とある子爵家の話し合い

「随分と楽しそうな声が聞こえたぞ?アンナ。」



質実剛健な飾り気のない書斎で、今日は珍しく私服姿でソファでくつろぐアレックス・アーネスト子爵が笑う。



「あぁ。赤子だと舐めてかかったのは事実だが、あそこまで綺麗に嵌められたのは久しぶりだ。」


彼女は無造作にドカりとアレックスの真横に雑に座り身体を預ける。


職務上では彼女がアレックスの上官になるのだが、プライベートではいつまでも仲のいい2人である。



「まさか20分以上も誰もいない庭を1人で探す羽目になるとはな……。」


してやられたとアンナは口では言うが、その目と口元は実に楽しそうだ。



「それは凄いな……。『氷嵐剣舞』をそんな長時間騙すとは、『炎爪爆牙』が聞いたら嫉妬が凄そうだ。」


思っていた以上の息子のやらかしに思わず冷や汗をかくアレックス。


『氷嵐剣舞』とはアンナ・アーネストの2つ名である。


エルネスト王国軍創設以来の文化で、一騎当千と認められた兵士はその役職に関係なく王より直々に2つ名が贈られる。


そして現在の王国軍では2つ名を持つ者はたった4人しかいない。


それこそがエルネスト王国軍が誇る四大騎士。


その筆頭こそが王国軍最強剣士、『氷嵐剣舞』アンナ・アーネスト中将その人である。



「ふん。『炎爪爆牙』の殲滅力は認めるが、所詮アイツは猪武者だ。仮に今アルフォンスと戦ってもいいようにあしらわれるだろうな。」


「なんと……。あの子の力はそこまでのものなのか……?」



我が子の実力の高さもさることながら、何よりもアレックスはアンナがここまで誰かを手放しで褒めるのが信じられなかった。


公私共に長い付き合いの彼をして初めてみる珍事だ。



「魔法と武器ありのかくれんぼを10回ほどしたが、私から常に20分以上逃げ切った。潜伏、煙幕に最後の方なんて遠距離魔法攻撃や地雷式攻撃魔法まで交えて来たんだぞ?」


付近の空間ごと結界に閉じ込められた時は骨が折れたとアンナが苦笑する。


「流石は王国最高の魔法使い『粉砕万魔』の愛息子だな?」


「吾輩、確かに魔力操作の真似事は手解きしたが、そこまで仕込んだ覚えはないのだが……。」


四大騎士の一翼、『粉砕万魔』アレックス・アーネストが苦笑する。


「……間違いなく先天的に何かしらのスキルを持っているな。恐らく知識系か超感覚系か?

少なくとも直接的な武力に直結したスキルではないのは確かだろう……。」


ふむと顎髭を触りながらアレックスが呟く。


「もしくは私と同じく感覚系かもな。1を聞いて10どころか100も1000も知るレベルだが。」


アンナは面倒くさそうな顔をして机に置かれていた紅茶を飲む。


「またぞろ政治屋共が難癖をつけてきそうだ。我々アーネスト家、そして軍部は暴力装置。政治には関わる気はないのだがな……。」


「それに教会もアルフォンスのことを知れば声はかけてくるだろう。スキルは教会の管轄だ。」


スキルとは神からの祝福。

人族に与えられた神の力だ。故にその管理の一切を教会が取り仕切っている。


「ふん。あいつらはスキルを絶対視している節があるのが気に食わん。所詮スキルなんぞ、あれば多少便利な力に過ぎん。」



王国最強夫婦と言われる2人だが、保有するスキルは決して戦いに特化したものではない。


彼等は鍛えられた肉体と積み上げられた戦果の前にスキルなぞ不要と断言する。


レベルを上げて物理で殴るを地で行く脳筋夫婦だ。



「確かに……。しかし、そうなると吾輩達があの子にしてやれる事は1つしかないな。」


「あぁそうだとも。我々のやる事は変わらん。

いつの時代も我々アーネストは絶対的な暴力装置。鍛え抜かれた武力は全てを解決する。」


ニヤリと好戦的に口元を歪めるアンナ。


「……そうだな。あの子に才能があろうとなかろうと、子を鍛えるのは親の責任だろう。」


これもアーネストの宿命かと、アレックスは嘆息する。


「そう嘆くな、アレックス。別に今すぐ訓練を施す訳ではない。アルフォンスはまだ0歳だ。

流石にアーネストとてそのくらいの分別はある。」


「…………ならば良いのだが……。」



実はアレックス・アーネストは入婿だ。


彼とて歴戦の猛者ではあるが、生粋のアーネストであるアンナとは脳筋の度合いが少し違う。



こうしてアルフォンス・アーネストは齢0歳にして戦士として鍛えられる事が決定する。


それは即ち、内外の敵から身を守らせようとする親の愛情故になのだが、その苛烈な訓練の結果がどうなるかはまだ誰にも分からない。


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