第21話 不気味な声

「今度は聞こえた?」


 古賀さんの問いに私はうなずいた。


「……はい」


 確かに、「こっちに来て」っていう不気味な声が入っていた。


 あれは絶対に人ならざるものの声だ。間違いない。


 両腕をギュッと抱え込んで身震いする。

 まさかあんなにはっきりと聞こえるだなんて。


 沖さんもうーんと腕組みをする。


「これねぇ、一部の怪奇マニアの間ではもう話題になっているから知ってたけど、実際に聞くのは初めてだよ」


「で、どうだい? これって、やっぱり霊の仕業なのかい?」


 古賀さんが恐る恐る尋ねると、沖さんはうなずく。


「恐らくね」


「ああ、やっぱり!」


 頭を抱えて落ちこむ古賀さんを、沖さんは慰める。


「でも良いんじゃないの、別に。逆に声が入ってた方が話題になって売れたりして!」


「良くないっ!」


 古賀さんはバンッとテーブルを叩いた。


「プロデューサーも『かえって話題になる』なんて言うけどよ、俺は呪われた歌手なんてことで有名になんてなりたくないんだ。純粋に、曲や歌の良さだけで勝負したいんだよ」


 古賀さん、ちゃらんぽらんそうに見えるけど意外とまともなんだな。


 古賀さんはガサゴソと荷物を漁ると、分厚い封筒をテーブルに置いた。


「だからよ、この金で何とか解決してくれ」


 封筒の中に入っていた札束に、沖さんは目を輝かせた。


「分かりました。やってみましょう。やっぱり、霊の声が入っているだなんて良くないよね!」


 ええ~っ。き、切り替えが早い……。


 私が呆れていると、沖さんは急に真面目な顔になる。


「早速ですが、何か女性に恨まれるような覚えは?」


 沖さんの問いに、古賀さんは「うーん」と上を向いて考え始める。


「覚えも何も、覚えがありすぎて逆に分からねぇな。ほら、女遊びは芸の肥やしって言うだろ?」


 青眼鏡を取り、ウインクをする古賀さん。


 どうやらこの人、ポスターやレコードのジャケット写真で見た爽やかな印象とは裏腹に、相当女遊びが激しいみたい。これは、恨まれてそうだなあ。


「故郷に置いてきた恋人とかいないんですか?」


 國仲さんが質問すると、古賀さんはピタリと動きを止めて急に真面目な顔になった。


「さあな。過去はみんな海の向こうに置いてきちまったから。とりあえず、金は払ったんだからお祓い頼むぜ」


「うーん、分かったよ」


 古賀さんに請われ、沖さんは手を合わせて祓詞ようなものを唱え始めた。


 沖さんと古賀さんの体が金色の光に包まれる。


 しばらくして、古賀さんの周りから、黒いモヤモヤした霧のようなものが出てきた。


 ひゃあっ、これが、悪霊なの?


 確かに、何となく悪いものを感じるけど……。


 腕にぞわりと鳥肌が立つ。


「うーん、やっぱり、古賀さんには何か憑いているね」


 沖さんはいつものようにお札を取り出す。


「狐火!」


 古賀さんさんの肩の辺りに貼り付けると、ボッと赤い炎が着く。


「うわわっ!」


「大丈夫です、人間は燃えませんから」


 いつものやり取りをして様子を見守る。


「狐火!」


 沖さんが再度唱えると、黒いモヤは完全に霧散した。


「これでよしっと」


 沖さんはカウンターの奥からお札と塩取り出すと、古賀さんに渡した。


「じゃ、とりあえずお祓いはしたけど、また何かあったらこのお札と盛り塩を使ってね」


「おお、ありがとよ」


 また何かあるのが確定のような物言いだなあ、と私は思ったけれど、古賀さんの嬉しそうな顔を見て、それを言うのはやめておいた。


「ありがとさん」


「それじゃ、何かあったらまた来てください」


「おお、あばよ」


 古賀さんがサッと右手を上げて店を出る。

 カランコロンと鐘が鳴ってドアが閉まった。


 沖さんはやれやれと首を振ると、クルリと私たちの方へ向き直った。


「さてと。とりあえず、あの男の過去から調べてみようか。千代さん、國仲くん、手伝ってもらえる?」


 ***


「というわけで、古賀さんの過去のこと、調べてみたよ!」


 沖さんがどさりとテーブルに雑誌や新聞の束を置く。


「わあ、凄いです」


 私は雑誌の束をペラペラとめくった。


「このお店で取ってない雑誌や新聞もありますよね? こんなにたくさん、どうやって集めたんですか?」


「ふふふ、ちょっとしたコネがあってね」


 意味深に笑う沖さん。


「新聞社や出版社のお偉方の中には、沖さんの崇拝者も多いんですよ」


 國仲さんが教えてくれる。


「へえ、そうなんですね。やっぱり神様のご祈祷だから凄くご利益がある……とか?」


 私が尋ねると、國仲さんが苦笑する。


「というより、世の中には、美丈夫に祈祷してもらいたいがために大金を出す人もいるということです」


 あっ、やっぱり顔目当てなの?


「さて、問題の古賀さんの経歴だけど、十八歳の時に富山の海沿いの村から上京してるね。相当の田舎育ちだったみたい」


「そうなんですね。そんな風には見えませんでしたけど」


「ま、色々と努力したんでしょ」


 沖さんはふふ、と笑ったあと、ペラペラと記事をめくり、急に真顔にらなった。


「……それでなんだけど、古賀さんには元々故郷に付き合っていた、緒方おがた葉子ようこという彼女がいたらしいんだ。だけど『撫子の唄』が大ヒットして、彼の女遊びが激しくなって、別れたらしいんだけど――」


 沖さんがキラリと目を光らせる。


「しかもその彼女、最近病気で亡くなったらしいんだ」


「えっ、じゃあ、もしかして」


「例の声は、その元彼女の声に違いないね」


 ふふんと沖さんが笑う。

 さすが沖さん、凄いなあ。


 これで呪いのレコード事件も解決……かな?

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