第10話 女騎士と第二王子

「これで、報告は以上となります」


結局あの後、あっという間に霧が晴れ馬車と共に帰ってきた王子は変異体だけを連れ帰り残りは跡形もなく一人で討伐してしまった。魔術騎士一班が、その後現地へ個体が残っていないか確認しに向かったが綺麗に討伐されていたとのことだった。


「ご苦労様。今日はもう戻っていいよ。アンセントにもよろしく言っておいておくれ」


 班長達と共に隊長に報告を終え、一足先に会議室を飛び出した。

馬車を離宮の前に着けた後、王子が降りる前に私はその場を離れた。それが王子からの指示だったから。声は元気そうだった。少しの疲労も感じず行きと同じように会話を楽しむ余裕さえあった。けれど、やっぱり心配だった。離宮へと向かう足を早め、数通りの近道を思い出す。


「この時間だとあの道が誰とも合わず早いかも...」


そして、王宮の敷地内にある池の畔を通るルートに決め、頭の中で道筋を思い出す。何度か通ったことのあるその道は少し草木が茂って足場がいいとは言えないけれど、森で育った私には関係ない。なんせアンに野生児とお墨付きをもらったほどだ。整えられた道よりも土が剥き出して無造作に雑草が生えている地面のほうが私の足には合っているのである。



けれど...そんなにうまく物事は進まないもので。


池まで出れば後はその周りに沿って一本道を進むだけだった。けれど、少し進んだその先で目にはみえないけれど、何かの気配を感じた。別に殺意や警戒があるわけではない。ただただそこに潜んでいるだけの気配。

この道は使用人でさえ滅多に通らない道だ。故にこの道に人がいる事態珍しいのに、それに加えて更に隠れているのだから、なんだか怪しい。足を止め、気配を潜めて、潜んでいる気配の方へと近づいた。

そして気配がある木の影を覗き込むと、そこには...



っうわ。レイナント王子だぁ...嫌だなぁ。



レイナント王子がいる。

アンの腹違いの弟。アンと敵対して権力争いの中心にいる人。私の敵だ。


「誰だ!」


...っしまった。殺気がでちゃった。

さすがレイナント王子。僅かな気配にも気がつくほどには噂通り優秀でいらっしゃるらしい。

腰の剣に手を添えこちらを警戒しているレイナント王子に観念して両手を挙げ木の影から出て行くことにした。


「そなたは、確か兄上の...。

なんだ、私を殺しに来たのか」

「....はぁ」



真面目に聞いてくる目の前の人へ盛大な溜息をついた。不敬?そんなの知らない田舎娘だもん。そもそも、魔女だし。


「殺しませんよ。そんなことしたら王子が悲しむじゃないですか」


そう。アンは目の前の彼の死なんて望んでいない。きっと彼もそうだろう。兄であるアンセントが死ぬことを望んではいない。彼らの仲は寧ろ良好なのだから。

それを良しとしないのが、彼らの周りの人間達だった。正妃であるアンのお母様と、側妃であるレイナント王子のお母様、お二方に加えてその家同士が争っているのだ。彼らはそれに巻き込まれ矢面に立たされた被害者だった。息子をどうしても王にしたい側妃と自分達の血筋が王になる事を夢見る側妃の実家である公爵家。

攻撃されるから対抗する正妃と可愛い甥っ子を守る為に動く正妃の実家である公爵家、つまり隊長。

盛り上がるのは周りで、当の本人達は置いてけぼりで。それどころか巻き込まれて怪我までしている始末だ。本当に人間の世はいつでも不吉で不穏で深く澱んでいる。


「では、ここで何をしている!」

「離宮への近道ですので...っというか殿下こそここで何をーーーあ、その花の茎の結び方...恋のまじないですか?」


 っふとレイナント王子の足下を見れば澄んだ水色の薔薇と淡い桃色の薔薇が落ちていた。二輪のバラの茎の部分は棘が丁寧に切られており絡み合うように結ばれていた。


「こ、こ、これはっ、そのぉ..たまたま落ちて...そう!たまたま落ちているのを見つけただけだ。この薔薇のことなど私は知らぬ!」

「それ、結び方間違ってますよ」

「な!?なに!?本には確かにこう書いてあった筈ーーーっは」


 レイナント王子は剣に当てていた手を離して今度は自分の口へと当てている。しまった!というような顔をしたレイナント王子はやっぱりどこかアンに似ていて、兄弟なのだなぁと思う。


まじない...呪いは魔女の専売特許だ。今レイナント王子がしていた、結ばれたい相手と自身の瞳の色によく似た花を用意して茎を結ぶと恋が成就するというまじない。もちろん知っているけれど、結び方がかなり複雑でさらに魔力を流しながら編み上げていかなければならないので、人間にはまず難しいだろう。私なら出来ないこともないけれど、そこには手を出すつもりはない。この恋を叶える機会も資格も持ち合わせていないのだから。




「そなたはバカにしないのか?」

「何をです?」

「恋のまじないなど子供じみたことをいい年をした私がしているのを、だ。そんなものに頼る前に自分の力で振り向かせる努力をしろと」

「言いませんよ。だって、そんなことわざわざ他人に言われなくてもご自身で分かってらっしゃるでしょ?分かっていても頼ってしまうんです。願ってしまうんです。頼れるものがあるのなら、それが例え望みが薄いものだとしても叶える為に縋りたくなるのです。自分で精一杯努力していても叶わなくて、そんな時ほど何かに縋りたくなる時があるのだと知っています」


「そなた...それは暗に私の恋が叶わないと言っているのか?」

「いいえ、励ましているだけです」

「そうか、それならいいが」


励ましてるつもりだ。わたしの中では全力で。けれど、皇女はアンを選んでいる事を私は知っている。


私はこの目の前にいる王子がゆるせない。アンを襲った第二王子派の頂点にいる人だ。彼が首謀者じゃないと分かっている。わかっているのに...


だって自分の恋を必死に叶えようとひとりでこっそりとまじないをしているような可愛い人だ。けれど、やっぱりそこを割り切れないほどには私はまだ大人になりきれていない。だから、許せないけれど、この人の恋は叶ってほしいと思う。自分の恋に真っ直ぐなこの人が好きな人と結ばれてほしいという純粋な気持ちと、この人が皇女と結ばれてくれれば、アンは皇女と結ばれなくなると打算するどろどろの恋心。


「こんなに綺麗なのに...」


 目の前の人の顔を覗き込んで呟いた。

確かに髪の色は違うし、顔もアンの面影はあるもののあまり似ていないけれど、レイナント王子だってアン同様、綺麗な顔をしていると思う。それに瞳の色が一緒だ。

澄み切った青空色が星を散りばめたようにキラキラと煌めいている。素敵な瞳だ。それに澄んだ瞳はそれだけこの人がいかに純粋かを表している。

けれど、皇女はアンがいいのだろう。アンの方が好みと言っていた。


「もしかしてそなた...」

「はい?」

「私に惚れたか?」

「...はい?」

「励ましてもらっておきながら、申し訳ないが、私はヴィオラを愛している。其方の気持ちには...」

「いいえ、大丈夫です。惚れてません。勘違いしないでください。違います。間違ってます」

「じょ、冗談だ。そこまで否定しなくても..」


何て言い合いながら、笑って話した。

あぁ、こんな状況じゃなければきっと友達になりたい人だったなぁ。



「さて、こんなところで油を売っていては家臣達に怒られてしまう。そろそろ戻...ん?何の音だ」

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