第15話 幽霊列車の謎

 國仲さんと依頼人のコーヒーをテーブルに置くと、沖さんは神妙な顔で尋ねた。


「それで、僕に依頼があるって、どんな依頼ですか?」


「はい。私はこういう者です」


 依頼人の男性が沖さんと私に名刺を渡してくれる。


 名刺によると、名前は菊池さん。国鉄の職員さんらしい。


「へえ、国鉄の。ということは、依頼も鉄道絡みということですか?」


 沖さんが尋ねると、菊池さんはハンカチで額を拭きながら答えた。


「ええ、そうです。“幽霊列車”の話、沖さんは聞いたことがありますか?」


 幽霊列車?


 私が疑問に思っていると、沖さんは神妙な顔でうなずく。


「ええ、話だけは」


 沖さんたちの話によると、夕暮れ時に整備士さん達が線路や汽車の整備をしていると、見たことも無い汽車が線路を走ってくるのだという。


 整備士さんたちは危ないと思い避けるのだけれど、気がつくと、走っていたはずの汽車は跡形もなく消えているのだとか。


 へえ、不思議な話。


 菊池さんの説明に、國仲さんが付け足す。


「それで、初めは警察にどうにかしてほしいと依頼してきたのですが、僕の方でこれは沖さんに頼んだほうがいい依頼だなと」


「なるほど」


 沖さんがうなずく。

 確かに、そんなこと、警察に言っても掛け合ってもらえないわよね。


「分かりました、幽霊列車の謎、僕が必ずしや解き明かしてみせましょう」


 沖さんがグッ菊池さんの手を握る。

 へえ、「必ずしや」なんて、かなり自信満々みたい。


「おおっ、ありがとうございます!」


 菊池さんも立ち上がり、沖さんの手を握り返す。


「……ところで」


 沖さんはコホンと喉を鳴らした。


「報酬はいかほど貰えますかな?」


 その言葉に、私はずっこけそうになる。

 もうっ、狐のくせに守銭奴なんだから!


 ***


 そんなわけで、私と沖さん、菊池さんと國仲さんの四人は、幽霊列車が現れるという線路沿いにやってきた。


「ここですか」


 四人で幽霊列車がやってくるのを今か今かと待ちわびる。


 だけど待てど暮らせど、やってくるのは普通の列車ばかり。


「来ませんね」

「向こうも我々のことを警戒しているのかも知れませんよ」

「そうですねぇ」


 私たちのなかでも、今日はもう来ないんじゃないかという空気が流れ始めた。


 風が昼の空気から、肌寒い夜の空気に変わり始める。遠くには、もう微かに月が出始めている。私は夜風にブルりと身体を震わせた。


 どうしよう。早く帰らないと、お父様に叱られるかも。


「あの、私、そろそろ帰――」


 私が言いかけたその時、沖さんの体がピクリと動いた。


「待って、何か聞こえる」


 沖さんの声に、私たちは耳を澄ます。

 遠くから微かに風に乗って聞こえるそれは、線路を列車が走る音。そして汽笛だった。


「また普通の列車では?」


 怪訝そうな顔をする國仲さん。

 菊池さんは青白い顔で時刻表を指さすと、首を横に振った。


「いや、今の時間、運行している汽車は無いはず」


 だけど列車の音はどんどんどんどん近づいてきて、やがて橙色の光が、そして煙を吐き出す黒い車体が見えてきた。


「ということは……」


 私たちは、線路の先を見つめた。

 あれが噂の幽霊列車なの!?


「うん、どうやら間違いないみたいだね」


 沖さんはペロリと舌なめずりをすると、線路内に降り立ち、お札を構えた。


「あっ」

「沖さん、危ないですよ!」


 そんな所にいたら轢かれちゃう――。


 沖さんは私たちの心配をよそに、線路の真ん中でヒラヒラと手を振る。


「大丈夫、轢かれやしないから」


 目の前に迫ってくる列車。


「沖さんっ!」


 まばゆい光に飲まれる直前、沖さんが目の前の列車にお札を投げつけるのが見えた。


「狐火」


 ボッ。


 小さい音がして、列車に赤々と火が灯る。

 ブレーキ音もなく、列車は急停車した。



 そしてどこからともなく、線路に響き渡るような声が聞こえた。


「熱ちちちちっ!!」


 ん?


 今、列車から「熱ちち」って聞こえた?


 私たちがキョトンとしていると、目の前に停車した列車から、ポンポンと茶色い手足と大きな尻尾が生えてきた。


 えっ、何これ、尻尾!?


 唖然としていると、いつの間にやら目の前にあったはずの列車は消え失せ、線路には毛皮を黒く焦がした一匹の大きなたぬきが転がっていた。


「熱い! 熱い! 何しやがるんでぃ、この狐め!」


 大きな狸が涙目で叫ぶ。


「……狸!?」


 私は思わず口に出した。


 そう、人々を騒がせる幽霊列車の正体は、実は狸の妖怪あやかしだったの!


「ふむ」


 沖さんが、茶色い毛皮をひょいとつまみ上げる。


「離せ、離せーっ!」


 沖さんに首根っこを捕まれ、ジタバタと暴れる狸。なんだかマヌケ……。


 沖さんはふうと溜息をついた。


「離してあげてもいいけどさ、一体どうして、列車に化けて人々を驚かせていたんだい」


「それは――」


 狸はしゅんと縮こまると、ポツリポツリと話し始めた。


「近頃は街にも街灯が増え、山も谷も開発が進んで、オイラたち昔ながらの妖怪あやかしはどんどん居場所が無くなってる」


 化け狸が言うには、彼もまた、開発によって山を追われ、街に降りてきたんですって。


 そこで列車に遭遇し、現代の暮らしに適応した怪異になるべく、幽霊列車として線路を夜な夜な走っていたのだというの。


 全く、迷惑な話だわ!


 狸の話を聞いて、沖さんはうんうんとうなずく。


「なるほどね、確かに近頃では山を捨て、都市に住み着くあやかしも多いが――こう派手にやらなくてもいいだろう。もうちょっとやり方がある」


「はい。もうちょっと工夫します」


 ガックリと肩を落とす狸に、沖さんはカフェー・ルノオルの名刺を差し出してニッコリと笑った。


「もし良かったら、今度ここに来るといい。都会でどうやってあやかしたちが暮らしているのか、教えてあげますよ」


「はい、ありがとうございます!」


 そう言うと、ぺこりと頭を下げ、化け狸は山の向こうへと消えていった。

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