第17話「実験-中編」

 委員会の集まりが終わった頃、いつもならまだ明るい時間なのに、雨のせいで外は薄暗かった。華は、急いで教室に鞄を取りに行った。


 教室にはもう誰もおらず、電気も消えていて薄暗かった。教卓の上に日誌が置いてあり、華は中を確認した。翔太の几帳面な字で、もう日誌は書き終わっていた。翔太の机を確認すると、まだ鞄が掛けてあった。きっとゴミ捨てに行ってくれたのだ。


 華はフッと、こんな風に翔太を避けている自分が、改めて情けなくなった。


(何してるんだろう、私)



***


 翔太は空のゴミ箱を持って、教室にて戻ってきた。下駄箱へ向かうついでに日誌を職員室に置いてこようと、自分の机に掛けてある鞄を取ろうとして、ギョッとした。


(誰かいる?)


 教室はもう薄暗くて、誰がいるのか分からなかった。翔太がその影に恐る恐る近づいてみると――


 そこには華が、机に突っ伏して眠っていた。翔太は一瞬声を掛けるか迷ったが、流石にこのままにしておかないと声を掛けた。


「華?」


 全く起きる気配がない。翔太は、どうしたもんかと首ををかいた。


***


 華が目を覚ますと、周りは大分暗くなっており、華は慌てて飛び起きた。頬が痛い。机に突っ伏して寝ていたせいで、触ると痕が付いていた。


 目の前に気配があり、華は心臓が止まりそうになった。そこにはよく見知った、幼馴染の寝顔があった。華は何故だか、その寝顔に心が締め付けられた。自然と手が吸い寄せられる様に、彼の頬を撫でようとした。


 ――その時、うっと翔太が目を開けた。

 華は慌てて、手を引っ込めた。


(何、今の?)


 華は自分の行動に困惑した。


(違う、そんなんじゃない)


 華は誰かに言い訳した。


「やっべ、俺、寝ちゃってた?」

「そう、みたい」


 二人の間に梅雨独特のじめっとした空気が漂った。

 

「もう、帰ろうぜ。送っていくよ」


 華はその一言に何故だか心が騒ついた。


(何なの、さっきから私。どうしてこんな気持ちになるんだろう)


 翔太の言動に一喜一憂している様で、華はそれが、もの凄く居心地の悪いものに感じた。


「……いい」

「いいって、お前。危ないだろ?」

「大丈夫、危なくない」


 華はそう言い捨てて、鞄を掴んで教室を立ち去ろうとしたが、翔太に腕を掴まれた。


「何、怒ってるんだよ」

「怒ってないっ」


 翔太は、はあっと深くため息を吐くと呆れた様に、とにかく送っていくからと、華の手を離さなかった。


 それが華の心を更に逆撫でた。


「何? 私が女だから、危ないって言ってるの?」


 翔太はその一言に目を丸くした。だが間髪入れずに、だってそうだろと言い放った。


 華は翔太との成長の差を感じて、居たたまれなくなった。子供のままの気持ちを持ち続ける事は、そんなにいけない事なのか。一般的に考えて、翔太が正しいのだろう。素直に送ってもらえばいい。


 でも、今の華にはそれをどうしても、素直に承諾出来なかった。


 もし、翔太のこの優しさが純粋なものではなくて、僅かでも下心から来るものだったら、どうしよう。


 何も信じられなくなる――


 華に、光から言われた、あの悪魔の囁きが蘇った。


(絶対に違う)


「翔ちゃんって、私の事どう思ってるの?」


 突然の問いかけに、翔太はビックリして掴んでいた華の手を離した。


「ど、どうって……」


 翔太はその問いかけに、答えられなかった。よく分からないというか、なるべく考えない様にしてたからだ。その曖昧さを翔太は華に見透かされた様な気がした。


「私は、友達以外に感じてない……と思う」


 華のその告白に、翔太は頭が真っ白になった。そんな事は昔から、分かっていたのに、ハッキリと華の言葉で告げられると――翔太は、心が握りつぶされる様な感覚に陥った。


「翔ちゃんも『好き』とかじゃ、ないんじゃない?」


 その華の問いかけに、翔太は新たな衝撃を受けた。


(そうだよ、そんなんじゃないといいと、心のどこかで思ってた。思ってたはずだ)


「だから、試してみようよ」

「え?」

「キス……してみない?」


 そう提案する華の顔は、怖いほど真剣だった。



つづく

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