第4話 カフェーのマスター

「カフェーを必要と?」


 私の問いには答えず、マスターは私をカウンター席に案内してくれた。


「ええっと、ブレンドコーヒーを一つお願いします」


「はい、少々お待ちください」


 とりあえず、メニューの一番上に書かれていたブレンドコーヒーを頼むと、私はソワソワしながら店内を見回した。


 薄暗い店内には、低くジャズのレコードがかかっていて、窓のステンドグラスからはきらきらとお日様の光が差し込んでいる。


 なんだか落ち着くなあ、ここ。こういう所で読書をしたら素敵な気分になれそう。


 しばらくして、注文したブレンドコーヒーが運ばれてきた。


「美味しい」


 思わず声を漏らす。


 あっさりとしていて、コーヒー初心者の私にも飲みやすい。

 でも香りやコクはしっかりとあって、疲れた体に染み渡るような美味しさだ。


「これはグアテマラをベースにしたブレンドコーヒーコーヒーだよ。穏やかな甘みがあって、苦味と酸味のバランスがちょうど良いでしょう?」


 マスターが教えてくれる。


「そうなんですね。美味しいです」


 私、こんなに美味しいコーヒーを飲んだの初めてかも。


 それにしても――。


 私はマスターの顔をチラリと見た。


 このマスター、どこかで見覚えがある気がするんだよね。どこで会ったかは全く思い出せないけど。


 おかしいなあ。こんな美男子、一度見たら忘れるはずはないけれど……。


 私がじっとマスターの顔を見て考え込んでいると、マスターはにっこり笑って私を見つめ返してきた。


「僕の顔に何か?」


 わわっ、綺麗な瞳!


「あ、いえ、なんでもありません」


 慌てて下を向く。


 全く、心臓に悪いなあ。


 マスターの切れ長の目、よくよく見ると琥珀みたいな薄い綺麗な色をしてる。


 何とも蠱惑的で、全てを見透かされているようで、なんだか落ち着かない。


 普段、女学校に通っていて男の人に対する免疫がないせいかしら、こういう美男子に見つめられると、無駄にドギマギしてしまう。


 私が下を向いて考えていると、マスターはゆっくりと口を開いた。


「それで、お嬢さんはどうしてここに来たの?」


「へっ?」


「福助が案内してくれたってことは、君は何か困り事があるはずなんだ」


「困り事って――」


 私は視線を泳がせた。困り事ならある。

 だけれど、初対面の人に「呪いの令嬢」のことを話しても信じてもらえるだろうか。


 私が戸惑っていると、マスターはふっと頬を緩めて笑った。


「ああ、申し遅れたね。僕の名前はおき常春つねはる。ここでカフェーの店主をしながら、怪異かいいにまつわる相談も受けているんだ」


「か……怪異?」


 私が首を傾げると、沖さんが教えてくれる。


「まあ、平たく言うと、妖怪変化あやかしだとか呪いだとか、そういう類のものだね」


 妖怪変化や呪い……。


 ゴクリとつばを飲み込み、沖さんの顔を見つめる。


「そう、ここは何でも困り事を解決するカフェーなんだ。選ばれた人しか来られないけどね」


 あっ。

 

 沖さんのその言葉を聞いた瞬間、頭の中に、あの日会った神社の神主さんの顔がフラッシュバックしてきた。


 この人。


 髪も黒くなってるし、洋装だから分からなかったけど、間違いない。


 あの時出会った神社の神主さんだ!


「あの、つかぬ事をお聞きしますが」


 私は恐る恐る手を挙げた。


「沖さんって、以前、神社の神主さんをされていませんでした?」


 私の問いに、沖さんの動きがピタリと止まる。


「はて、以前どこかで君と会ったかな」


 沖さんは顔に笑顔を張りつけたまま聞いてくる。


 あ、そっか。あの時、私はまだ子供だったから沖さんは覚えていないんだ。


「は、はい、覚えていないかと思いますが、十年くらい前に……」


 私は十年前に浅草で迷子になったことと、不思議な神社を見たこと。


 神主さんに助けられたこと。


 その時の神社を探して今日ここまで来たことを沖さんに話して聞かせた。


「なるほど、そうだったのか。君があの時の子供だったとは、奇遇だね」


 沖さんは、腕を組んで感慨深そうにうんうんとうなずく。


 ああ、やっぱり、あの時の神主さんが沖さんだったんだ。


 私はホッと胸を撫で下ろすと、沖さんの顔を見つめた。


 髪は切って黒く染めたのだろうか。着物も髪型も洋装になってるけど、顔はよく見るとあの時のまま。


 そして何より、飄々ひょうひょうとした口調だけど、どこか懐かしく温かみのある声。


 胸の中が、じいんと懐かしさでいっぱいになる。


 あの時、二十代前半くらいだったとすると、今は三十代かな。


 だけど肌つやが良いせいか沖さんはどう見ても二十代にしか見えない。むしろそこら辺の二十代の女性より綺麗なぐらい。


 凄いなあ。やっぱり元が良いと、あんまり老けないものなのかしら。


「あの、ところで、あの時の神社はどこへ行ったんですか?」


 ついでにたけど、私は気になっていたことを尋ねてみることにした。


「ああ、この店の裏手に移したんだ。神社の手前にこのカフェーを建てたから、見つからなかったんだね」


「そうですか、それで」


 なるほど、それでいくら探しても神社が見つからなかったんだ。


 でもそれって、バチあたりじゃないのかな。神主さんがする事だからいいのかな。


 と、ここで私は気づいた。


 沖さんが、私が探していたあの神社の神主さんで、今はカフェーのマスター兼祓い屋みたいなことをやっている。


 ってことは、沖さんに、私のお祓いしてもらえば良いんじゃないの?


 そうよ、これでもう、「呪われた令嬢」だなんて呼ばれなくなるはずだわ!

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