とある公爵令嬢の独り言
私はユーリエル・ロウエル。
ロウエル公爵家の当主であるお父様とお母様の長女として産まれた。
本来なら公爵令嬢の一言で済むのにこう言う遠回しな言い方をするのは、お母様の教えだ。
ようするに、公爵なのはお父様だけで、私はその血縁者なのだから過分に権力を振りかざすのは恥ずかしい事なのだそうだ。
貴族は義務を果たす事で権利が得られる。
王家に列なる公爵家の者として恥ずかしくない令嬢になれと言われて育った。
正直、言葉の意味はハッキリとは分からないが、しっかり頑張りなさいと言う事だろう。
だから私は頑張った。
勉強もマナー講習も、この歳で魔法だって使える。
皆からは天才だ、神童だと褒めて貰えた。
でも、やっぱり1番嬉しいのはお父様とお母様に自慢の娘だと褒めてもらえることだった。
お2人は公爵夫妻として、広い領地の管理の他にも国の重要なポストについておられる。
普段あまり顔を合わせれないのだが、たまにお屋敷に帰ってきた時、お2人に褒めて貰えるのが私の1番の楽しみだ。
それに頑張っていると、お父様とお母様の公務にも連れて行って貰える。
正直、偉い人への謁見やパーティーは苦手なのだが、大好きなお父様とお母様と一緒にいれるのが何より楽しいし、今回のように飛行船にも乗ることも出来る。
馬車よりも小さな船体だったけど、そんな事は全く気にならなかった。
空からの景色を見ながら、お父様に色々な事を教えてもらった。
あそこの平野はどこそこの侯爵家の領地で、小麦が有名だとか、あの山の向こうに大きな湖があって魚が美味しいとか。
特に私の興味を引いたのが、ある奇妙な子爵家の話だった。
その子爵家はロウエル公爵家よりも古参の家で、初代の頃より昇爵を常に断り続けている変わり種。
ただ自分達を王国の剣とみなし、政治に一切関わろうとせず、ひたすらに己の武を磨き続け、ただ強敵を求め続ける武の一族。
いつしかその在り方が様々な騎士や戦士の共感や畏敬を集め、あらゆる領地や派閥を超えた武闘集団となった。
それこそがエルネスト王国軍の中核となったと言うのだ。
何でもそこの奥方様は、お父様とお母様の在学中の後輩にあたるらしく、様々な逸話を教えてくれた。
曰く、生意気な態度が気に入らないと因縁をつけて来た先輩50人をたった1人で叩きのめした。
曰く、訓練中に迷い込んで来たドラゴンを討伐した。
曰く、とある王国の王子から求婚されたが、自分より弱い男に興味はないと一刀両断した。
次々と出て来る、まるでどこかの物語みたいな破天荒な話に私は目を丸くするばかりだった。
「――しかし、アルフォンス君と言ったか……。
あの女帝が結婚して子を生しているとはなぁ。月日が経つのは早いものだ。」
女帝!?
お父様の口からとんでもない渾名が出た。
言葉の意味は色々とあるが、基本的に帝の位は王よりも上だ。
「お父様、それって不敬じゃない?ウチは王国なのに女帝って……。」
訝しげに目をひそめて私が言うと、お父様はいたずらが成功した子どもみたいにニンマリと笑う。
「大丈夫さ。アンナ女史を女帝と言い出したのは、若かりし頃の我等がルシフエル王だからね。」
お父様と現国王であらされるルシフエル王は同い年の親戚同士だ。
私が目を白黒させているとお母様が可笑しそうにコロコロと笑う。
「――確かアルフォンス君はユーリと同い年だったはずですよ。学園でも同じクラスになれると良いわね。」
「あぁ、そうだな。あの2人の子どもだ。
噂によるともう大人よりも強いらしいぞ?」
それからイタズラっ子な顔をしたお父様から聞かされるアルフォンスくんの噂の数々……。
まだ5歳なのにドラゴンを倒したなんて本当なのかしら?
うーん。どんな子なんだろう?
怖い子じゃないと良いんだけど……。
そんな会話の折り、突如として船体が揺れる。
すぐ近くで聞こえる爆音。
お母様の悲鳴。
そして、私の意識は暗転した。
次に気が付いた時は、見知らぬ森の草の上に寝かされていたのだった。
目の前に広がっていたのはある種幻想的な風景だった。
横たわり宙に浮くお父様とお母様。
その傍らに金髪の男の子がいる。
彼が手を振るう度に魔力が大きな風となって揺れる。荒々しくも優しい魔力だ。
凄い……!
家庭教師の先生達や私の両親よりも遥かに大きな魔力が渦巻いている。
激しく、でもどこか優しい魔力の暴風は三度辺りを吹き抜ける。
最後に一際に大きく魔力が渦巻き、真っ白な光となって辺りを埋めつくした。
光が納まった後には、規則正しく息をして眠る両親と、2人を安堵して見守る優しい金の瞳を持つ少年がいた。
あぁ……、彼こそがそうなのだろう。
王国最強の血統。
アルフォンス・アーネスト。
―――彼は何だか不思議な男の子だった。
背は私より高い。
もう140cm近くあるんじゃないだろうか?
しっかりと鍛えられたスマートな体型。
私が見た誰よりも大きな魔力を持っている。
すぐに私を公爵家の娘だと気付き、名前を言い当てられる知識。
いきなり可愛いなんて言われて真っ赤になった私を優しげに見守る瞳なんかまるで大人と話しているみたいだ。
でも時折凄く自信なさげに目が泳ぐ。
大きな亀の魔物と相対した時や森の魔物と戦う時、彼は言葉の端々で不安を噛み殺した様な顔をする。
……きっと彼も不安なんだ。
どれどけ凄い力を持っていても彼も私と同じ5歳なんだ。
それなのに彼は不安を飲み込んで何でもないと私に微笑む。
そして私達を守ろうとしてくれる。
私は何にも出来ないのに……。
彼は全く関係ないのに……。
胸の奥がズキリと痛む。
そしてその胸の痛みのまま、私の感情は爆発してしまう。
今思い出しても恥ずかしい。
無力な自分を棚に上げて恥も外聞もなくみっともなく喚き散らしたのだ。
……子どもっぽい単なる癇癪だ。
でも彼はそんな私を受け入れてくれた。
訳の分からない事を訴える私に頷き、その通りだ、任せろと笑う。
違う。違うの!私が言いたいのは―――!
「―――まるでママみたいだ。」
アルくんが言った何気ない一言でまた胸の奥が弾む。
え?アルくんってお母様の事をママって呼んでるの?
大人っぽい彼の印象を180度変える一言だ。
何だろう。めちゃくちゃ可愛い。
さっきとは違って何だか胸がキュンとする。
「……なぁ、ユーリ。戦う為の力はあげられる。だから本当に俺と一緒に戦ってくれるか?」
そして畳み掛ける様にアルくんは私を頼ってくれた。
きっと私が本当に欲しかった言葉をくれた。
彼の言葉が私の胸の奥にストンと収まる。
―――あぁ、そうだ。
私は彼に頼って欲しかったんだ。
私の頬に暖かい涙が流れた。
先程までの荒んだ感情じゃない。
暖かな気持ちの激流が胸の奥より押し寄せる。
そして私が望むのなら私を守ってくれると、まるで騎士の様に誓ってくれた。
そして私の左手を取り、薬指に指輪を嵌めた。
もう頭は茹で上がり、心臓はバクバクだ。
そこから先はよく覚えていない。
もう魔物何かどうだっていい。
私の脳内はお花畑だ。
アルくんはかっこいい。
別に絶世のイケメンと言う程ではないのだが、それなりに整った2.5枚目くらいの丁度良い感じ。
とても大人びた言動や考え方をする癖にパパやママと呼ぶ所も可愛くて良い。
家柄だって悪くない。
子爵と言えばそこまで位は高くないが、なんと言っても私は公爵家令嬢だ。下手に大貴族と結び付けば王家が謀反を疑うだろう。
この歳で魔法をここまで自在に使う将来性も加味すれば決して悪い人選ではないだろう。
いや、むしろかなり良い。
しっかりとお義父様とお義母様にご挨拶出来るだろうか?
式は?学校はどうしよう?
そんな事しか考えていなかった。
これが後に救国の大英雄
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