母の来襲

いきみ過ぎ 身から出たのは 実なるかな



アルフォンス・アーネスト心の一句。




……うん。マジで泣けてきたって言うか本当に泣いたわ。


精神年齢40過ぎてオムツプレイとか恥ずかしくてマジで泣いたわ。


いや、別にオムツプレイを否定する気はないよ?

ストレス発散の方法は人それぞれだ。


だが、残念ながら俺にはそんな性癖はないし、プレイ相手のパパンは厳つすぎる。


もしかしたら世の赤子達も漏らした時、恥ずかしくて泣いてる可能性が微レ存。



――さて、あれから1ヶ月程過ぎた。



ナビィのフォローもあって俺は魔力の循環にも慣れ、齢0歳ながらスタスタと屋敷の中を歩けるようになった。


別に目立つ様な事もしたくなかったのだが、これはおもらし事件が原因なのでしょうがない。


自分でトイレに行こうとするなら最低限歩いたり出来ると周りに知らしめる必要があったのだ。


やはり男子たるもの自分のお尻は自分で拭かねばならない。




「アルフォンス様。ミルクの時間ですよー。」



今日もメイドのマーサが豪奢なトレイに乗せた哺乳瓶を持って来てくれる。中身は幼児用に成分調整されたミルクだ。


流石は子爵家様。


当然のごとく屋敷には使用人がいて甲斐甲斐しくお世話をしてくれる。


いわゆるメイドさんや執事さんだ。


基本的に赤ん坊の俺は部屋から出させて貰えないのだが、何人もの使用人がいることは把握している。



それに加え、流石はなんちゃってファンタジー世界!


ナビィ曰く、上下水道も完備されているし風呂もある。掃除機も洗濯機も食洗機だって完備されているらしい。


当然、赤ん坊用の粉ミルクっぽい何かだってあるし紙オムツだってある。


俺はオムツ使ってないけどな!



時代背景も中世と言うより近代だしな。

エリザベス女王とかその辺?


なんと言うか、日本人が想像する都合の良いファンタジー世界だ。


現代知識チートは出来ないが、そりゃあ生活は便利な方が良いに決まっている。ビバ魔力エネルギー!



『NO、Master!ビバはイタリア語でエネルギーは英語です。言語は正しくお使いください。』



ナビィが突っ込んでくる。

いちいち脳内の独り言に突っ込むなよ。



「さぁどうぞ。」


人肌に温められたミルクをマーサが手渡ししてくれる。


ちなみにマーサは俺専属のメイドだ。


見た目は二十後半くらい。

切れ長の瞳がカッコ良い黒髪の美女だ。



……そう。美女なんだけどなあ。

見た目は完璧なヴィクトリアンスタイルの美人メイドなんだけどなぁ。



ぐびぐびと薄いミルクを飲んでケフッとゲップをする。



「素晴らしい!!さすがはアーネスト家の次期当主!見事なゲップです!お家は安泰ですね!!」


俺の口からゲップが出た瞬間に割れんばかりの拍手をするマーサ。


あまりのハンドスピードで手のひらが見えないレベルだ。


そしてその目はマジだ。

本気で俺を褒めているのが伝わる。



……そう。彼女は万事がこの調子である。

俺が歩けば賞賛し、トイレをすれば褒め称え、

1人で風呂に入れば落涙するのだ。


アーネスト家に対する絶対の忠誠心みたいなものが見え隠れして何だか怖い。


ゲップでお家が安泰するなら誰も苦労しないだろうに……。



『BAD、Master。自立行動可能な乳児と言う気持ち悪い存在を受け入れて貰ってるだけ僥倖なのでは?』


気持ち悪いとか言うなよ……。

いや、まぁそうなんだけどさ……。



「さぁアルフォンス様!おかわりをどうぞ。」


満面の笑みで新たな哺乳瓶を差し出してくる。ホント見た目だけなら美人なんだけどなぁ。


どうも結婚しているらしいが、旦那さんはどんな人なのだろうか……?




パパンたるアレックス・アーネスト子爵は普段は忙しく、ほとんど屋敷にはいない。


それでも仕事の合間を縫って週に何回か顔を見に来てくれており、その度に一緒に魔力循環の訓練をしてくれる。


何でも魔力は筋肉と同じで使えば使うほど総量が増えて行くのだそうだ。


今の俺は歩く度に魔力循環を使っているから必然的に魔力総量はどんどん増えているらしい。



『Of course!魔力トレーニングは幼い頃から行う方が効果が高いのは常識です。

ただし、あまり過度に行うと魔力暴走を引き起こすので、今くらいの練習量が良いかと。』


え、やり過ぎると魔力暴走するの?

初耳なんだけど!?


お前そういう事は早く言えよ!



不親切な相棒に文句を言っていると不意に部屋の外が騒がしくなった。




「……………!……………!?……………!」


「…………。………………!」


「……奥様!」



声が近ずいて来ている?

ん?奥様…?

まさか―――!?



バン!と大きな音を立てて俺の部屋の扉が開かれる。


そこには黄金色の長い髪を振り乱し、真っ黒い軍服に身を包んだ恐ろしいまでに美しい女傑が仁王立ちしていた。



「久しいな!息子よ!!母が帰ったぞ!」



あ、アンナ・アーネスト!?


ドカドカと軍靴の音を立てて俺の母を名乗る女傑が部屋に入って来る。


着ている服は銀糸で縁取られた真っ黒な軍服。


パパンであるアレックス・アーネストが着ていたのと同じ昔のドイツ軍将校とかが着てそうなやつだ。





「ほぉ?演習に出掛ける前は首すら座っていなかったはずだが、ふてぶてしく哺乳瓶を咥えているな。」



猫を持つようにヒョイと摘みあげられる。

あの?ママン?赤子の抱き方って知ってます?



「お、奥様!?アルフォンス様はまだ首も座ってないのでその様な抱き上げ方は……!」


「そいつは奇妙だな?マーサ。

アルフォンスは首が座るどころか、しっかりと体幹を制御しているように見えるぞ?」



不振なものを見るように摘み上げた俺をジッて睨みつけるママン。


こ、怖ぇ……!

めちゃくちゃ美人に近距離で睨まれるのってこんなに怖いのかよ!何か物理的な圧すら感じる……。



まるで黄金を溶かした様な少し癖のついた長い金髪と鷹のような金の瞳。


1ヶ月の遠征で伸びたのであろう、長い前髪が左目を隠している。


胸元や襟元に飾られている勲章の数はパパンより多い。


もしかしてママンの方が偉いのか?



『YES。マスターの母君であるアンナ・アーネストはエルネスト王国軍最強の剣士であり、王国軍始まって以来、最年少で中将になった英傑です。』


いやいやいや、ゲームじゃあ俺なんて単なるやられ役なんだろ!?


母親は軍の最年少中将で父親は特務大佐!?

設定盛り過ぎじゃね!?



『マスターの死が切っ掛けで国が動く訳ですからね。無理なくストーリーを進めるには必要な設定だったのでは?』


クソゲーめっ!!


くそっ。パパンは見た目こそ厳ついが優しい人なのに、ママンに関しては見た目は美人だけど雰囲気が剣呑過ぎるっ!


なんと言うか常に殺気を身にまとっているような感じがする……!



「ふぅん?産んですぐに演習に出たから初めてマジマジと顔を見たな。金髪金目は私似だな。目元と体格はアレックスに似たか?他の赤ん坊は知らんが、体格は大きい様に思うな。」



「そ、そうですね。アルフォンス坊ちゃんは体重は5kgを超えておりますし、立派な体格になられるかと思います。」



ゲームじゃあ立派な白豚になってたけどね。



「これは、魔力か?なるほどな。足りない筋力を魔力で補っているのか。この歳で肉体強化魔法を使いこなすか……。」



や、やべぇ。ただの赤ちゃんじゃないのがバレる……!?



「―――流石は私とアレックスの息子だな!!かなりの天才と見える!!」



あ、これ大丈夫なやつだわ。

完全にこの人パパンと同類の脳筋だわ。


薄々感じていたんだが、アーネスト家ってやっぱり脳筋一族なのか?


軍部を司ってるってそういう事?




「アルフォンス。私の言う言葉は分かるな?分かるなら右手を上げろ。」



ギロリと睨みつけるママンの顔が更に近づく。

いわゆるガンを垂れるってやつだ。


あまりの迫力に負けてそっと右手を挙げてしまった俺を誰も責められないだろう。



「くっくっくっ。良いぞ!魔力だけではなく言葉も理解しているな。お前実は話せるだろう?さぁ話せ。」


「なっ!?奥様、それはあまりにも――!」



あまりにもなママンの無茶ぶりにマーサが声を上げる。


そうだ!もっと言ってやってくれ!

アイム赤んボーイ!!



「ふん。この歳で歩く方が無茶だ。全身の筋肉を魔力で無理矢理動かすのと、声帯を魔力で動かすのとどちらが無茶だ?言葉は理解しているんだ。話が出来てもおかしくないだろう。」


「…確かに!?」



…いや、どっちも無茶だよ。ママン。

って言うかマーサも何が確かに!だよ。

さてはアンタも脳筋か?



「話せるんだろう?なぁ、アルフォンスぅ?」



「……………ち、ちょっと…だけ」



なぁ。これって俺が悪いのか?


『I'm sorry to say。マスターはチキンです。』

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