第18話 懐中時計の怪
「何でもいいです。とりあえず、お祓いをお願いします」
前澤さんはギュッとハンカチを握りしめる。
「分かりました」
沖さんは小さく息を吐くと、カウンターからお札を取り出した。
「狐火」
ボッと小さく音がして、懐中時計に火が灯る。
「火が!」
ビックリして立ち上がる前澤さんを、國仲さんがなだめる。
「大丈夫です。これは怪異にしか効果の無い火ですから」
「そ、そうですか」
落ち着きを取り戻す前澤さん。
そうだよね、いきなり時計が燃えたりしたらびっくりするよね。
「見て、この時計に宿った魂が正体を現すよ」
沖さんの言葉に、視線を前澤さんから懐中時計に戻す。
すると、時計から上がる真っ白な煙が、若い女の人の姿になった。
もしかしてこれが、この時計に宿った魂……付喪神なの!?
私が煙を見つめていると、急に前澤さんが引きつるような声を上げて目をひんむいた。
「――ヒッ」
何かに怯えたような前澤さんの顔。
その顔を見て、私は少し違和感を覚えた。
前澤さん……どうしたんだろう?
私は前澤さんと付喪神の顔を代わる代わる見た。何だろう、なにか違和感が……。
――あれ? もしかして。
その時、色あせた活動写真のような不思議な光景が、私の頭の中に流れ込んできた。
「例え離れ離れになっても、貴女のことは忘れません」
目の前に現れたのは、金髪に青い目。シルクハットをかぶった異人さん。
異人さんは、赤い着物を着た日本人の女の人に金の鎖がついた懐中時計を手渡す。
「これを私だと思って大切にしてください」
「待って、行かないで!」
泣きながら叫ぶ女の人に、異人さんは悲しそうな顔で首を横に振る。
「大丈夫です。悲しまないで。たとえ離れ離れになっても、私と貴方はこの鎖のように強い絆で結ばれているのです」
そう言って、去っていく異人さん。
カチコチ、カチコチ。
刻む時計の針。
行かないで……行かないで……。
女の人の声が頭の中にこだまする。
――忘れないで、私のことを!
これってまさか、あの付喪神の記憶?
だとしたら、あの女の人は――。
気づいた瞬間、私は反射的に沖さんの手を取っていた。
「待ってください」
私の思いもよらぬ行動に、沖さんが慌てる。
「ど、どうしたの、千代さん。いきなり手を握るだなんて、大胆だなあ、むふふ」
「ち、違いますっ!」
私は慌てて手を離す。
全くもう、この狐は!
「そうじゃなくて――」
私はゴホンと咳払いをすると、前澤さんに向き直った。
「前澤さん、この付喪神を――懐中時計に宿った魂を消してしまって本当に良いんですか?」
「それは――」
前澤さんは青い顔をしたままうつむく。
沖さんは懐中時計に着けた火を消した。
「どういうことだい?」
怪訝そうな顔の沖さん。
私は思い切って尋ねてみた。
「あの、もしかして……勘違いかもしれませんが、あの赤い着物の女の人って、若い頃の前澤さんじゃないですか?」
私が恐る恐る口を開くと、前澤さんは首をかしげた。
「えっ?」
あ、しまった。今の、前澤さんには見えていなかったんだ。
「あ……えっと、その」
どうしよう、何て説明すればいいんだろう。
私が慌てていると私たちのやり取りを見ていた國仲さんが首を傾げる。
「見えたって、一体何が見えたんですか?」
やっぱり、あの記憶が見えたのは私と沖さんだけだったみたい。
「すみません、急に。実は、さっきこの時計の記憶を見て――」
私は先ほど見た光景を話して聞かせた。
前澤さんはビックリしたように目を見開く。
「それは、確かに私です」
やっぱり!
「どういうことなのか、教えていただけますか?」
沖さんに問われ、前澤さんは少し戸惑った後、ゆっくりと昔のことを話してくれた。
若い頃、英国から来た紳士と恋に落ちたこと。だけど紳士は祖国に帰ることとなり、自分も親の決めた許嫁と結婚したこと。
「あの人への思いは誰にも内緒にして、この時計も引き出しの中にしまいこんでいました」
そして月日が経ち、お孫さんが就職することになり、就職祝いにこの懐中時計をあげたのだという。
だけど、この懐中時計を貰った孫は、毎日のように悪夢に悩まされることになったのだという。
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