事故は少々きな臭い所があってね。」


困ったものだとその形の良い眉をひそめるダミアン公爵。


「ふん。王宮絡み、後継者問題か……。王が存命の内からよくやるものだ。」


心底嫌そうな顔を隠そうともせず、アンナが唾棄する。



「なっ!?その話をどこで聞いた!」


珍しく動揺を隠せずダミアン公爵が声を荒らげる。



今回の事故自体は偶然の産物だろう。


しかし、本来公爵が乗船するはずだった大型の飛行船が急遽小型になったこと。


そして公爵が乗船するには大きく格の落ちる、供回りすら乗せれない小型飛行船は整備不良だった可能性があったこと。


飛行するはずだったルートが改変され、危険な魔物が巣食う帰らずの森付近を飛行したこと。


これらは全てロウエル家の敵対派閥からの横槍だった。



ダミアンとしては助けてもらった事を感謝こそすれ文句を言うつもりは一切ない。


しかし、事実が公表された時、必ず敵対派閥は飛行船同様に横槍を入れて来るだろう。


事故発生から何時間もアーネスト家は何をしていたのか?子ども1人に全てを任せるなどありえない等など……。


確実に軍部への批判になり得るだろう。



しかし、これは全て水面下での動きだ。

後継者問題で派閥争いがあるなど、王宮政治に深く関わっていなければ知りうるはずもない。



「アルフォンスの予想だよ。あの事故は起こるべくして起こった事故で、公爵家を害する程の事態はそう多くはないとな。それにウチが巻き込まれやしないかと心配していた。」


つまらぬ心配だろう?と嘆息するアンナ・アーネスト。


ダミアン公爵は乾いた笑いを零し、自分のアルフォンスへの評価はまだ不足していたのだと痛感する。



「……今回の働きは全て愚息の成果。彼奴がいらぬと言うなら私達がとやかく言うつもりはありませんな。」


アーネスト家当主らしい鷹揚な態度でアレックスが髭を撫でながらなんでもないと言う。


「アルフォンス曰く、目の前に落とし穴があるのが分かっているなら避けて歩くのは当然だろうとのことだ。」


彼女を知るものからは珍しく、アンナはくくっと笑いをこぼす。


「ふ、ふふ。」


ダミアン公爵が肩を震わす。

アーネスト夫妻が訝しげな顔をした瞬間、



「ふ、ふふ。ふはははははははははははははっ!

王宮政治は落とし穴かっ!はははっ!中々痛烈な批判だっ!まさにおっしゃる通りだ!」


涙が出るほどダミアンは破顔した。


なるほど。確かに1度関わってしまうと何かにつけて巻き込まれるのが王宮政治だ。


片足どころか頭の先までハマりこんでしまっている自分が言うのだから間違いない。


そんな事を考えながら、冷静な部分がアーネスト夫妻の発言の真意を探る。



いくらアルフォンス・アーネストが優秀でも、たった5年しか生きていない彼がここまで時流を読むことが出来るだろうか?

しかも痛烈な王宮政治批判付きでだ。


流石に無理がある。

そして、そうなると答えは1つ。



アルフォンス・アーネストは何かしらのスキルを待っている。


未来視や千里眼の超感覚系。

知るはずのない知識を知れる知識系。

完全記憶やセンスが増幅される感覚系。


おそらくそれに類する何か、或いは複数を持っているのだろう。



本来、この世界ではスキルは10歳になる年に教会で洗礼と同時に神から与えられるのだが、稀にスキルを生まれ持つ人間がいるのも事実だ。


それは神子と言われる人間だ。



おそらく、アーネスト家にはこの事実は公表する気はない。


何故なら神子は神の使徒として須らく教会に召し上げられてしまうからだ。


教会の良くない噂はよく耳にするし、何よりこの2人がそんな事を許すとは到底思えなかった。



機密事項を暗に告げる。

ダミアン公爵は2人の分かりにくい信頼を確かに感じた。



「――ふぅ。これはあれだね。それだけ私の事を信頼してくれていると思ってもいいのかい?」


落ち着きを取り戻したダミアンは柔らかな笑顔で右手を差し出す。


「……供回りも連れず、寸鉄すら帯びずに我々と面会された貴方への敬意です。閣下。」


ニッと口元を釣りげ、丁寧な口調でアレックスがダミアンの手を取った。



本来ならこの様な面会は有り得ない。

どれだけ特殊な家だとしても、アーネスト家は子爵家だ。


公爵家当主が赴くのではなく、礼を言われる立場だとしても、呼び付けられるのが普通だ。


しかも同室に警護の者はなく、全て部屋の外で待機させられていた。



「家柄が高いというのも困りものだ。恩人に礼を言うのすら自由に言えないんだからね。」


「……ぬ?」


そう苦笑するダミアンが握手した手を離さないことにアレックスは気付いた。



「―――さて、相互理解が深まった所で、今日の本題と言っても良い。大事な大事な話がある。」


ダミアンの笑顔は変わらない。

しかし、握手した手の力がどんどん強くなる。


掴まれたアレックスの手がミシミシと音を立てる程に。



「アルフォンス君がユーリエルに贈った指輪の件だよ。子爵。あれはどう言うつもりだ?

婚約か!?結婚か!?許さん!許さんぞっ!」


その細腕からは信じられない程の力が込められ、アレックスをして冷や汗が出る。



「あ、あー……、あれはだな。公爵……。

ユーリエル嬢の力を上げる目的で渡したと聞いているのだが……。」


生涯初めてではないかと言うくらいアンナが言い淀む。


「はぁ!?婚約するつもりはないと言うのかっ!あの天使のように可愛いユーリエルと婚約したくないのか!?侮辱するつもりかっ!」


さらにアレックスの手を握る力が増す。


「ぐっ!?そ、そのようなつもりはないのだが……。」



怒れる父親を前に歴戦の勇士たる2人が困惑している。まさに異常事態だ。


「確かに彼は恩人だっ!力も知能も人間性も!将来性も家柄も認めようっ!しかし!しかしだ!流石にいきなり婚約指輪を贈るのは駄目だろう!しかもあの指輪っ!どう見ても国宝級の魔導具じゃあないかっ!!これでは無下に断る事すら出来やしない!」


魔導具と言うのは様々な魔法効果を内包した道具の総称であり、特に遺跡から発掘された古代の魔導具は公爵家をして無視出来ない価値がある。


言わんや、それがあのクリア後のやり込み要素の指輪なら尚更である。


「分かるかっ!?私の気持ちがっ!目に入れても痛くない愛娘から嬉しそうに指輪を貰ったと言われたこの私の気持ちがっ!どこの馬の骨かと思ったらアルフォンス君だったんだぞ!」



公爵としての立場と父親としての立場で揺れ動く男の嘆きは、それから数時間続いた。

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