彼女の事情
光の聖女ユーリ。
本名ユーリエル・ロウエル。
彼女はエルネスト王国公爵家であるロウエル家の長女だ。
ちなみに、この国の王族とその親類の家名や名前には、基本的に輝きを意味する“エル”の文字が入るのだそうだ。
本当はヘブライ語か何かでは神を意味するらしいが、このゲームの設定ではそうなるらしい。
ロウエル家は王族に列なる親戚筋だ。
そして何よりも俺にとって重大なのは、彼女こそがあの邪神に押し付けられた
『 ドキドキめもりある』の推しも押されぬ主人公だというとこだ。
長いピンクブロンドと翡翠の様な大きな瞳が特徴的な明るく聡明な美少女
光の聖女と呼ばれるほど高い光属性への適応と、膨大な魔力を持つ。
ゲーム開始時は平民だったが、物語が進むにつれて実は王国公爵の娘だったと判明する。
実にテンプレ通りの乙女ゲー主人公だな。
ちなみに、1周目はノーマルのみで王都近くの村で育った平民という設定だが、ゲーム2周目以降は物語開始時点で出自を選択できるらしく、ハードモードだと孤児院育ち、イージーモードではそのまま公爵令嬢でスタートされる。
さて、その公爵と言う貴族階級トップから平民に転げ落ちた理由もまたどこかで聞いたことのある設定だ。
その原因は物語開始の10年前に起こった飛行船事故にある。
つまり、この今回のこの事故だ。
本来、この事故で唯一生き残るのはユーリだけだった。
そしてアーネスト家が派遣した捜索隊と入れ違う形で命からがら森を脱出、何も知らない近くの村で保護される。
しかし、悲劇は続く。
両親の死、恐ろしい魔物が跳梁跋扈する森からの脱出、あまりにも過酷な状況が故に彼女は記憶を失ってしまう。
分かるのは自分の愛称であるユーリと言いう名前と母親の形見であるペンダントだけ。
それゆえ彼女は公爵令嬢と気付かれることなく平民として育つ事になったのだ……。
……いや、無理があるだろう?
何?この設定。
記憶喪失もご都合主義過ぎるし、どう見てもこの子は平民には見えない。
何と言うかオーラが違う。
どれだけボロボロの服を着ていても凡人とは隔絶した雰囲気を感じる。
「えっと……、その、ど、どうしました?」
おっと、ナビィとの念話と自分の思考に集中し過ぎていた。
いきなり目が合った状態で黙り込まれて不安になったのだろう。
ユーリがおっかなびっくり声を掛けてきた。
当然ながら、まだまだ不安なのだろう。
夕焼けに照らされた翡翠の瞳は少し潤んでいるように見えた。
……しかし――。
「あー、なんだ。ユーリは可愛いなって思ってさ。」
ボッと赤くなるユーリ。やっぱり可愛い。
いや、別に普段からこんなナンパな発言はしないのだが、どうも前世の記憶に引っ張られているのだ。
確かに俺は自分をアルフォンス・アーネストと認識しているのだが、同時にアラフォーのオッサンという自覚もある。
同期の子どもを見て可愛いなと言うのは普通だと思うのだ。
……普通だよな?
『 Good grief。私には人間の機微は分かりかねます。』
「……あれ?」
呆れる相棒を他所に、ユーリが何かに気付いて驚いていた。
ん?どうしたんだ?
――あ。名前か!
「……私まだ名前言ってない、よね?」
やっべ。脳内でユーリ呼びしてたからつい口が滑っちまった……。
「あー、まぁ田舎貴族とはいえ、一応子爵家の人間だしね。同世代のお偉いさんの名前くらいは分かるさ。」
そんな5歳児いるのか?
自分で言っといて何だが、そんな5歳児が本当にいたら気持ち悪いと思う。
「――私も君の名前、分かるよ。
えっと、確かアルフォンス・アーネストくん。
……アルくん、だよね?」
……いたわ。気持ち悪い5歳児。
何で俺なんかの名前を知ってんだよ……。
驚いた俺の顔に気を良くしたのか、ユーリが得意気に説明してくれる。
「この辺りを飛んでた時にお父様に教えてもらったんだ。この辺りはアーネスト子爵家って王国で1番有名な武門の領地で、そこの一人息子がアルくんだって!」
なるほど。あの両親なら公爵家まで噂が届いててもおかしくないな……。
まさか俺の名前まで耳に届いてるのは意外だったが……。
「お父様言ってたよ!アーネスト家の次期当主は私と同い年なのに、もう兵隊さんより強いんだって!」
……うん、そんなキラキラした目で見てくれている所悪いが、ウチの両親レベルを期待されても困るのだが……。
「いくつか魔法が使えるだけだよ。俺なんかまだまだだ……。」
「え!?やっぱり色々な魔法が使えるんだ!
私もね、この前習ったんだよ?防御魔法の筋が良いって褒められたの!」
少し落ち着いて来たのだろう。
ユーリの言葉数が増え、表情にも明るさが見えてきた。
悪くない傾向なのだが……。
しかし、何だが妙だな。
いや、ユーリではなくこの現状がだ。
具体的には、さっきから探査魔法に全く魔物の反応がない。
俺の探査魔法の最大索敵範囲である半径2キロに感知範囲を広げているのだが、全く何も反応しないのだ。
俺がここに投げつけられてから約4時間くらいずっとだ。
――なぁ、ナビィ。何かしらの理由で探査魔法が阻害されているとかありえるか?
『 uuum……。確かにありえなくはないのですが、マスターの探査魔法はこの世界ではかなり特殊です。阻害するどころか、探査されていると認識する事も難しいでしょう。』
この世界で探査魔法と言うと、基本的には魔力感知を指す。言わば、気を感じたり気配を感じたりと言うのに近い。
俺も出来なくはないのだが、そこまでの正確性はなく、ボンヤリと何かあるなーとか思う程度である。
さらにウチの両親レベルの達人になってくると平気で魔力反応を隠したりもして来るのでさらに精度は落ちる。
なので、俺の探査魔法は現代のレーダー技術を模倣している。電磁波、つまりX線や赤外線、各種電波を使って探査しているのだ。
科学技術ではなくあくまでも魔法なので、精度についてはおそらく現代に存在するどんなレーダーよりも正確に感知出来る。
しかも電磁波を感知すると言う発想もまだないので、探査されている事もバレにくい。
……つまり、俺の探査魔法は正常に働いているって事か。
『Yes。間違いなく付近に魔物は存在しないと言えます。』
――そうなると、どういう事だ?
確かに立て続けに俺や飛行船が落ちてきたから魔物が逃げたと言うのは理解出来る。
しかし、同時に魔物にだって縄張り意識と言うものはあるはずだ。
これだけワチャワチャやってて魔物が一切寄り付かないなんてことあるのか?
『Exactly。どんな生物にも警戒心を持つと同時に興味や関心と言う気持ちもあります。
マスターのお考え通り、遠くからこちらを監視する魔物がいても何らおかしくありません。 』
……つまり、魔物が寄り付かない何かしらの理由があるって事だ。
ありえるとすれば……。
「なぁユーリ。嫌な事聞くようだけどさ、飛行機が落ちた理由って分かる?」
「え?う、ううん。よく分からないの……。
窓を見てたら下の方が光ったと思ったら凄い衝撃が来て、飛行船が壊れたって操縦士の人が言ってたと思うんだけど……。」
……下の方からの光、衝撃、そして墜落。
帰らずの森と言われるほど魔物が多い森にも関わらず、何故か1匹も見当たらない魔物達。
何だろう……、まるで恐ろしい何かから逃げてる様な……。
ズズ……ン……!
地面が揺れる。
地震……ではない。まるで遠くの方で重い何かが地面に落ちる様な衝撃だ。
『 WARNING!探査魔法に感あり!2キロ先に大型の魔物を感知!』
フラグの回収早すぎませんか!?
内心で悪態をつきながら、魔法で宙に浮く。
何にせよ事態の把握は必須だ。
恐る恐るデカい木に身を隠しながら目を凝らす。
……マジか。
大岩が動いてるんですけど……?
全長は10m以上。全高は4~5mくらいか?
まるでデカいトレーラーだ。
特徴的な大岩と見まごうばかりの背中の甲羅。
人どころか家すら丸呑み出来そうな大きな口。
「ありゃあワニガメって言うか、ガ○ラ?」
それは大きな陸亀だった。
『 Oh no!あれは
……嫌な予感しかしないが説明を聞こうか。
『レベル76の大型
完全に狙われてるやつじゃん!
どうせあれだろ!?飛行船落としたのもアイツで、口から炎とか吐くんだろ!?
『 Maybe。確証はありませんが、その可能性が高いかと思われます。ちなみに仰る様に口から高温のブレスを吐きます。』
キィイイイイン!と不意に魔力の大きな流れを感じる。
こ、これは!?
『 WARNING!WARNING!敵内部に強大な魔力集中を感知!ブレス攻撃が来ます!至急退避して下さいっ!』
反射的に浮遊魔法を切ってそのまま落下しながら防御魔法を張る。
ま、間に合えっ!!
その刹那、俺がいた辺りに向かって赤黒い太い光が突き刺さる。
光の余波だけで俺の結界が軋む。
……炎とかブレスじゃなくてレーザーじゃん。
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