戦略的撤退
マジかよ……。2キロ先からこの威力かよ。
あんなもん当たったら消し炭だぞ……!
『 Nice!素晴らしい回避です。マスターにはまだあの威力を防げる障壁は張れませんから回避を選んで正解です。』
……よし。逃げるぞ!
あんなもん1人で戦えてたまるかっ!
どう考えてもレイドボス。100歩譲ってゲームクリア後のやり込み要素だ!
幸いあの巨体だ。
どう考えても移動速が遅いのは間違いない。
多分、俺が歩く方が早いんじゃないか?
『 Yes。
なるほどね。やっぱり見た目通りの鈍重タイプ、と言うより固定砲台タイプか……。
ならさっさと逃げるぞ!
あいつの射程距離はともかく、索敵感知距離としては2キロ弱とみた!
なら一定距離をとりつつ身を隠すぞ!
『YES!I agree!先程マスターが感知されたのも遮るもののない空中だったからです。
遮蔽物の多い森の中ならせいぜい索敵距離は1km程度と予測されます。』
素早く地面に降り立ち、突然の急展開に着いていけず、固まっているユーリに駆け寄る。
「あ、アルくん……。今の光って……?」
ここからでもあのデカ亀のレーザー攻撃が見えたのだろう。
あれが危ないものなのは理解しているようで、震えながらまだ眠っている両親に抱きついている。
……いや。もしかしたら2人を守っているのかもしれないな。流石は主人公だ。
「飛行船を落とした魔物の攻撃だ!幸い、アイツの足は遅い。2人を連れて逃げるぞ!」
端的に説明しながら公爵夫妻に浮遊魔法をかけて逃げ出す準備をする。
幸か不幸か、4人とも身一つなので準備はこれで終了だ。
「え、あ……、う、うん……。」
何やら動揺しつつも必死な俺の指示に従って動き出すユーリ。
……何だ?何か引っかかっているのか?
先程までとのユーリの態度の違いに違和感を覚えたが、今は構っている時間はない。
さっきのやり取りのせいで無駄にこちらの位置を補足されてしまったからな……。
索敵魔法一辺倒ではなく、もっと広域をカバー
出来る、言わばドローンの様な偵察魔法の1つでも作っておくべきだった……。
「―――すまんが走るぞ!」
そう言ってユーリの手を握って走り出す。
目的地も何もない。
取り敢えずはあのデカ亀から少しでも距離を取らなければ……!
『Master!提案があります。ここから1.5km先に隠された小さな遺跡があります。そこで篭城するのが現状では1番生存率が高いです。』
相棒の頼もしい提案が出た。
遺跡なんて意味深な場所があるのか!
まぁそりゃあ確かに、ここはクリア後に訪れるダンジョンだ。
クリア後に実家の隣にある森に訪れれば、伝説のポ○モンをゲット出来るのだ。
遺跡の1つや2つ転がってて然るべきだろう。
……………………
…………
……
「
俺の周囲に展開された数百の剣の隊列が、白い狼型の魔物に突き刺さる。
「ギャウンっ!?」
全高数メートルはあろう、馬ほどの狼が力尽きて倒れる。
「はぁはぁはぁっ!クソっ。流石にあのデカ亀から距離が離れると他の魔物が出てくるな。」
おそらく偵察役なのだろう。
そのほとんどが群れではなく単独、多くても2、3匹なので何とか捌けている。
「あ、アルくん!大丈夫!?」
ユーリが木の影から駆け寄って来る。
彼女も多少魔法が使えるようだが、如何せんこのレベルでは足でまとい以外の何物でもない。
俺が戦っている間は公爵夫妻と共に俺が張った潜伏結界の中にいてもらっている。
「あぁ、大丈夫。今くらいの魔物なら物の数じゃあないさ。」
「う、うん……。」
心配そうな彼女に何とか微笑みかける。
実際、案外戦えるものである。
『Yes。幸い、この辺りの魔物はレベルこそ高いですが、明確な弱点属性がある為マスターの
なるほどね。
言われてみれば、さっきの白い狼も炎系の剣だけやけに深く刺さっていた気がするな。
……ってそう言うのは先に言えよ!
『Non!答えだけを教え過ぎるのは良くはありません。知識を司るものとして、明確な命の危機でない限り、多少の自己考察は促すべきだと判断します。』
頼むからそういうのはもうちょい余裕のある時にしてくれ……。
ナビィの言う通り、ここに来るまでに倒して来た魔物は、冷気を操る白い狼とか炎を纏った猿とか金属質な鳥とかだった。
……うん。よくよく考えれば大体初手で弱点つけるやつだわ。
そうと知っていれば魔力剣の属性を偏らせたりして魔力を温存出来たのにっ!
……はぁ。頭が回ってないな。
くそ、これが実戦か。
何か1つ俺が間違えたら自分やユーリ、公爵夫妻が傷付くかもしれない。
もしくは重大な後遺症が残るかもしれない。
そして最悪、4人揃って死ぬかもしれないという恐怖で手元が震える。
魔物達から放たれる混じりっけなしの殺気にすくみ上がり練った魔力が全然安定しない。
やたらめったら魔力剣を飛ばして誤魔化してはいるが、効率は最高に悪いし緊張から息は上がりベタつく汗が気持ち悪い。
あぁ、確かにママンの言う通りだ。
これに比べたら、俺が地獄の特訓だと感じていたパパンとママンとのじゃれ合いは単なる遊びだ。
緊張感が違い過ぎる。
産まれた翌日から魔力を毎日使い続けているせいか、俺の魔力量はとてつもなく多いらしい。
1日中パパンとママンと3人で鬼ごっこしてても魔力が切れた事はないほどだ。
しかし、今日は何だか魔力の減りが早い。
この森に来てせいぜい5時間ほど。
いつもの倍ぐらいの勢いで魔力が減っている。
「俺もまだまだって事だな……。」
ボロボロになったブーツの足元を見ながらポツリと独りごちる。
『―――BAD、マスターは無事に目的地に達しました。反省会は生き残った後で、いくらでも付き合いましょう。』
何だか優しく感じる相棒の声を聞いて視線を上げると、そこには小さな古ぼけた石造りの神殿が建っていた。
イメージはローマ時代の神殿だな。
複数の石柱が立っていて、その上に石の屋根が乗せられている。
建設されてから気の遠くなる年月が経っている筈なのに、石造りの柱はひび割れることなく建っている。
何がしかの魔法が施されているのだろう。
神殿周辺はやけに清浄な空気で満たされ、魔物1匹見当たらない。
周りを異様な大きさの木々に囲まれながらも、その神殿は厳かな雰囲気を保ってそびえ立っていた。
『complete!ここが目的地の遺跡、ゲーム名称名も無き神殿です。』
――あ、これアレか!
前に話していたウチの領地の森に隠されているユーリ専用のパワーアップアイテムがある所か!
『YES!この遺跡は生きており、魔物避けと簡単ではありますが、結界が張られております。』
よし。いいぞ!
ここでなら篭城出来そうだ。
問題はこの場所をパパンとママンに知らせる方法か……。
そんな事を考えながら遺跡を見渡す。
神殿の中央の台座以外何にもねぇな……。
ゲーム的にはこの神殿自体に何かギミックがある訳では無いらしい。
神殿の中央にユーリ専用の強化アイテム、『光の指輪』が飾られているだけだ。
ちなみに基本は乙女ゲーなので、一緒に行った1番好感度の高いパートナーから歯の浮くようなセリフと共に指輪を左手の薬指に付けてもらうと言うイベントがあるとの事だ。
神殿の中央に件の指輪は安置されていた。
白銀のリングには傷一つなく、中央部に上品にあしらわれたダイヤモンドの様な石はユーリの魔力と共鳴しているのだろう、薄らと光を放っている。
うん。どこからどう見ても婚約指輪だな。
能力的には状態異常無効やらステータスアップやら有効な補助能力がモリモリの欲張りセットだったはずだ。
『Yes!それに加えてこの指輪を装備している時だけの専用スキルが使えるようになります。』
あー、昔教えて貰ったな。
確か補助系の何か凄いのが使えるんだっけ?
いいなぁ。俺もこういうの欲しいんだが、これユーリ専用なんだよなぁ。
所詮はかませ犬王子の取り巻きだもんなぁ。
ま、取り敢えずこの指輪は照明代わりに使えんだろ。
「よし、ユーリ。ここを拠点に篭城しよう!
ここなら結界が張られてるから、森の中より安全なは―――。」
そこで俺が見たものは、大きな翡翠の瞳いっぱいに涙を浮かべて泣きはらすユーリだった。
「ごめんね。アル、くん……。ヒック。本当にごめんなさい……。」
突如として泣く女児。
ど、どーすりゃいいのさ!?
俺の心の許容量はもういっぱいいっぱいよ!?
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