決着

バタバタと風が吹く。


現在地は帰らすの森上空100mくらい。

もうすっかりと日が落ち込み空には満点の星空と大きな月が浮かんでいる。


月の光に照らされて目の前にはまるで小山の様なデカ亀が見えた。


あのデカ亀に狙撃された先程と違って、しっかりと潜伏魔法を掛けている為、この距離でも補足されることなく浮いていられる。



「どうだ?ユーリ。やれそうか?」


横抱きした、つまりお姫様抱っこをしたユーリに声を掛ける。


「うん。えへへっ。任せてよ!」


……うん。大丈夫ならいいんだけどさ。

何だかさっきからぽわぽわしてるんだよなぁ。

この子……。



今からすることは簡単だ。

あのデカ亀を吹っ飛ばすのだ。


俺1人なら出来ない事でも、ユーリの、光の指輪を付けた彼女のスキルならそれが可能になる。



それこそが『聖女の祈り』。


この手のゲームで100万回は出てそうな在り来りなスキル名だか、その効果はぶっ壊れだ。


何とこのスキルを使用すると仲間の魔法攻撃の威力と範囲が2倍以上になる。


これなら俺の魔法でもあのデカ亀を倒すことは出来なくとも、ぶっ飛ばす事は出来る!


派手にアイツをぶっ飛ばせばウチの両親も俺がここにいると判別出来るって寸法だ!



やり方は簡単。


障壁魔法でアイツを囲って中で爆発を起こす。

言ってしまえば、障壁を仮想の大砲の筒にして弾代わりにあのデカ亀を空に舞いあげるのだ。


運良くアイツがひっくり返ればあの巨体だ。

起き上がるのは一苦労だろうし、あのデカ亀が空を舞い上がる異常事態は必ずウチの両親を呼び寄せるだろう。


1発噛ました後はさっさと遺跡に避難すれば良い。



『OOPS! あれだけ引っ張っておいて、結局やる事は出力を上げて本気で殴ると言う脳筋作戦ですね!マスターもしっかりとアーネスト家に馴染んでいるようで何よりです。』


うるせぇよ。

他に方法あるなら教えやがれくださいっ!


『just kidding! 成功率で言うと悪くない作戦なのは確かです。特にマスターは障壁魔法全般が苦手なので、補助魔法で出力を上げるしかないかと……。』



そうなのだ。

この辺は前世の科学知識の弊害だな。


障壁、つまりバリアに該当する知識が俺の中で曖昧過ぎるのだ。


バリアと言えば、SF映画に出てくるエナジーフィールド的なバリアを想像するだろう。


じゃあこの力の源は何なのか?となる。


重力?プラズマ?風?

おそらく質量は関係ないとは思うのだが……。


魔力はあくまでも物理現象を操る力だ。


それがどんなに不可思議な現象を生み出したとしても、それは科学的にある程度は説明出来ないといけない。


俺の場合、それが科学知識に基づくものであればある程使用する魔力は少なく済むし、効果もハッキリと現れる。


例えば、ある程度科学知識に基づいて発動させた公爵夫妻の治療に使った3つの魔法は、実はそこまで魔力を喰っていない。


反面、複数属性刀剣魔砲マルチマジックバレル等のいかにも魔法っぽい魔法は、不思議な現象を不思議なまま扱っているので、かなり魔力を喰うのだ。



炎を出す。


これは分かる。単なる発火現象だ。


しかし、それが対空して敵に向かっていく時点で一気に謎現象になる。


炎はプラズマだから磁力操作の応用か?


じゃあ水は?土は?

って言うか、なんで何もない所から水や土が出てくるんだよ。何?お前アインシュタイン先輩に喧嘩売ってんの?となる。


それらを補足する為にパパンから仕入れたこの世界由来の様々な魔法理論やら前世の漫画やゲームの知識を使っているのだが、燃費は今ひとつだし威力もそれなりな感じなのだ。



『BAD! ユーリ嬢の固有スキル、聖女の祈りを使えば話は別です。理論上、マスターの今ひとつパッとしない魔法威力も一気に上位クラスになる事でしょう!』


く、くっそう。好き放題言いやがて……。

いいぜ!見せてやろうじゃないか!


俺の魔法が今ひとつなのは不思議現象に限っての話だってことをなっ!


「ユーリ!頼む!」


「―――うん。うん!任せてよ!」


ユーリが頷き、胸の前で手を組み祈りのポーズを取る。


その瞬間、清浄な魔力が高まり柔らかな光がユーリの左手の指を起点に辺りを包む。


あ、やべ。これアイツに気付かれるかも……?

この距離では有り得ないことだが、あのデカ亀と目が合った気がした。



「生きとし生けるものに施しを。寄る辺なき死者には花束を。穢れなき祈りは我が胸に――。」



デカ亀の口周りに魔力が集中し出す。

こ、これは例のレーザー攻撃っ!


まだ詠唱は終わらないのか……!?



「例え堕天の先に逝こうとも、この名この身この魂!その全てを持って最愛の貴方に祝福を!」



きたきたきたきたっ!!

ユーリの白い魔力が俺の身体を包み込む。



障壁魔法バリアマジック装填セット万象弾く白銀の壁アイギスの鏡盾!!」



デカ亀のレーザー攻撃が俺達に届くその刹那、俺の魔法が寸前の所で発動する。


説明不要のギリシア神話に出てくる盾をモチーフにした魔法が、レーザー攻撃の放射熱すら防ぎ切りそのままレーザーを跳ね返した。



「GuOOOOOOOOOOOOooooooooNnnN!!」



反射された自分の攻撃に苦しむデカ亀。

ざまぁみろっ!!


問題はここからだ。

なるべく魔法を制御しやすい様にデカ亀近くに飛んで行く。


おぉ!?

何だか速度が違うぞ!


いつもは時速50キロも出せば限界だったが、今はもっと速度が出てる気がする……。


『YES!ユーリ嬢の祈りの効果で、マスターの使う全ての魔法が全て倍以上の威力・範囲になっています。』


え、何それチートじゃん……。

BAN対象だろコレ。


……まぁとにかくよし。これならやれる!



障壁魔法バリアマジック装填セット魔導砲身形成マジックガンバレル!!」



デカ亀周辺を円筒型にした不可視の障壁魔法で取り囲む。砲身の長さは俺の制御範囲ギリギリの100m!


そしてここからが本番だっ!



土魔法アースマジック装填セット大地よ我が意に従えガイアコントロール!!」


使わせて貰うぜ!パパン!

俺を空まで吹っ飛ばしたパパンの魔法だ。


魔力を操作してデカ亀の腹の下の大地を操作する。


ここでパパンのように大地を隆起させても流石にこの質量を空まで吹っ飛ばす事は出来ない。


しかし、この魔法の真髄はそうじゃない。


熟練者になれば、支配した土の組成変化までコントロールできることだ!


大砲の構造は何百年も変わっていない。

要は筒の中に入れた弾を火薬の爆発力で押し出すだけ。


ならやる事は1つ!

あのデカ亀の腹の下を火薬で埋め尽くす!



組成変換コンポジション・コンバート黄色柱状結晶トリニトロトルエン!!」



詠唱した瞬間、俺の中から一気に魔力が減る。


や、やべ。これ、思ったよりキツい……!

しかもこれ組成変換させればさせるほど無尽蔵に魔力が減ってくんだけど……!?


『I'm not surprised! 海に熱した石を放り込んで温めているようなものです。』


ぬぐぐっ……!

な、ナビィさん?すみませんけど、魔法のコントロールだけでもお願い出来ません?



『oh well! this is nothing。仕方ありません。貸し1つですよ?マスター。』


そ、それはそれで怖いな……。

男前な人工知能でも紹介すれば良いのか?


『Not bad!ちなみに私の好みはサイバ○フォーミュラーに出てくるアス○ーダの様な熱い人工知能です。』


いい趣味してるよ……。全く。

んじゃあ、頼むぜ!相棒!


『OK!Master!術式掌握I have control

魔導砲起動シーケンス続行magic gan barrel activation sequence continue!3.2.1.完了complete

周辺土壌を黄色柱状結晶へ換装exchange surrounding soil with trinitrotoluene!3.2.1.完了complete

全術式良好system all green!!』



精緻の極みの様な正確無比な魔法構成が津波のように俺の中に流れ込んでくる。


いつもは俺が放出した探査魔法をナビィが制御してくれているのだが、よく考えれば今回のようにまだ俺の中で制御途中の魔法掌握を任せたことはなかった。


ナビィと俺でここまで制御の精密さに差があるなんてな……。


流石は神格って事か……。



発射準備完了Ready to fire!!』



俺の意識が飛ぶギリギリまで魔力を搾り取られつつ、術式が完成したようだ。



「ぶっ……飛ばせっ!」


『OK!BLAST THEM!! FIRE!!』



―――その刹那。


とてつもない轟音と共に付近が振動する。

耳をつんざくような音と共に簡易の魔導砲身が砕け散る。


ど、どうなった!?


魔力を根こそぎ使った俺は浮遊魔法すら維持できなくなり、ヨロヨロとユーリを抱えたまま地面に軟着陸する。


それでも必死に空を見上げるが、夜の闇に溶け込んであのデカ亀は見当たらない。


『Don't worry!現在、陸竜亀グランドタートルドラゴンは上空約4000mをぶっ飛んでいます。5分後に現在地点から北西1キロ付近に落下予定。』



よっしゃああっ!

やってやったぜっ!!


俺の無言のガッツポーズを見て成功を確信したのだろう。


ユーリが嬉しそうに笑って抱き着いてくる。


「やったんだね!アルくん!やっぱり凄いよ!」


ははっ。よせよ!

でも、悪くない気分だ。


これで暫くすればウチから救援が……。



………………

…………

……こないな。


デカ亀が空を舞い、地面に落ちた振動を確認し、そこから数十分待っても誰も来なかった。


え、おかしくない?

そもそも飛行船不時着から何時間も立ってるのに探索隊が動いてる様子すらないんだけど?


気付いてない……?

いやいやいや。それはないだろう。


あれだけドタバタやってたんだ。

ウチの両親なら絶対気付く。


何だか嫌な予感がする……。



『I think so……。マスターのご両親の性格上、全てを把握した上で放置している可能性が高い気がします。』



やめてくれ。

嫌な予感を正確に言語化するのはやめてくれ。


つまり何か?

遠距離なのか近距離なのかは知らないが、俺達のことをしっかり監視して現状把握はしているものの、これくらいなら訓練の範疇として放置してるって事か?


控えめに言って鬼畜すぎない?


『I Agree。bat……。あの2人の性格と実力を考えると事故発生からこの時間までなんのリアクションもない方がおかしいですよね。』



Oh nooo ……。




俺の魔力回復を待ってから屋敷に帰った頃には朝方になっていた。


そして予想通り、屋敷では全てを把握していたウチの両親が待っていたのだった……。

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