第9話 女騎士と馬車


 瞳は真実を物語る。けれど彼の瞳は今、一枚の布の下に隠されている。第三者から本人が望んでいない畏怖の感情をぶつけられても唯一感情を表す彼の口元は微笑みを称えていた。彼をこうしてしまったのはわたしだ。悲しむことを奪ったのは私だというのに。私はまだ、私の楽園に縋り付いている。なんて愚かな魔女。







「王子ー。今日はいい天気ですね。絶好の討伐日和です!どうです?久しぶりの馬車は気持ちがいいでしょう?」



 馬車を動かすのは勿論私で、距離を置いて前後に今回の為に編成された討伐部隊の騎士が馬に乗って走っている。先頭には、魔術騎士隊第一班二班が。後ろには、騎士部隊二班が列を乱すことなく走りつづけている。

 騎士部隊は魔術特化型の魔術騎士とは違い剣技特化型の騎士で構成されている。騎士隊員は魔術はほとんど使わない。故に魔術への理解もそこまで深くはない。だから余計に怖いのだろう。

前方に走る魔術騎士達に比べて後ろを走る騎士部隊は私たちとやけに距離が開いている。

出発する前もそうだ。目隠しをした王子が馬車の窓からかすかにみえただけで短い悲鳴をあげる者もいた。それでも王子は笑ってた。"僕王子なんだけどなぁ"ってあっけらかんとして。


 アンはどんな気持ちだった?悲しいよね。寂しいよね。魔女が憎いよね。私のせいだよね。ごめんなさい。


「もう、最高!外がこんなに気持ちいいなんて、今までだったら気が付かなかったよ。窓が思い切り開けれたらもっといいんだけどねぇ」

「今は他の隊と距離が空いてますし、民家もほとんど抜けたので、窓開けて思いっきり美味しい空気吸っちゃってください!」

「え!ほんと?じゃあ、遠慮なく。〜スゥゥゥ」

「あ、肥溜め!」

「オェェェェ〜ッ」


普段は鼻が効くのに魔獣の気配が近くなってきたからか、鼻がどうもおかしい。お陰である意味新鮮な空気を王子に吸わせてしまった。


 そんなやり取りをしていると、前を走っていた騎士の一人が馬の速度を落としてこちらに近づいてくる。そのうち追いついてしまい御者席と並ぶ位置で並走するかたちとなった。


「もうすぐだね、メアリ」

「そうですね。ニカ先輩」


 肩の上で切り揃えられた艶やかな水色の髪を水のように滑らかに靡かせ隣を走るのは同じ隊に所属するニカ先輩だ。麗しい顔をした人でよく女性と間違われることが多いらしい。女の私としては美人羨ましい限りである。


「今回のダグナラには変異体が混ざっているらしいよ。ぜひ検体として実験室にお迎えしたいよねぇ」


魔術研究オタクことニカ先輩。空中を眺めて恍惚な表情を浮かべるニカ先輩は見惚れるほど綺麗なのに思い浮かべていることは、他所様に見せることのできないような事ばかりなので、今からダグナラが哀れに思えてくる。


「ぶ、無事捕獲できるといいですね」

「そうだね。

あ、そうだメアリ。次の休日空いてる?」

「次の休日ですか?」


次の休日かぁ。なんだったっけ?う〜ん...ルートンモッシュ?テニヤリ?どこのお店のお菓子食べたいって言ってたっけなぁ...あ。


「次の休みはトニトニのクロワッサンを買いに行こうかなと」

「トニトニ?」


 ニカ先輩が首を傾げたと同時に肩の上の髪がサラリと横に流れた。髪で隠れていた耳が微かに覗きピアスがシャラリと揺れる。それを何となく、みつめながら王子とのやり取りを思い出した。

以前、トニトニのクロワッサンをお渡しした時にまた食べたいって言ってたんだよね。



「僕も行ってもいい?トニトニのレッグパン大好きなんだよねぇ」

「個数教えてくれれば買ってきますけど?」

「えー、一緒に行こうよ。デートだよデート。それに、知り合いの薬草園のご夫婦が新しく店を開いたんだって。メアリ薬草好きでしょ?一緒に行こうよ」


薬草!?それはとても気になるよ、、是非とも行きたい!


「ほんとですか!?ぜひ、一緒にーーー」


っガタン


「ッぅわ」


突然馬車が大きくグラついた。別に地面が揺れたわけでも石を踏んだわけでもない。ということは


「王子、大丈夫ですか!?」


馬車の中で何かあったのかもしれない。慌てて馬を止めて王子に声をかける。もし、中で倒れていたら大変だ。


「いや、何でもないよ。ちょっと勢いよく立っちゃって。ごめんね」

「なんだぁ、脅かさないでくださいよ。いいですか、王子。走ってる時に動いたら危ないんですから、大人しく座っててくださいね」

「はーい」


まったく分かっているのかなぁ。

でもこういうところも可愛いなと思う。森でいた頃はなんでも知ってて優しくて大人な人だなって印象だったけれど、ここにきて二人で話すようになってからたまにでるこういう幼い一面がある事を知れた。そのことが擽ったくて嬉しい。


「全く、王子も奥手だよね」

「うるさいよニカ」

「これはこれは、失礼しました王子殿下」

「君、僕の呪いが解けたら覚えといてね」

「はいはい」


 ニカ先輩が王子が乗る馬車の窓部分へと移動し、窓を閉めた状態で何か話しているみたい。会話が全く聞こえないあたり、防音の魔術を張ってるのだろう。それにしても...ニカ先輩も平気なのだろうか?



「トニトニはまた今度にしようかな。薬草の店が気になるようなら地図を描いてあげるよ」

「分かりました。ありがとうございます」


 走り出せば、会話を終えたであろうニカ先輩は再びこちら側で並走し始めた。一緒にトニトニへ行く予定もどうやら都合が悪くなったらしい。まぁ、一人は慣れているし気楽でいい。それよりもやっぱり気になる事がある。


「あのぉ、ニカ先輩」

「ん?なに?」


今度は私が防音の魔術を張ってニカ先輩に問いかける。あんまり王子に聴かれたくないから。


「王子の事怖くないんですか?そのぉ...騎士隊の人達は王子の呪いに怯えているようですし...」


 私は、王子が呪いのせいで皆んなから恐れられていると思っていた。今回だってたしかに騎士隊の騎士達は皆んな怯えていたのだ。魔術騎士とは王子の話題はあまり口にしたことがなかったから、先日の隊長の気持ちを聞いて驚いたし、王子を恐れていないのだと知って安心した。

だから、ニカ先輩が王子に自ら近づいてくれて嬉しかったのだ。こんな質問をするのは王子には無礼だと思うけれど聞きたい。


「全然。寧ろ研究者としては、魔女の呪いだなんて興味の対象でしかないよ」

「そうですか...」


安心した。やっぱり怖がってなどいなかった。それを聞いて嬉しかった。それに、帰ってきた言葉が隊長と同じで少し可笑しい。けれど、やっぱりどうしても聞きたいことがあと、一つある。


「じゃあ、どうして王子の元に訪れないのですか?」


ニカ先輩はどうして王子の元へ訪れてくれないのだろう。


「近づいたら確かめたくなる気持ちが膨らんで扉を開けてしまいそうだからね。それで、万が一石になってしまったら傷つくのはアンセントだから。解呪の方法が分からない今、不用意に近づくことは出来れば避けておいた方がいいかなと思うんだ。

メアリ一人に任せてしまって申し訳ないんだけどね。ほんと感謝してるよ」


そっか。そうなんだ。


「...いえ、私が望んだことですから」



やっぱりニカ先輩にもちゃんとした理由があった。

 好きな人が自分のせいで周りの人達から恐れられるようになった。それが分かっているくせにその状況を自分の都合の良いように利用して甘えて、けれど、好きな人が人々から嫌われてほしくはなくてそれを他人に期待して。私は本当にどうしようもなく欲深い。

それが分かっていても、今はニカ先輩の言葉が嬉しくてたまらない。


もう、防音を解いても大丈夫だろう。

術を解除すれば数多の馬の蹄が地面を蹴る音と木々のさざめき、鳥達の鳴き声が耳に届く。


「だから、今は王子と世間話をしに行く暇なんてないんだよ。そんな時間があるなら、誰かさんがサボっているせいで回ってきた仕事を捌かないと」

「何か言った!?ニカ?」

「ん〜、上司の愚痴?」

「僕だってできる仕事してるでしょ!?」


その後は二人の和気藹々とした言い合いを聞きながら無事目的地まで到着した。


「さぁ、扉開けますよ王子」

「いやいや、待って。僕は行き同様誰もいない状況で自分で乗り降りするからね」

「乗り降りはいいとしても、その後単独行動はできませんよ?」

「するつもりだけど」

「はい?」


この王子様は一体何を言ってるんだろうか。ダグナラの群れがいる場所で単独行動なんて危険すぎる。


「ダグナラですよ!?」

「うん。知ってるよ?」

「王子一人で群れに襲われたらどうするんですか?」

「討伐するよ?言っておくけどメアリ、僕は目的をちゃんと覚えているからね?久しぶりの外出だからって浮かれきっているわけじゃないからね?」


 そんなの無茶だ。

今回の報告でダグナラは三十から五十体の中規模程度の群れと聞いている。この組まれた討伐部隊でぎりぎり討伐可能と推測できるくらいには厄介な相手である。それを王子一人だなんて無茶にも程がある。そんな危険な目に合わせる訳にはいかない。そもそも、この編成にも納得がいってないのだ。本来であればよっぽど魔獣討伐日が重ならない限りは余裕を持って編成部隊が組まれるはずなのに、今回は守るべき王子がいるにも関わらず、このギリギリな人数。

王子の実力が魔術師数人分だとしてもしばらく休んでいた彼を前線に立たせたくはない。

だから、今回の討伐だって目隠しをした彼をエスコートしつつ隣で私が彼を守るつもりだったのに。


「そんなのいけません!もし、王子に何かあったら...」


また、アンが傷つくところなんて見たくない。


「大丈夫、大丈夫。僕強いからさ」


そんな私の心配をよそにアンはヘラヘラと言葉を返してくる。


「いけません!王子は、今日は私のお姫様なんです。お姫様は騎士である私にエスコートされ護られていてください。私が姫を護ります!!」

「メアリ、僕の王子としての...いや、男としてのプライドが泣いてる.....」

「あはは。ほんといいね、メアリは」

「ニカ、笑ってないで説得してよ」

「はいはい」



 馬車の扉に向かって憤っている私の後ろでお腹を抱えて笑っているニカ先輩が目尻を拭いながら私の肩にポンっと手を置いた。

説得しても無駄だと睨みを効かせて振り返ればそこには、綺麗に微笑む先輩がいた。


「メアリ、さっきねアンセントに術を掛けたんだよ。だから、はやくダグナラを討伐してこないと彼の首が飛ぶよ?」

「・・・・は?」


だからね?っと微笑むニカ先輩の胸ぐらを掴んで揺らして、ちゃんと説明してもらえば、王子が一人でいけば、誰も自分に怯えず済み、尚且つ討伐による怪我人も一人も出さずに済むからと一人で行くことを自身で決めたらしい。けれど、それを言ってもきっと私は許してくれないだろうからと、少し危険な魔術をニカ先輩に掛けるように言ったのだとか。揺さぶられたお陰で目を回したニカ先輩の胸ぐらを離し馬車の扉を睨みつけた。


「王子ぃぃい!!」

「まぁまぁ、そう怒んないでよ。ほら急いでいかないと時間以内にダグナラ全部倒して帰ってこなくちゃ首がとんじゃうよ。さぁ、メアリ申し訳ないけれど、馬車を少し先まで進めてくれる?」

「あ、アンセント。変異種の検体持って帰ってきてねー」


結局納得のいかないまま、けれど王子の首は飛ばしたくないので渋々、馬車を少し先まで移動させて私だけがそこから離れる。

モヤモヤする。そもそもニカ先輩はなんでそんな複雑な設定の魔術を作ってしまうのだ。時間以内に全部討伐だなんてそんな.....ん?時間以内に討伐すればいいだけで、別に一人でだなんて言ってなかった。じゃあ、やっぱり私も一緒にーーーーっ!?


そのことに気がついて急いで振り返ってみたけれど、すでに魔術で馬車ごと霧に隠されてその先へ進むことは出来なかった。



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