急転直下(物理)
「――ところで、アルフォンス。剣の訓練を開始するにあたって1つ大事なことがある。」
食事を終えてポツリとママンが言った。
あ、本当に剣を教えてくれるんだ。
あれほどあった山のような猪肉はすぐに俺たちのお腹に収まった。
どう少なめに見積もっても体重数百キロはくだらない大物だったんだが、どうもこの世界に転生してから食べる量が異様に増えた。
パパンとママンも平気で100キロ単位の肉の山を片付けるのだが、この世界の人間は大食いなのか?
『YES、Master。魔力を操るこの世界の人間は体内魔力消費を食事で回復します。それゆえ、食べる量がマスターの世界と比べて桁違いになります。』
いや、それは分かるが、1回の食事で食べる量が明らかに体重を超えてるんだけど……?
『それも1種の魔法です。無意識的に体内で魔法を使い、摂取した食事を分解して魔力に変換しています。これはレベルの高い、言わば達人になるほどその傾向は顕著です。』
食事量がレベルの目安になるのか……。
そう言えばこの世界の元ネタはゲームなんだよな?レベルとかステータスはどうなってんだ?
『それは――。』
ジャラジャラジャラっ!
ナビィが言いかけた瞬間、金属の擦れる音と共に身体に違和感を感じた。
!?
「――ふむ。まだまだ常在戦場の心得は身についておらぬな。どんな時も油断するとこうなる。」
パパンの魔法か!?
気付けば魔力で編まれた鎖で簀巻きにされていた。これはさっき使った俺の魔法かっ!
仲間の眼を探す怒ると目が緋色になるハンターの能力をイメージした拘束魔法だ。
くそっ。一回見ただけの魔法を無詠唱で再現するとかどんだけチートだよっ!
「――さて、アルフォンス。
剣とは戦士の持つ技術だ。だからこそ、私に剣の教えを乞うお前は戦士にならねばならぬ。」
決して声量は大きくない。
だが、ママンが口を開いた瞬間に周りの空気が張り詰め、緊張が走る。
まるで実態を持ったかのように重苦しい空気が俺の両肩を圧迫する。
今そこに居るのはママンじゃない。
エルネスト王国軍中将、『氷嵐剣舞』アンナ・アーネストがそこにいた。
「アルフォンス。戦士として必要な最低条件は何だと思う?」
むむ。またぞろ何か言い出したぞ……。
前は強い戦士の1番大切な条件、だったか?
あの時はかくれんぼが上手いことだったな。
戦士、戦士ねぇ?
戦士とは戦うもの。その第1条件とは何か……。
「えっと、多分だけど戦う意思……かな?」
何となく思いついた事を口にする。
「悪くない。だがそれだけだと片手落ちだ。」
ママンがニヤリと口元を歪める。
よ、良かった。当たらずとも遠からずだったようだ……。
「お前の言う通り、戦う意思がなければ力があろうと技術があろうと戦士足りえない!
心·技·体を謳うあらゆる流派で心を最初に持って来ているのはその為だ!」
饒舌にママンが話すが、いい加減拘束されているこの現状を先ず説明して欲しい。
嫌な予感しかしないんだけど……。
「その反面、戦士にとって負けも逃走も恥ではない。どんなに恥辱にまみれようとも、最後に立っていればそれはお前の勝ちなのだ。」
武士道や騎士道とは違うな。
ママンの言う戦士とは、どんな卑怯な手を使っても目的を達成する兵士とか、過酷な環境でも生き残るサバイバーなイメージだろうか?
環境に適応した生物が1番優れていると言うダーウィン的な何かを感じる。
「故に、戦士として必要な条件はどんな時も生き残ろうとする強い意志を持つこと!」
ガシッとパパンに担ぎ上げられる。
え、あ、ちょ、ちょっと!パパン!?
「戦う理由に貴賎はない。己の為、自分以外の何かの為、そしてその為に泥にまみれても戦い、生き残る意志こそが只人を戦士にする!」
そんな俺を無視して無情にもママンは話を締め括った。
「これより生存訓練を開始する。目的は着弾地点より屋敷までの生存ルート確保!手段は問わぬ!数多の魔獣蠢く帰らずの森より帰投せよ!」
……はっ?
着弾?帰らずの森?何言ってんの?
『Maybe、今からマスターは帰らずの森に向かって父君に投擲されると予測されます。
ちなみに、帰らずの森とはアーネスト領東側に位置する森林地帯の俗称です。』
正確に予想するのはやめろ!!
んな事は分かってんだよっ!
そもそも何でウチの庭にそんな物騒な森があるんだよ!?
「――アルフォンス。戦う事は考えなくて良い。
先ずは生き残る事だけを考えろ。安心しろ、お前は吾輩達の自慢の息子だ。」
この状況で言われても嬉しくもなんともないんですけどぉ!?
さっきと違う意味で泣きそうだわっ!
そして何よりこの拘束魔法!
これが目下のところ一番ヤバイ!
「そ、それは良いんだけどさ、この拘束魔法だけでも――」
「おお!この魔法だな!これは良い魔法だ!
鎖で束縛すると同時に相手から発動される魔力を散らす効果も持たせてあるな?」
そう。この鎖で縛られると魔力が上手く操れなくなって自力で脱出するしか術がなくなる。
ある漫画に出て来る緋色の眼を持つハンターが蜘蛛のタトゥーを持った盗賊と戦う時に披露した能力をモチーフにした魔法なのだ。
「うん、だからさ。これに縛られていると俺はマジで5歳児の筋力しか――。」
「生き残れよ!アルフォンス!ふんぬぅ!!!」
――しかして、哀れなアルフォンス君はお空の星となりましたとさ……。
…………………………
………………
……ってふざけてる場合じゃねぇ!
轟々と風切り音が耳を叩く。
顔全体にとんでもない風の圧力を叩きつけられ涙と鼻水、その他色んな体液を垂れ流しながら吹っ飛んで行く。
く、くそっ!この鎖全く解けねぇ!
さっきから魔力を込めているのだが、鎖の効力で込める傍から散らされて魔法にならない!
何だよこのクソ魔法!
『Caution!着弾まで残り3分24秒。着弾予測地点は帰らずの森中腹と予想されます。早急な魔法防御を提案します。』
出来るもんならやってるわい!
このクソ魔法を外す方法を検索してくれよ!!
『YES、Master!お任せ下さい!
この
魔力を散らす効力は、あくまでも収束段階にしか作用しません。なので、魔力収束をせずに強引に魔力放出すれば数十秒の魔力放出で鎖を壊せるでしょう。』
……え?あー、つまり鎖は魔力の収束を拡散するだけだから、収束せずに全開で魔力を放出したら鎖を壊せるってこと?
まぁ確かにこの鎖って、魔力を溜めて魔法として発動するって流れのうち、溜めるって動作を阻害してるんだから、溜めずに全方位に放出すりゃあ壊せるか?
……つまり結局力技じゃねぇかっ!
『Perhaps、父君もこの惰弱性に気付いていたのでマスターを拘束したまま投擲したのではないでしょうか?』
あーもう、ちくしょうっ!やってやらぁ!!
「うぉおおおおおおおおおおっ!!」
そして俺は輝く一条の流星となって地面に突き刺さった。
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