第2話「悪魔の囁き」

 華はスマホを握りしめて、暫く考えていた。


 小さな頃、仲が良かったと言っても、今はほぼ、交流のなくなってしまった幼馴染――浅川翔太あさかわしょうた


 以前学校行事の為に、たまたま流れで連絡先を交換した事があったが、一度も連絡した事はなかったし、連絡が来る事もなかった。


 ほぼ喧嘩別れの様になってしまった、小学生時代を華は思い出した。


 華はあの頃の事を思い出すと、悔しい様な悲しい様な気持ちになるので、なるべく浅川翔太の事は、考えない様に生きて来た。


 普段のまともな状態なら、華は浅川翔太に連絡しようなどと思わなかっただろう。別の誰かに連絡するか、そもそも連絡などしないで、ゲームのパッケージ版が届くまで待てたはずだ。


 ただ華は、この時まともではなかった。「魔が差した」というやつである。華の奥底に眠っていた、過去の沸々とした痛みが、無意識に後押ししたのだ。


(もう、寝てるかもしれないし、気が付かないかもしれない。そもそも私からの着信には、出ないかもしれない)


(一度だけ、一度だけかけてみよう)


 華は、一大決心でメッセージアプリのボタンを押して、祈りながらスマホの前に正座した。



***


(あーっ、終わった〜!)


 浅川翔太は課題を終わらせて、椅子に座りながら背中を伸ばした。


 その時、充電中だったスマホの画面が光った。こんな時間に誰だよと、翔太は面倒くさそうに画面を覗き込んだ。


 ロック画面に『仁科華』の名前――


 意外すぎて、翔太は呼吸が止まりそうになった。


(仁科華? なんで?)


 小さな頃は仲が良かったが、最近はほぼ交流なんてなかった。それに、彼女の事を思い出すと胃の辺りがキリキリしてくるのだ。翔太は正直もう、仁科華には関わりたくないと思っていた。


 翔太は暫くロック画面を見つめていたが、フッと画面が暗くなった。


 画面をタッチして、省エネモードを解除する。ロック画面の華のメッセージは「まだ起きてる?」という短いものだった。


(何で、今頃? どういうつもりだ、これ)


 この文章だけでは、翔太の疑問は解けなかった。翔太は暫く思案していたが、嫌な考えが頭にフッと浮かんだ。


(短い文章……なんか、折半詰まった感じがする。もしかして、家で何かあったのか)


 翔太の血の気が、スーと引いた。さっき、地響きの様な振動があった。もしかしたら、華やその家族に何かあったのかもしれない。


 いくら関わりたくないと言っても、知り合いやその家族に、何かあったのかもしれないのに、無視するほど鬼じゃない。


 翔太は急いでロック画面を解除した。



***


 華は十分経っても返信がなかったら、ファミレスに向かおうと、上着を着かけた――


 スマホの画面にメッセージの着信があった。

 差出人は『浅川翔太』


(うっそっ!)


 華は慌てて、ロック画面を解除した。


 メッセージは短く「起きてるけど、何?」と言うものだった。それで充分だった。



***


 メッセージを送った直後、すぐ華から返信が来たので、翔太は驚いた。


(早すぎない? これ、本当に何かあったのかも)


 心配になって、翔太はすぐにメッセージを確認した。


『浅川君の家のネット回線って生きてる?』


(え、どういう事?)


 翔太は意味が分からず混乱した。仁科家で今、何が起こっているんだろう。正直何が何だか分からなかったが、翔太は一拍思考を巡らせると、


『生きてるけど』


 と短く返信した。

 スマホ画面に注目していると、秒で華から返信が来る。


『ネット回線、貸して欲しいんだけど』


(はっ?)


 どういう事だ。と考えている間に、次のメッセージが来た。


『一生のお願い!』


 その切迫詰まった勢いに負けて、翔太は華に返信した。


『いいけど』


 何なんだよ、一体……と翔太はスマホの画面を閉じようとしたが、更に華から返信があった。


『今から行く』


 翔太は一瞬意味が分からず、その場で固まった。


(えっ、……今から行くって、どういう事、今から?)


 翔太はスマホの時計を確認した。もう深夜一時近かった。


(ちょっと待って、あいつ今から、うちに来るって事?)


つづく

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