第14話 魔女とお願い
「は?...メリィ何言って...」
「アン、よく聞いて?いい?」
得意げに人差し指を立ててアンに説明をする。
彼はそんな私を見てとても不愉快そうに眉間に皺を寄せた。初めてみる表情だなぁと思う。最後に彼の新たな一面を知れた事は素直に嬉しい。
「そんなこと出来ない」
説明し終えると開口一番にそう返ってきた。そうだよね。誰も魔女の返り血なんて浴びたくないよね。でも、私が精一杯考えて思い付いた最善の方法はこれしかないの。ごめんね、アン嫌な役を押し付けてしまって。でも私は困りながらも笑うしかないのだ。
「ごめんねアン。でもきっとそれが一番いいの」
「いいわけなーーーッ?!」
アンの瞳を捕らえた。
「アン。これは決定事項だよ。貴方はこれから外に出て皆の前で私を、魔女を殺しなさい」
彼の瞳がゆっくりと紅に染まり光を失っていく。名を明かした者を傷つけることは出来ない。けれど、何も出来なくなるわけじゃない。瞳の呪いで相手が傷つかないのであれば暗示をかけることは出来るのだ。彼の意識を奪った訳じゃない。ただ、彼の意思の中に私への純粋な殺意を刻みつけただけだ。
「ねぇ、アン。最後にお願いがあるの。皇女殿下を想ってでもいい。嘘でもいいから私に好きって言ってほしい」
自分でも驚いた。気がつけば勝手に口が動いていたから。理性で抑えられないほどの思い。そして浅ましくもそれを瞳の力を使って命じていた。
「...それは出来ない」
あぁ、そっか。それは彼を傷つけることなのか。
彼はそれを拒んだ。彼が傷つきさえしなければ、私の要求はそのまま受け入れられていただろう。けれど彼は応えてはくれなかった。そっか。そうだよね。なんて...
なんて虚しいんだろう。
瞳に溜まった涙が溢れ出ても、もうそれを隠す気力もなく拭うことも億劫だった。でもせめて口は笑って見せよう。
「そっか。それでもね、私は本当にアンが大好きだったの」
貴方を苦しめてしまった。孤独にしてしまった。愛しい人から引き離してしまった。貴方にとって私は悪でしかない。でも、苦しめるつもりは無かったの。一人にしたかった訳じゃなくて、彼女との間を引き裂きたかったわけでもないの。これがただの言い訳にすぎないことは分かってる。それでも全ては貴方への恋心だった。
「じゃあ、行こうか。アンは少しの間ソファに座ってて。時が来たら呼ぶから」
強制的にアンの体を操ってソファへと座らせる。そして私は静かに部屋をでて廊下を歩いた。背後から私を呼び止める声が聞こえたけれど振り返らなかった。心は虚しいほどに穏やかでパチパチと宮を燃やす音がやけに大きく聞こえた。歩きながらっふと自身の格好に目をやる。装飾が多いけれど、動きやすい騎士服。その上から纏うローブもお気に入りだった。だからこの服を着て行くわけにはいかない。この服を欲深な魔女の血で染めるわけにはいかないのだ。
指を鳴らして自身が纏う衣服に意識を向ける。そうするとあっという間に装飾の多い騎士服とは対照的な装飾など何も無い白いワンピースへと変化した。
久しぶりに来たけれど、やっぱりこれが私らしい。最後は私として終われたらそれでいい。だって最後くらいあなたの瞳には私が映ってほしいから。
さぁ、行こうか。アンをみんなの元へと帰す為に。
*
長く深い息を吐いた。
本も机も寝台も全て跡形も無く燃えて崩れるくらいにはこの離宮に火が上がってから時間が経っているのだろう。この空間で燃えていないのは、このソファと読みかけの本と自身くらいだ。
存外、僕は気分がいい。
『ーーーー私は本当にアンが大好きだったの』
もう一度息を吐いて天井を見上げた。額に手の甲を置いて目を瞑る。瞼の裏に見えるのは紅い瞳と紅い髪の少女。そっか。やっぱりか。
「よくも煩わせてくれたね」
そんな呟きは炎に燃やされて消えていった。
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