第4話

 休憩を終え、再び私達は街に向かっていた。でも周りは見晴らしの良い草原だったし、騎士の人が言ってた通り全く危ないことは無くて。途中で何度かモンスターを見たりはしたけど、曰く草食性のモンスターで危険は特にないとの事だった。

 騎士の人たちと話して少しだけ前向きに考えることにした私は、道中でこちらの世界の事を尋ねたりしていた。その中で、私は特に興味を引かれる話があった。


「………私以外に、異世界からの来訪者が?」

「あぁ。実際に会ったことは無いがな。そういう奴がいると言う話は何度か聞いた事がある」

「えっと………何をされてるとかは………」

「俺の知ってる限りだと………異世界の知識だったか?その貴重性を買われて王家に仕えることになった奴はいるらしい」

「そうなんですね………この国ではないんですか?」

「違うな。そういう噂は商人や冒険者から広まるんだが、この国の王家が来訪者を召し抱えたんなら、俺達のとこに正確な情報が回ってこない訳が無い。俺達の街は、この王国にとって重要な拠点でもあるからな」

「そうですか………会うのは難しそうです」


 少しだけ残念だった。この世界に適応して生きる術を見つけた先人がいるのなら、一度話を聞いてみたかった。ライルさんはその国が何処かは知らないみたいだし、そもそも会わせて貰えるとは思えなかった。この国にいるのなら、もしかしたら口利きを頼める可能性もあったけど。


「どうだろうな?案外、同じ来訪者と言うことで一緒に雇ってもらえるかもしれないぞ?」

「私はそんなに出来る事が無いですから………」

「あんな魔法を使えて何も出来ないってことは無いだろ。寧ろうちの騎士団で働くのはどうだ?」

「え、い、いえ………その………」

「なに、冗談さ」


 冗談とは言う物の、私が望めば拒みはしないのだろう。道中で聞いた話だと、この世界じゃ戦士は常に求められているらしい。モンスターみたいな危険な生物がいるから、その脅威に生活が脅かされるのは珍しい事ではなく、人が死ぬことなんて珍しくないと。

 元いた世界だって、モンスターなんて居なくても毎日誰かの命が失われていたんだから、こんな世界じゃ当然なのかもしれないと、私を襲ったリザードマンを思い出しながら考えていた。


「とは言え、異世界が出身だと言うことは知られない方が良いと思うがな」

「………やっぱり、気味悪がられますか?」

「それもあるだろうが………異世界から来た奴は強大な力を持っていることがあると言う。噂ではあるが、捕えられて解剖されることがあると聞いた」

「………」


 その話を聞いた私は顔を青ざめる。自分がそうなった時の事を考えてしまったこともあるが、今更になって、ライルさん達が本当は私を騙している可能性を考えたのだ。街に行けばライルさん達には仲間がいるのだから。

 解剖なんて絶対に嫌だけど………今度は、目の前で燃え尽きたリザードマンが、今度は人になっているかもしれない。


「………悪い。不安にさせてしまったな」

「い、いえ………!その………ごめんなさい」

「気にしないでくれ。今後生きていくなら、その疑いの目は大事になる」


 ライルさんは真剣な声で言う。でも、恩を受けた人まで疑うのは辛い。この人たちはきっと私を裏切らないと。そう信じたくて、私は彼らに付いていくのをやめなかった。

 周りを信じることなんて出来なかった、あの場所とは違うんだって思いたかったから。どの道、行く当てもないし。ルナは私の考えを知っているはずだけど、何も言わずに肩から私の顔を見ていた。

 それから暫く彼らと共に歩いていると、日が傾き始めた頃に遠目で見えていた街が近くなってきていた。それは私が思っていたよりもずっと大きく、街を囲む外壁を見上げてぽかんとしてしまった。


「立派なもんだろ。ここは王都と多くの街を繋ぐ中継点として重要な街でな。色んな人や物流が集うから、相応に発展も進んでいるんだよ」


 少し誇らしげにこの街の事を教えてくれるライルさん。今の仕事と、彼が守っているこの街に誇りを持っているんだなぁ………と思いながら、これだけ立派な街を見れば納得もしていた。


「さて。俺達は仕事があるから、街に入ったらお別れだな。宿は必要だろうが、金はあるか?うちの兵舎で良ければ寝床を貸してもいいが………」

「あ………大丈夫です」

「ふむ………ならば、君の幸運を願う。それと、余裕があるなら服も買った方が良い。その見た目じゃ目立つからな」

「はい。皆さん、色々とありがとうございました」

「礼を言うのはこちらもさ。さぁ、街に入ろう」


 ライルさんがそう言って門の方に歩いていく。私と騎士の人たちもそれに続き、それに気付いた門番がライルさんを見て驚くような声を上げた。


「ライルさん!?帰還は明日の予定では………」

「そうだったんだが………俺達が向かった頃に、この子が集落ごとリザードマン共を殲滅していてな。早々に帰還できた」

「こ、この少女が………?何かの間違いでは………」

「いや、それはないだろう。周りには他に誰もいなかったし、この子には常人を遥かに上回る魔力があるからな」

「………ぇ?」


 何やら、私の気付かないところで新たな事実に小さく声を漏らしてしまった………いや、そんなわけがないと思う。私は普通の人間だし、魔力なんてあるはずが無かった。多分、これはルナの仕業だと言う確信があって、肩にいる彼女を見たけれど、ルナは後で説明すると言わんばかりにこちらに一瞬だけ目線を向けた後に、門番さんと話しているライルさんの方へ目線を戻してしまった。

 願いを叶えると言うのがルナの魔法なのかは分からないけど、ライルさんの言う魔力はルナの魔力だ。


「そうですか………このことは領主様にも?」

「取り敢えずはな。あの方に不必要な悩み事を持ち込む理由もないだろう」

「了解です………それでは、ライルさん達の帰還をお祝い致します。皆さんご無事で、とても嬉しく思います」


 ライルさんはその言葉に頷くと、街に入っていく。それに騎士の人たちも続き、私もその後ろをおずおずと付いていく。入って良いんだよね………?と不安になりつつ門番さんの横を通る。


「アリスさん」

「は、はい!?」


 唐突に門番さんに声を掛けられ、思わず上ずった声で返事をしてしまう。まさか、入ってはいけなかったのかな。と思いながら門番さんの方を向くと、あちらも少し驚いたような顔をしていた。


「すみません。驚かせるつもりは無かったんですが………」

「い、いえ………ごめんなさい。それで、何か………?」

「はい、あなたにお礼を言いたくて。あなたのおかげで、誰一人として犠牲にならずに帰って来たのはとても喜ばしい事です。既にライルさんからも言われているかもしれませんが、この街に残っていた者を代表して、リザードマン達を倒してくれた事に感謝します。」

「………えっと、どうい、たしまして………」


 そんなことない、と言うのも間違いな気がして返事が思いつかなかった結果、それだけを返すのが精いっぱいだった。自分のコミュ障ぶりが恨めしい。

 そんな私の返事でも満足したのか、門番さんは頷いて笑顔を浮かべてくれた。


「伝えたいことはそれだけです。あなたの来訪を歓迎します。私達の街、エルリンへようこそ」


 門番の言葉に小さく頭を下げ、私は門を通った。そこには本で見たことがあるような石の広場と道が続き、石レンガで出来た家が並んでいる。小さな商店や、行きかう人々を見て私は少しだけ立ち止まってその景色を見ていた。

 その時、広場で私を待っていたライルさんが声を掛けてくる。


「アリス」

「あ、はい!なんでしょうか?」

「宿はこっちの道を通った先にある。一際大きい建物だから、すぐに分かるはずだ」

「分かりました。ありがとうございます」

「いや、気にするな。もし困ったことがあったら相談しに来ると良い。時間があれば手を貸そう」

「………本当に、ありがとうございます」


 ライルさんの言葉に、私は頭を下げてもう一度お礼を言う。すると、ライルさんは首を振って答える。


「頭を下げる必要はない。お前には世話になったからな。それくらいの恩は返させてくれ。それじゃあ、俺達は仕事があるからこれで。元気でな」

「はい、ライルさん達もお元気で」


 ライルさん達は笑顔を浮かべ、先ほど指差した方とは違う道に進んでいった。向こうに兵舎があるみたいだ。宿は向こうだったよね。


「仕事はどうするのかしら?」

「………ど、どうしよう?」

「あなたが自分で言ったのよ?もうお金は作らないって」

「わ、分かってるよ………」


 確かにお金をあんな方法で作るのは良くないし、今後もするつもりはない。けれど、ここでの仕事がどんな物なのかも知らないのは事実で。私に出来るようなことがあるのかなんて分からなかった。この世界の技術レベルがどの程度なのかは分からないけれど、パソコンとかがあるとは到底思えないし………料理なら出来る………けど。


「………厨房とか、食材もない………よね」

「そうね………あなたが願うのなら出してあげれない事もないけれど」

「そ、そういう使い方は駄目なの………!私がそんなお願いしたら、きっと誰かが困っちゃうし………」


 食材はさっき見たように突然現れると考えても。土地はどうしても生まれてこないし、突然飲食店何て建てたら必ず誰かが困ってしまうはずだった。


「じゃあどういう使い方なら良いのかしら?折角なんでも願いが叶うんだから、もっと欲張ったっていいのよ?だって………」


 ルナはそう言いながら私の耳に口を寄せて囁く。


「今までずっと我慢してきたんだもの。ちょっと他人に迷惑をかけるくらい、許されると思わない?」

「………違うよ」

「あら、何が違うの?」

「………そんなことしたら、あの人たちと一緒だもん………」

「………」


 確かに私を虐めていた人たちにはずっと我慢してきたこともあったし、親や先生には私に口下手な所があっても、勇気を出して切り出した時はちゃんと話を聞いてほしいと思った事はあった。

 けれど、だから私は他人を不幸にしていいという免罪符にはならないと思う。私は、そんなことをされた人の気持ちが痛いほどに想像できてしまうから。


「そう………貴女は損をするタイプの人ね」

「………それでもいい」


 痛いのは怖いし、酷いこともされたくない。けれど、私も誰かを傷つけたりしたくない。だから、私自身が頑張らなければ結局この世界では生きていけないんだけど………


「明日から、お仕事探しかぁ………」



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