第15話 魔女とレイナント

燃え盛る離宮、それを消そうと水を放つ人々。その周りに様子を伺う者達や王城と離宮を行き交う数多の人影をまだ炎の届いていない離宮の屋根の先から一人の少女が見下ろしていた。深紅の髪を靡かせ真紅の瞳で見つめ白いワンピースの裾をはためかせているその少女は儚げに笑い自身の胸元をぐしゃりと掴んだ。そして憂いを払うかのように固く目を瞑り深く息を吸い込んで、笑い声を上げ始めた。何も面白くないのに。虚しいのに。彼女は笑っている。


甲高い笑い声がその場に響き渡る。なんとも愉快で軽薄で悍ましいその笑い声は空気を震わせその場にいる全員の耳へと届き、辺りはさらに騒然とし始めた。ある者は動きを止め、ある者は耳を塞ぎある者は震え、ある者は騒ぎ出した。そんな混沌とした状況で誰かが言った。


「あそこだ!あそこに誰かいるぞ!!」



視線は一斉に叫んだ男の指す方へと向いた。


ようやく視線がこちらに集まったようだ。

けれど、ここを舞台にするには観客からの距離がある。ちゃんと結末を見届けてもらわねば意味がないのだ。立っていた場所からットンと軽く飛び降りた。浮遊感をつけながらゆっくりと地上へと降り立てば人々の視線はそれに伴い下り、改めて私が何者なのかを見定めているような視線が集まった。皆不可解そうな視線を寄越してくる。けれど、それもあっという間に状況は反転する。


「っうわぁああ!ま、ま、魔女だ!!」

「真紅の瞳!!皆目を瞑れ!!呪われるぞ」

「そ、そうだ、皆んな目を瞑なきゃ!」

「んなこと出来るか!前を見ずにどうやって戦えっていうんだ」

「レイナント殿下をお守りしろ!!」

「呪われたくないっっ」

「魔女!これはキサマの仕業か」


 穴が開くのではないかと思うほどに向けられた視線は蜘蛛の子を散らすように多方へと彷徨っていった。いいよ、それでいい。

もっとわたしを恐れてくれればいい。

蔑みながら笑えば人々の恐怖心は煽られてさらに膨れ上がる。人の群れは後退していき、やがて逃げ惑う人々で争いだした。一目散に逃げる者、逃げるものを引き留める者、誰が押した、私には子供がいるの、女房を守らねば、すぐ騎士団に知らせろ、助けて、殺さないで、そこの女退け、泣くな、喚くな、戦え、殺せーーー


「鎮まれ」


混沌とした場を一人の青年の声が制した。

地響きのようなその声は怒りを孕んでいるのに、その辺で騒いでいる人達とはまるで違う。王者の声音であり、誰もが膝付きたくなるほどの威厳を放っていた。人の波が割れていき、声の主がこちらへと一歩ずつ近づいてくる。

見覚えのある顔。当たり前だ。先程まで、恋の話を二人でしていたのだから。


「キサマは兄上に呪いをかけた魔女か」


あぁ、この人はこんな表情と声ができるのか。

さすが、王族。でも、わたしはさっき、池の辺りで話していたあなたの方がいいなと思う。


「あらあら、これはまた美人な王子様だこと」


 コロコロと楽しげに笑えば、レイナント王子は不愉快そうに眉を動かした。


「答えろ、魔女。兄上をあのようにしたのはキサマか?」


語らなくてもわかる。アンを想ってるんだね。ごめんね。あなたのたった一人の兄弟を奪ってしまって。


「っふふふ。あははは」

「何がおかしい」


苛立ちを纏わせた声と視線が私を射抜く。

自分で選んだ道とはいえ、誰かからそんなふうに見られるのはちょっと辛い。気付いてはいけないのに、胸の奥でチクチクとした痛みが主張してくる。


「ほんと、人間ってつまらないわ。お困りのようだったから、呪いをプレゼントしてあげたのに、引きこもって力を使おうとしないんですもの。人間が魔女の力を振るって争うなんて面白い光景でしょ?いい退屈凌ぎになると思ったのに期待外れね」


肩をすくめ、呆れ声で虚偽の言葉を紡ぐ。

城から出なくなったのはアンの責任感の強さで優しさだ。そんな貴方の強さに憧れた。



「キサマーーーッッ!!」


膨大な魔力が膨らみ足元に魔法陣が描かれていく。ものすごい力だ。けれど、私は魔術の理の外にいる者だから。

術が発動すると同時に私めがけて複数の雷が落ちてくる。空からか、将又地面からか、見分けがつかないほどの勢いで、雷が私を狙う。ふわっと浮き上がって踊るように廻れば、私の身体の左右前後を雷が走っていく。レイナント王子の魔術を初めて見た。とても真っ直ぐで素敵な力だと思う。雷の光が綺麗で意志の強さを感じるから。けれど、私には届かない。


「キサマのせいで兄上が孤独を強いられたのだぞ。兄上は人々から慕われこそすれ恐れられる方ではなかったのだ!キサマのせいでっ」


「...じゃあ、貴方が守ってあげれば良かったではないですか!?この炎は貴方の家族がしたことでしょう?」

「...」


黙るなんてずるい。


「そう思うなら貴方が彼を傷つける人間達から守ってあげれば良かったではありませんか」


それが出来るならレイナント王子だってそうしてた。それが出来ないから彼が苦しんでいる事は聞かなくたってわかる。彼らから互いを嫌悪する感情を少しだって感じたことはないのだから。

それなのに、みっともなく八つ当たりをしている。彼の言葉が胸に刺さって痛い。



「...だまれ!魔女に何がわかる!!」



さらに雷は勢いを増して襲いかかって来る。彼の感情が揺れている証拠だ。けれど、どんなに威力が増しても弾こうと思えば、指一本で弾けてしまう。それが、魔術を扱う人間と魔法を使う魔女の差。けれど、それをせずに避けるのはパフォーマンスのためだ。あまりに力の差を出してしまえばアンに私が殺された時不自然になってしまう。あくまで魔術でも対抗できるように見せなければ。

だから、あえて雷に頬や腕を掠めていく。けれど、致命傷は受けない。あなたに私を殺させてあげれないの。憎いだろうに、ごめんね。


レイナント王子に続いて周りにいる人達からもどんどん攻撃が飛んでくる。この数ならまだなんとかなりそうだ。それにしても、髪と瞳と服。これだけしか変わってないのにメアリだとは分からないらしい。顔は一緒なのに案外気が付かないもんだなぁ。レイナント王子もそうだし、何人か顔馴染みがいるけれど、みんな私を見て恐怖と憎悪を表情に滲ませている。メアリの時はあんなに楽しそうに話してくれてたのにな。なんてちょっと寂しくなって愚痴が溢れてしまった。攻撃を避けたり跳ね返しながら、上に飛びちらりと王城の方へ視線を向ける。目を凝らして見れば遠くに見覚えのあるローブが見える。魔術騎士達がいよいよ、こちらへと交戦しにやってくるようだった。

今、目の前にいる人数を相手にして少し余裕がある程度だ。それに加えて、優秀な魔術師達が加勢してくるとなると流石に厳しい。なるほど、リーナの言っていた通り、いくら魔女が魔力に優れていても数には敵わないらしい。他の人に殺されては意味がない。捕まってしまうなんて以ての外。アンに殺されないと意味ないのだ。

彼らが来てしまう前にアンと決着をつけようか。


地面を蹴って思い切り高く跳び上がり、先程までいた屋根の上へと戻る。姿を表す前に、すでにこの離宮を燃やす炎の術式は解いてきた。時期にこの炎も消えるだろう。


「あなた達じゃ、話にならないわ。

そうだ!貴方達の王子様を返してあげる」


アン。


そう呟けばレイナント王子の目の前にアンセントが現れた。その場は響めき、レイナント王子以外は皆一斉後退りを始める。

しばらくあの部屋で待ってもらっていたけれど、火傷はしていないみたいでよかった。服も全て綺麗なままだ。それにしても、急な転移にも驚いていないなんてさすがアンだね。


「...兄上」


異母兄弟が向かい合うかたちとなった。

皆が下がった後もレイナント王子は一歩も下がることなくアンの顔を見つめている。

アンを信じてくれている人がいてよかった。


「安心してちょうだい。呪いの力は返して貰ったわ。その王子様には宝の持ち腐れだったみたいね。残念」


つまらないといった表情を顔に載せて見下ろした。こんな喋り方アンに聞かれるのやだなぁ。

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