第5話 怪異祓いの店主

「あのっ、沖さん、実は相談があるんですが」


 私は「呪われた令嬢」の話を沖さんに話して聞かせた。


 お見合いをした婚約者が立て続けに事故にあっていること、そして謎の黒い影が目撃されていること。


「――というわけで、私はお見合いを断られ続けているんです。どうか、お祓いをしてもらえないでしょうか。早く家を出て、暖かい家庭を築きたいんです」


 沖さんはうーんと顎に手を当てて考えだした。


「それならひとつ、良い考えがあるよ」


「考え?」


 私が首を傾げていると、沖さんはずいっとこちらへ顔を近づけた。


 わわわわわっ、顔が良いっ。


 琥珀のように透き通った綺麗な瞳。見つめられると、どうにかなってしまいそう……。


 動揺する私の耳元で、沖さんは低い声で囁いた。


「うちにお嫁に来ればいいんだよ」


 え……ええっ??


 沖さんの言葉に、私は飲んでいたコーヒーをブッと噴き出してしまう。


「な、な、な、な……何言ってるんですか!?」


「いやいや、君の話によると、会うのは二度目みたいだし、千代さん稲荷寿司は凄く美味しかったし」


「だからって――」


 無理無理! 確かに沖さんは素敵だけど、そんなことお父様が許すはずない。


 結婚には、家柄とか財力とか、そういうのを一番重視する人だもの。カフェーのマスターと結婚なんて許してもらえるはずがない。


「すみません、いきなり結婚なんて、私は無理です」


 私はガバリと頭を下げた。


「まあ、そうだよね。残念、残念」


 だけど沖さんは、残念がるどころか、食えない笑顔で笑うだけだった。


 びっくりした。やっぱりただの冗談なんだよね。


 沖さんみたいな大人の男の人が、本気で私と結婚したいだなんて、ありえないもの。


 私がホッとしつつも少し残念に思っていると、沖さんは食えない笑顔でクスリと笑った。


「……とまあ、それはさておき、君に取り憑いた悪いモノは祓っておかないとね」


「祓ってくれるんですか!?」


「うん。普段はお金を取るんだけど、今日は特別サービス。そこに立って」


 沖さんに指示され、私はテーブル席をどかし、広くなったお店の通路に立った。


 沖さんは、カウンターの下から何やらお札を取り出す。


「火がつくけど、熱くないから大丈夫だからね」


「は、はあ」


 火? どういうこと? お灸でもするのかしら。


 そう思っていると、沖さんは私の右肩の辺りにお札を貼り付けた。


「――狐火」


 沖さんが唱えた瞬間、お札がボッと炎を上げる。


「うひゃああっ、熱ちちちち!」


 反射的に声が出る。


「千代さん、落ち着いて。それは千代ちゃんには効かないから」


「そ、そんなこと言ったって!」


 だって、燃えてるんだよ!?


 と、取り乱した私だったけど……。


 あれ? 本当だ。全然熱くない。沖さんの言った通りだ。


 私がお札に触れようとしたその瞬間、沖さんから声がかかる。


「――動かないで」


「えっ」


 沖さんはニュッと手を伸ばしたかと思うと、私の肩のあたりにいた《何か》を掴んだ。


「ギイッギイッギイッ」


 不気味な声を上げる《それ》は、真っ黒い髪の毛の塊みたいな生き物だった。


「な、何これ!」


「これが君を呪っていた《何か》の正体だよ。人の怨念や恨み、そういう負の感情から産み出された人ならざるモノだね」


 そう言うと、沖さんは私の肩にいた黒いモノをギュッと握りつぶした。


「――ミギャッ」


 黒いものは、不気味な声を上げると、黒いすすみたいになって、パラパラと床に散らばった。


「これでよしっと」


 沖さんはパンパンと手袋についた黒い粉を払う。


「こ、これで、除霊できたんですか?」


「うん、そうだね。今のところは」


 手袋を脱ぎながら、あっさりと沖さんは答えた。


「ってことは、これでもうお見合いしても、婚約者には何も起こらないってこと?」


「うん、だと思うよ」


 水道で手を洗い、沖さんが答える。

 ウソ。まさかこんなに簡単に除霊が済むなんて……。


「でも気をつけて」


 と、沖さんは声のトーンを落とす。


「《あいつ》は人の幸せを邪魔しようとする心が産んだ『闇』だ。強いあやかしじゃないけど、どこにでも潜んでる。一度は退治したけど、また出てくる可能性があるんだ。だから、困ったらまたここにおいで」


 あの黒いのが、また出るかもしれない?

 私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「はい、分かりました」


 それにしても、どこであのあやかしに憑かれたのかしら。


 誰かに恨みを買った覚えはないし、祠や神社に無礼を働いた記憶もない。


 まあ、退治できたのならいいのかな。


「あ、それと」


 沖さんは、うっすらと唇に笑みを浮かべると、ポンと私の頭に手を置いた。


「――うちにお嫁に来ないかって話、あれ、本気だからね?」


 

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