オッサンの忘れらない1日

「ガ○バーはどうなった!?」


意識が覚醒した瞬間、ガバッと起き上がる。



……あれ?ここはどこだ?

確か鬼ごっこの最中に空中に飛ばされて……。

確かママンに落とされたよ……な?


風の吹き抜ける丘の上、俺は明らかに軍用くさいレジャーシートのようなゴザの上に寝かされていた。



『You had me worried!Master。先程の鬼ごっこの後、父君と母君に助けられたのです。

今は落下地点近くで小休止中です。』


頭の中でナビィの声が響く。


あー、思い出したわ。

……うん。そう言うとまるで俺がやらかして助けてもらったと聞こえるが、犯人はあの2人だからな?



「おぉ!起きたか。アルフォンス。」



近くの森で狩ってきたのだろう、馬鹿でかい猪を肩に担いだパパンが声を掛けてくる。


「少し待っていろ。すぐに昼食にしよう。」


横で解体用のナイフをママンが構える。



珍しく白のブラウスと黒のロングスカートと言う私服姿だ。


シンプルな格好ゆえに見た目の美人さが引き立つ好コーディネートだな。


まるで良いところのお嬢さんみたいな格好だが手に構えたナイフが全てをぶち壊している。



うげっ。今から解体すんの?

寝起きでスプラッタはちょっと――。



そう思った瞬間、パパンが猪を中空に投げ、ママンのナイフが翻る。


サンっ!と小気味よい音を立てナイフが猪を切りつけると、まるで風船のように猪が膨れた。


ぼしゅうぅうと空気の抜ける音ともに猪の皮がハラりと落ち、その上に内蔵や肉がボトボトと積み重なって肉の山となった。


血なんか一滴も垂れてない。


まるでショーのような手際の良さだ。



「凄い……!まるで魔法みたいだ!!」



よっぽどアホ面をしていたのだろう、目を丸くして驚いているとママンに苦笑される。


「まるで、じゃなく魔法だ。水魔法の応用で血を消し去り、風魔法を使って皮や肉の隙間に風を送り込んで解体したんだ。」


なるほど!血液は9割が水だから水魔法で操れるんだ!消し去るって事は蒸発?いや、熱を出してる様子はないから水を分解しているのか?


空気圧を使って玉ねぎの皮むきをするのは前世で聞いた事があるが、肉の解体に使えるのは魔法ならではだろうな。


そんな高圧力の風を微細に制御するなんて科学技術はなかったはずだ。


血の水分以外の物質はどうなってるんだ?

くっ。色々と気になる……!


『Exactly!ご存知の通り魔法は概念元素魔力マナを操ることで、物理現象を操る事が可能です。ある意味、マスターのいた世界よりも突出した技術は存在します。』


いつも通りナビィが補足してくれる。



「さぁ早く焼いて食べよう。こう暖かいと肉が痛むのも早い。」


そう言いながら調味料を振りかけ、骨付きを手に取り魔力を流し込むパパン。


おぉぅ!手に持つそばから肉が焼けていく!

これは単純な熱じゃないな。遠赤外線とかもコントロールした焼肉魔法だ!


異世界でもBBQはパパが肉を焼くんだな。

……やっている事は蛮族丸出しだが。



「アルフォンス。さっきのパパとの遊びの中でいくつか新しい魔法を使っていたな?」



存外ワイルドに肉にかぶりつきながらも鋭い眼光でママンが質問してくる。


ママンからはさっきのは遊びに見えていたらしい……。この人達の手加減した一撃は岩も砕くので、まぁそうなのだろう……。



「あー、うん。浮遊魔法は雷の力で浮かぶんだ。風魔法と違って静音性はいいんだけど、そこまで出力が出ないのが難点かな?」


あれは電気でイオンの流れを作って浮かぶリフターと言う技術を魔法で模倣している。


小型の静音ドローンとかの研究で着目されている技術だ。



「雷魔法で飛ぶ、か……。新しい着眼点だな。

だが、わざわざ雷魔法を使う意味はあるのか?

風魔法を使って飛ぶ魔法はいくつかあったと思うが?」


逆に見た目に反して上品に肉を食べるパパン。

この2人は見た目から何から割りと正反対だ。



「やっぱり静音性かな?風魔法の飛行魔法って飛ぶと言うより吹っ飛んでるって言う方が近いし……。何て言うか、カッコ悪いじゃん。」


風魔法での飛行魔法は、言わば擬似的にヘリコプターを再現しているイメージだ。


いや、ちゃんとしたヘリコプターならまだ良い。


あれは台風の日に傘をさして窓から飛び降りるようなもんだ……。


吹っ飛んだ俺が言うんだから間違いない。

危うく死ぬところだった……。



『YES。だから出力は控え目にと言ったのに……。』


うるさいなっ!



「既存魔法がカッコ悪い、か……。」


ママンがボソリと呟く。


やべっ。怒らせたか!?

俯いて薄ら震えるママン。

こ、こぇええ……。


「……剣の魔法はどうなんだ?」


「えっと……その、剣の方は新しいって言っても基本的にはファイヤーボールとかの球系攻撃魔法の形を剣にしただけなんだけどね……。

そ、その……、か、格好いいかなって……。」


やべぇ。言っちまった……。


そうなのだ。

ハッキリ言えばあの魔法、剣である必要はまるでない魔法だ。

むしろ動きをコントロールするのであれば球形の方が楽ですらある。



「ふ、ふははははははは!なるほどなるほど!格好いいからか!確かに無数の剣が宙を舞い、戦列を成す姿は格好が良い!」


何か変なスイッチを押したのか、いきなり大声で笑い出すママン。こ、怖ぇよ…。



「いやいや、決して悪い意味でママは笑ったのではないぞ?アルフォンス。魔法はイメージが大事だ。己が格好いいと思った現象を魔法にするのは大事だ。竜や鳥や馬何かを形どった魔法も多いしな。」


大きな口で肉を頬張りながら、パパンがフォローを入れてくれる。


あー、そう言えばナビィに聞いた既存魔法でも炎の竜が敵に突っ込むなんて魔法もあったな。



「くっくっくっ。許せアルフォンス。悪気はなかった。齢5歳にして私達と渡り合える天才児の新魔法開発の切っ掛けが、格好いいからとはな!年相応で可愛いじゃあないか!くくくっ。」


まだちょっとツボに入ってるのか、笑いながらも珍しくママンが謝罪する。


あれ?今褒められた?

チラリとパパンを見ると、パパンはニヤっと笑って頭を撫でてくれた。



「このまま順当に育てば、吾輩達を超える世界有数の魔法戦士になるだろうな。精進せよ、アルフォンス。お前は吾輩達の自慢だ。」




あー、くそ。突然こんな風に褒めるなんてズルい。歳をとると駄目だな。泣きそうだ……。



切っ掛けはいつだって単純なのだろう。



何でもないある晴れた日。


家族3人でピクニックに行って、皆で笑って、最近頑張っていると褒められた。



言葉にすれば別にドラマチックでもないし、特別でもない単なる日常の一コマだ。


でも、きっと俺は今日の事は忘れることはないだろう。


この世界に生まれて5年。


今この時、間違いなくこの2人は俺の両親で、自分は2人の息子、アルフォンス・アーネストなのだと自覚したのだ。




「どうした?アルフォンス。惚けた顔をして。」


「な、なんでもない!そうだ!ねぇママ!そろそろ剣を教えてよ!やっぱり剣を覚えたいんだ!」



潤んだ目を誤魔化しながら強引に話を変える。

流石に今の一言に感動していたなんて知られるのはちょっと恥ずかしい。



「くっくっ。やっぱり剣は格好いいものな。

……あー、分かった分かった。もう弄らない。ちゃんと帰ったら剣を教えてやるから許せ。」


俺の不機嫌な目を見てママンは苦笑しながら折れてくれる。



「ほぉ!王国最強剣士、『氷嵐剣舞』に剣を教えて貰えるとは!アルフォンス!これは王ですら叶わなかった事だぞ!」


わっはははと笑って俺の頭をワシワシと撫でるパパン。

嬉しいけど、結構痛い。



「――って言うかママ、王様が教えてくれって言ったのに断ったの?」


「うむ。吾輩達は四大騎士と呼ばれていてそれなりに自由な発言を許されているが、あの時ばかりは不敬罪で殺されるかと本気で思ったわ。わははははは!」


「ふん。教えを乞う側にも最低限の力量は必要だろう!」



あはははと笑い合い、家族の団欒は続く。



――そう。この時までは……

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