第22話 呪われているのは

 これで古賀さんの件も解決かな?


 私がそんなことを思っていると、沖さんが急に私の顔を見た。


「……という訳なんだけど、千代さんはどう思う?」


「えっ、私ですか!?」


 私は黒いモヤのようなものに覆われた古賀さんの姿を思い出した。


 そうだなあ……。


「私は、古賀さんの背後に何か幽霊だとか妖怪は見えませんでした。ただ、体の周りに黒いモヤみたいなのが見えて……」


「うんうん、それで?」


 興味深そうに私の顔を見つめる沖さん。

 もう、一体何が面白いんだろう。


「それで……ひょっとしたら、古賀さんは誰かに呪われたり、祟られたりしているのかもって」


「なるほど、そうだね」


 沖さんはニヤリと笑うと、バサリとコートを羽織った。


「沖さん、どこへ行くんですか?」


「古賀さんの家だよ。なんとなく気になることがあるんだ。國仲くんと千代さんも一緒に来てくれるかい?」


「いいですけど、どうして古賀さんの家に?」


 國仲さんが不思議そうな顔をする。


「古賀さんに霊が取り憑いていないということは、霊は古賀さんの家にいる可能性がある。幽霊やあやかしは、人や物に取り憑く場合もあるけど、場所に憑くこともあるからね」


「なるほど」


 外は木枯らしで、道を駆ける枯葉が騒がしい。

 私たちは、お店を午前中で閉めて、三人で古賀さんの家へと向かうこととなった。


「古賀さんって、どんな家に住んでるのかなあ。楽しみ」


 沖さんがほくほくとした顔をする。


 そんなこと言ってる場合なのかしら。

 全く、狐のくせに流行に流されやすいんだから。


「この辺りですよ」


 國仲さんが指を指す。

 見えてきたのは、高級住宅にある豪華な西洋風の一軒家。


 古賀さん、本当にお金持ちなんだな。


 そんなことを考えながら古賀さんの家を見上げていると、急に背筋にゾクリと悪寒が走った。


「――沖さん」


「ああ、いるね」


 私たちは、急いで古賀さんの家のドアを叩いた。


「古賀さん、古賀さんっ!?」


 しばらくさかて、ドアが開き、顔色の悪い古賀さんが出てきた。


「ああ、あんたらか。丁度いい、入ってくれ」


「大丈夫ですか? 顔が青いですけど」


 入るなり、私たちの侵入に抗議するかのようにピシピシと家鳴りがする。

 嫌な気配。背中がゾクリと寒くなる。


「沖さん、この家……」


「ああ、いるね。お札はちゃんと貼ってる?」


 沖さんの問いに、古賀さんは力なくうなずく。


「ああ。そのお陰かな、家の中では家鳴りがするぐらいのもんだ」


「家の中ではってことは、外では何かあったんですね?」


「ああ、新曲の録音中に雑音が混じったり機械が故障したり、舞台稽古中に怪我しそうになったり、どこに行っても安心できないよ」


「そうですか」


 まさか、そんな大変なことになっていただなんて。


「ふむ、敵も中々に強いようだ」


 沖さんは家の中を見回す。


「……だが、この家に霊が憑いてるというわけではなさそうだ。これは、この家に渦巻く陰の気に引き寄せられてきた浮遊霊のようだし」


 家に呪いの主がいるわけじゃない。じゃあ、一体古賀さんを狙う者はどこにいるの?


「じゃあ――」


 私が言いかけると、沖さんは少しウキウキした顔でクルリと振り返った。


「古賀さん、あのレコード、もう一度聞かせてくれるかい?」


「あ、ああ」


 古賀さんが顔面蒼白のまま沖さんにレコードを手渡す。


 沖さんは応接間にある蓄音機にレコードをかけた。


「最新の機器だね、素晴らしい」


「ああ、高かったよ。でも歌手だし、音響にはこだわらないとよ」


 胸を張る古賀さん。

 私には違いはよく分からないけど、どうやら相当立派な蓄音機みたい。


 やがてプツプツという音と共に、古賀さんの歌が聞こえてきた。


 相変わらず綺麗な声。だけど――。


「沖さん」


 私が言うと、沖さんは小さくうなずいた。


「うん、店の蓄音機だと気づかなかったけど、これは音質が良いせいかハッキリ分かるね」


「な、何がだ?」


 戸惑う古賀さんを、沖さんは真正面から見すえた。


「――このレコード、入ってるのは女の人の声だけじゃないね」


 そう、お店の蓄音機だと分からなかったけど、このレコードには女の人の声の他に、ピシピシと床や壁のなる音、男の人のうめき声、小さな足音なんかも入っている。


「ええっ、マジかあ」


 落ち込んだ様子の古賀さん。


「まって、今のところ」


 すると、急に沖さんはレコードを止めた。


「もう一度かけて」


 沖さんが指摘した箇所をもう一度よく聞いてみる。すると――。


『……こっちへ来て……そっちは……プツプツ……危ない……こっちへ逃げて』


 小さくだけど、女の人の声が聞こえてきた。


「『こっちへ来て』の他にも何か言っていますね」


 國仲さんが蓄音機に近づいて耳を済ませる。


「『そっちは危ない』って言っていませんか?」


 私が言うと、沖さんがうなずく。


「うん、そのようだね」


 どういうこと? この霊は、古賀さんを助けようとしてくれているの?


 沖さんは古賀さんの顔を見つめる。


「ところで古賀さん、このレコードを録音したスタジオはどこにありますか?」


「スタジオ? ってことはまさか――」


「うん。呪われてるのは、おそらく古賀さんじゃなくてこのレコードを録音したスタジオだね」


「スタジオが!?」


 沖さんの言葉に、國仲さんが顎に手を当て、思い出したように語り出す。


「そういえば、警察関係者の間でこんな噂を聞いたことがあります」


 國仲さんが話してくれた噂というのは、なんでも山奥にレコーディングスタジオを建てようとしたところ、小さな祠があった。

 邪魔だったのでどかしたところ、工事関係者が何人も亡くなった、ということだった。


「あまりにも何人も亡くなるので、警察が事件を疑って捜査したんですが、全員ただの事故や病気だったらしいです。まさか、そのスタジオが――」


「ええっ、俺はそんな話、聞いてないよ!」


 古賀さんが慌てる。


「スタジオが呪われているだなんて聞いたら、使われないかと思って、業者が黙っていたんじゃない?」


「そんなあ」


 泣きそうな顔の古賀さんとは逆に、沖さんは目を爛々と輝かせた。


「よし、そうと決まれば、さっそく、そのスタジオに連れて行ってもらおうか」

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