第3話

「………」

「………」


 騎士の人たちに案内されながら一緒に街に向かっている間、その間に会話は無かった。というよりも、騎士の皆さんが私に遠慮して声を掛けれないようだった。そんなに酷い雰囲気を纏っていただろうか。

 そうでもなくても、私ならあんな炎の海を作り出した人間に話しかけようなんて思わないかな。


「そう卑屈にならないの。そんな風に思っているから、話しかけづらい雰囲気を出してるのよ?」

「で、でも………」

「その………もしかして、君はその黒猫と話せるのかい?」


 近くを歩いていた一人の騎士が私に尋ねてくる。そういえば、ルナの言葉は他の人たちに聞こえないんだった。けれど、ここは正直に言っておけば今後困ることは無いかも。


「………そうです」

「ほぉ………やっぱり、魔法使いの使い魔は黒猫なのか………」

「………そもそも使い魔なんて、実際に使役してる奴は初めて見た気がするぞ?」

「いやいや、あの空に見えた火球だぞ?使い魔くらいいてもおかしくないだろ」


 私の返答に、騎士達は勝手に盛り上がり始める。私には何のことかさっぱりだったけれど。そもそも魔法使いだと言う事になっているけれど、魔法の使い方なんて当たり前だけど分からないし、どんな魔法が使えるかって聞かれちゃったらどうしよう。

 そんなことを考えながらも、私達は森を歩いていた。途中で何度かへばって休憩を挟みたくなったけれど、また変な生き物に襲われたらと思うとそんなことを言い出せず、黙々と森を進んで数時間。私達はようやく森を抜けた。


「わぁ………」


 森を抜けた先は広大な草原が広がっていて。頬を撫でる風と、それに揺れる草木。どこまでも広がる地平線の先に、薄っすらと大きな街が見える。

 写真でも見た事が無い光景に、私は暫くの間目を奪われていた。


「ふぅ………やっと森を抜けたな」

「ここからは安全ですね。美羽さんは大丈夫ですか?」

「あ………はい。大丈夫です」


 暫く広がる光景に目を奪われていたけれど、声を掛けられたことで数秒遅れて返事を返す。そんな私の様子を見て、話をあんまり聞いていなかったのだと察した様子で男性は笑みを浮かべた。


「隊長とも話しましたが、ここからは安全です。森の中よりも少し気軽に進んでも良いので、休憩も取りやすいでしょう」

「本当ですか………?良かった………」


 安全。その言葉にこれ以上安心したことは今まで一度も無かったはずだ。もう気を張ったりする必要が無いと思ってしまったら、自然と身体から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「ミウさん!?大丈夫ですか!?」

「ご、ごめんなさい、大丈夫です………ただ、安心したらちょっと………」


 そんな言葉を返す私の頬を冷たい何かが伝う。手に落ちたそれを見下ろすと、小さな水たまり。森の中では緊張していて気付かなったけれど、私は想像以上に我慢していたらしい。

 初めの事だらけだったし、寧ろどちらかと言えば泣き虫な私が今までよく泣かなかったと自分でも思う。それほどまでに余裕が無かったんだろうなぁ、とまるで他人事のように思いながらも、流れ落ちる涙は止まらなかった。


「………少し休憩にしよう」


 ライルさんの言葉に、騎士の皆さんが散らばっていく。数人はその場で座って武器の手入れをし始めたり、兜を脱いで水を飲み始めたり。そして数人は周囲の警戒をするように周りを見渡す。何も言わずにこうして連携を取っているのを見ると、このようなことは慣れているみたいだった。

 ルナは私の肩から降りて、泣いている私の隣に座る。慰めるか、情けないと呆れるか。今までのルナならそのどちらもあり得ると思っていたけれど、彼女は何も言わずに私の隣に座っていた。

 暫く蹲って泣いていたけど、それもやがて落ち着き始める。

その時、先ほど私に声を掛けて来た若い男性が私に何かを差し出す。革で作られた袋のような物だった。


「水筒です。何も持っていなさそうですし、喉も乾いたでしょう?」

「あ、ありがとうございます………」


 男性に差し出されたそれを無意識に受け取ったけど、私はトカゲ人間に襲われる前に水を飲んでいた事を思い出した。とは言え、受け取った後でそれを言い出すのも気まずかったため、黙ってそれを飲むことにした。あれから数時間経っていたし、喉が渇いていたのは事実だった。


「………その、ごめんなさい」

「?………何がでしょうか?」

「私が泣いてしまったから………気を遣わせてしまったみたいなので………」

「あぁ、いえいえ。そんなことはないですよ。元々、どこかで休憩は挟む予定でしたから」


 男性は私の隣に腰を下ろしながら、「それに」と言葉を続けた。


「本来なら帰還は明日以降の予定になっていたのが、あなたのおかげで今日中に帰ることが出来るのですから」

「そう、ですか………」


 恐らく、この人は悪意など無く純粋に感謝しているのだろう。そして、私の『願い』を称賛してくれていることも理解はしていたけれど、私は全く喜べなかった。殺す必要はあったのだろうか。あそこまでしなくても良かったんじゃないか。

 私の『曖昧な願い』があんな地獄を作り出したという事実が、未だにどうしようもなく恐ろしかった。


「ふむ………ミウさんの戦闘経験は?」

「………そんなのはない、です」

「やっぱりですか………では、今は自分の力に恐怖している所ですね?」

「な、何でわかるんですか?」


 言葉こそ問いかけるようであるものの、まるで知っていたかのように確信を持って告げられた言葉に私は目を見開く。


「珍しくないんですよ。あなたのような人は」

「………え?」

「膨大な魔力を持つ人間は、ふとしたきっかけに暴走してしまう事が多々あるんです。それで悲惨な事故が起こることも珍しくありません。そういった人たちは口々に自分の力が恐ろしいと言いました。聞いた話では、その事故で家族や仲間を失った例もあるようですから、仕方ないのでしょう」


彼から語られる残酷な話。ふとしたきっかけって言うのは、色々あるのだろうけれど。多分、私と同じような人だっていたのかもしれない。あの時、私の近くに人がいたら………そう考えただけで、私は身体から血の気が引いていくのが分かった。


「そのような事があると、自分の魔力に蓋をして二度と魔法を使わない道を選ぶ事もあるそうです………私の知り合いにも、そんな人がいました」

「………その人はどうなったんですか」

「魔法使いとして旅に出ましたよ」

「え?」


 あっけらかんと返って来た言葉に、私は一瞬だけ理解が出来ていなかった。理解した後も、聞き間違いではないかと疑った。今の話の流れで、その結果に辿り着くのはおかしいと思うのは私だけじゃないはずだ。


「不思議ですか?」

「………はい。だって、私だったら最初からそんな力無かった方が、って」

「彼も最初はそう言っていました。けれど、ちょっとした事件がありましてね。それに関わった彼は、自分の力は正しく使えば人を救うことができると気付いたんです。それに気付いた彼は、魔法の腕を磨く修行に出ると言って街を出ました。私が騎士団に入る前の話ですが」


 懐かしむように語る男性は、どこか遠くを見つめていた。私は何も言えず、その横顔を見ていた。すると、男性はこちらに再び向いて話を続けた。


「あなたが倒したリザードマン達ですが、私達も手を焼いていたんです。凶暴なモンスターですし、被害も拡大していて………想像以上に規模が大きく、今回の戦いでは多くの犠牲が予想されていたんです。その事を思えば、あなたは私達の恩人だと言っても過言ではありません」

「そんな、私はたまたま………」

「偶然であるかどうかは、私達にとって重要ではありません。しかし、ただ目を背けて否定するだけでは、これからも何かに怯え続けていくだけ………旅立つ前、彼はそう言っていました」

「………」

「助言となるかは分かりませんが………これ以上あなた自身が苦しまないためにも、自分の中で答えを見つけられるように願っています」


 彼はそういって立ち上がると、見張りをしている騎士の方へと向かった。交代の時間なんだと思う。私はその背中を見送った後、少し俯いてあの時の事を思い出す。

 私が安易な『願い』を望んだせいで、あんなことになった。それを恐ろしいと思い続けていたけれど、私はあれを知ろうとは思わなかった。あれを役立てる事が出来るなんて、一切考えもしなかった。けれど、もしかしたら。


「………そう。あなたはそう考えるのね」

「え?何か言った?」

「いいえ。何も言ってないわ」


 ルナが何か言ったような気がして聞き返したけど、彼女は首を振る。そして私の肩に再び跳び乗った。


「この力をどう使うも貴女の自由。願うまま、思うが儘にすると良いの。私のお姫様アリス


 またあの時と同じような言葉を優しく語り掛けるルナ。今までは恐ろしさすら感じたその声色に、今は違う感情を抱いた。気付いたと言うべきなのかな。最初から、ルナの言葉の意味は変わっていなかったんだから。


「………そっか」


 正直に言えば、怖くなったわけじゃない。けれど、知らないままはもっと怖い。言われるままに『願う』んじゃなくて、私の『願い』をはっきりと。

 私が手に持っている体積が減った水筒が再び膨らんでいく。うん、ちゃんと出来る………はず。


「ふふ、良い顔になったじゃない。アリス」

「………そのアリスってやめてよ」

「いいえ、やめないわ。これからは貴女自身がそう名乗るのだから」


 唐突にルナが変な事を言うから、飲んでいた水を吐き出しかけてしまった。少し咽ながらルナを睨んで、落ち着いた所で改めて尋ねる。


「………どういうこと?」

「覚えてる?貴女の名前を聞いた時の彼らの顔」

「うん………覚えてるけど」


 あの時、私が名前を告げた時。彼らは一瞬だけ驚いたような顔を浮かべ、その直後に何か察したような………まるで同情するかのような顔をしたのがとても印象深かった。


「ここは地球じゃないの。貴女の恰好だけでも目立つのに………その名前じゃ、こちらの人間じゃないと言っているようなものよ」

「っ………ば、バレたらまずい………よね?」


 自分に置き換えて考えてみれば、異世界から来ました。なんて人がいたらちょっと怖い。自称しているとかじゃなくて、本当に来た人だったらの話。自称しているだけの人も、それはそれで怖いけど。

 自分達の世界の法律や常識が全く通じない相手。そんな危険人物、野放しにしておいてほしくない。


「もう遅いでしょう。気付いてたわよ。多分」

「えっ、ど、どうしよう………!?」

「ふふ。どうしたい?」

「っ………」


 ルナが呟いた言葉に、一瞬だけ息を呑む。でも………


「………ううん。どうもしないよ」

「そう………まぁ、彼らも同じように考えてるみたいだし」

「同じ?」


 そういえば、彼らは私に何もしてこない。危険だから手を出したくないと思っているにしても、街に案内するなんて絶対にしたくないはずだ。


「でも、全員が全員そうとは限らないわ。貴女を危険視して命を狙う人………異物だと排斥したがる人。そんな人と関わりたくないからここに来たんでしょう?変なトラブルの原因を作る理由は無いの。だから私が新しい名前をあげる」

「それが、アリス?」

「そう。ぴったりの名前でしょう?お姫様」

「………取り敢えずぴったりかは置いておくけど………アリス、でいいんだよね?」

「えぇ、そう。良いわね?」


 確認するように尋ねてくるルナに、私は頷く。私はアリス。ちょっと気恥ずかしいけれど、私自身を守る名前。

 岸波美羽が生きるため、ルナから貰った名前。この名前も、大事にしなきゃいけない。


「話は終わったか。アリス」

「は、はい………っ!?あ、も、もしかして聞いてました………?」


 隊長のライルさんから掛けられた言葉に、私はハッとする。もし彼らが私を異世界の人だと気付いていなかった可能性があったら、今ので完全にバレたようなものだから。けれど、ライルさんは困ったように笑みを浮かべた。


「すまない。盗み聞きをする気は無かったのだが、ここには音を遮断する物など無いからな」

「………」


 そうだよね。ここには沢山の人がいるんだもん。こそこそと話していたわけでもないし、聞こえているに決まってる。それに、彼らが私に意識を向けるのは当然の事だったんだから。

 周囲の休んでいる騎士達も、私達を見ながら苦笑していた。全員に聞かれていたのだと言うことを知ったと同時に、本当に彼らは私をどうかしようという気は無いのだと確信した。

 ライルさんは膝を折り、私と目線を合わせて話し始めた。


「先ほど君と話していた彼の言う通り、君は私達の恩人だ。我らは騎士であり、恩を仇で返す事など出来るはずが無い。だから、君がこの世界で生きるのであれば、少しばかり私達に手伝わせてもらえないだろうか」

「い、良いんですか?」

「あぁ、勿論だ」


 ライルさんは迷いなく頷く。それは、ここでルナ以外信用できる人がいなかった私にとって、とても心強い答えだった。


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