第3話「嵐の夜」

『今から行く』のパワーワードが衝撃すぎて、翔太は混乱していた。


 まさかそんな事と思いつつ、自分のよく知る昔の華なら、やりかねないと思った。翔太は慌てて自室から飛び出して、一階の玄関に向かって階段を駆け降りた。


 玄関のドアを開けた瞬間、もの凄い風と雨が吹き込んで来た。空に稲光が走っている。翔太は慌てて、着けていたへッドホンを外した。外がこんなになってるなんて、気が付かなかった。


(ちょっと、待て! あいつ、この雨の中、来る気なのっ?)


 そうだと、翔太はハッと気が付いた。華に『今外に出るな』とメッセージを打とうと思った時――


 目の前の道から人影が、傘もささずにもの凄い勢いで走って来た。普段学校で見かける制服姿とは、かけ離れているが、間違いなく仁科華だった。


 華は浅川家の軒先に飛び込むと、息を切らせながら眼鏡を外し、着ていたパーカーの裾で、レンズの雨粒を拭きだした。


(あ、眼鏡)


 華は学校では、眼鏡なんて掛けていなかった。小さな頃も掛けていた記憶がない。こいつ目が悪くなったんだなーと、ぼんやり思っていた翔太に、華は眼鏡を掛け直すと、冷静だが早めの口調で切り出した。


「ここでいいから、翔……浅川君の家のwifiのIDとパス教えて」


 華は軒先の下でしゃがみ込みながら、懐から出した携帯ゲーム機の、ネット設定をしようとしていた。


(こいつ、何やってんだ?)


 翔太はわけが分からなすぎて、暫くボーと華を眺めていたが、もの凄い雷の轟音が辺りに響くと、突風と雨が二人に吹き付けてきた。


「ちょっ、とにかく家入れっ」


 翔太は華の腕を掴むと、急いで家の中に駆け込んだ。


 

***


 ゲームのダウンロードを、祈りながら見守っているずぶ濡れの華の頭に、バスタオルを掛けて、翔太は呆れた様に華を嗜めた。


「ゲームのダウンロードって、お前、馬鹿じゃないのっ?」

「だって、家のwifi壊れちゃったんだもん」

「だって、じゃねえよっ」

「でも、翔……浅川君の家のネット回線、借りられて助かったよ。ダメだったら、二駅先のファミレス行こうと思ってたし」


 そこまで聞いて、翔太に更なる呆れと怒りが湧き上がってきた。


「この雷と雨の中? どうかしてるだろっ、てか、あのファミレス二時で閉まるだろ。ダウンロード終わんないよ」

「えっ」

「これ、レジハンのデータだろ。俺、落とすのに、一時間くらい掛かったし」


 それを聞いた華が、食い気味に翔太に迫った。翔太は、あまりの華の勢いに後ずさった。


「浅川君もレジハンやるのっ?」

「やるけど。今日は落としただけ」

「一緒にやろうよっ」


 キラキラと顔を寄せて迫ってくる華は、翔太に拒否権を与えなかった。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る