第8話 魔女の思い出

ーーーーアンと会えなくなって三日目。



一昨日も昨日も今日も、鳩がお知らせに来てくれたのに、アンは一向に現れない。あの怪我をしていた日、また明日ねって笑顔で別れたのに。


最初は来てくれない少しの不満と会えない寂しさでいっぱいだった。けれど、流石に三日目となると何かあったのではないかと、心配になってくる。

だって、来れなかった次の日にアンは怪我をした姿で現れたのだ。

それからまた来なくなった。やっぱり今回も怪我をしてしまったのではないか。それでアンは来てくれないのかもしれない。その可能性に気がついてしまってからは、最悪の事態がいくつも思い浮かんでは消え、新たな可能性が思い浮かんではまた消えるを繰り返した。


結局この日もアンは来ず、家に帰ってベッドの上で考える。明日。明日も来なければ少しだけ...少しだけ瞳を使おう。

そう決めれば、目を閉じて眠り明日が来るのを待つだけだ。

そう思っていたのに結局目を瞑っても眠ることが出来ずに朝を迎えてしまった。やっぱり今日の朝も窓辺には鳩が止まってグルグルと鳴いている。

飛び起きて、いつもの朝の掃除洗濯を済ませ、急いで家を出た。縺れそうになる足を必死に動かして林檎の木を目指す。いつもより早めに着いたところで、結局一人で待つだけなのに、急がずにはいられなかった。

木に着いて、荒くなった呼吸を整えて根に腰掛ける。



どうかアンが来てくれますように...




そんな願いも虚しく結局いつもの待ち合わせの時間になってもアンは現れなかった。

そろそろ辺りがオレンジ色に染まる時間だ。

夜の森を一人で歩くのは怖い。だから、今日はもう帰ろう。


家に着いて、お風呂に入ってベッドへと横たわる。結局今日も会えなかった。


「分かってる。でも...少しだけ」


無闇に瞳を使ってはいけない。けれど、心配で仕方がないのだ。無事ならそれでいい。それでもう諦めるから。一度だけ...

そう何度も自分に言い聞かせながら、仰向けになりそっと目を閉じてその上に手を乗せた。

真っ暗な視界。その先に綺麗な青空の瞳を思い浮かべる。魔女は瞳で呪いをかける。一度見たことのある瞳ならば、思い浮かべるだけでその者を支配することができる。

けれど、そこまでアンにする気はない。少し視界を共有するだけだ。だけど...

集中しなきゃいけないのに視界を繋げた先に、あの綺麗な人がいたらどうしよう。そんな不安が魔法を揺らす。考えちゃダメだ。集中しなくちゃ。アンの無事が知れたらそれでいいんだから。そうやってなんとか自分に言い聞かせて心の揺らぎを落ち着かせる。そうしてやっと、閉じているはずの瞳の先に自分のものとは違う光景が映り始めた。


「な...にこれ...」


焦点が合わない。視界が激しく揺れ、赤が舞って光が散る。もう夜なのにまるで昼間のように辺りは明るい。

この光景は一体何?

全く状況が読めず、揺れる視界に酔ってしまいそうになる。これじゃあ、何が何だか分からない。

ごめんね、アン。

そう心で謝りつつ共有範囲を広げることにした。


「痛ッ!」


 共有を視界のみから五感へと切り替えた途端、肌の至る所から痛みを感じ、口の中は鉄の味で、何かが焼け焦げる匂いと荒い呼吸音。そして魔術を繰り出すアンの声と辺りから聞こえる人々の怒号。


心臓が早鐘を鳴らしている。なんでこんな状況になっているのか分からない。どうしてアンがこんなに怪我しているの?痛いよ。こんなのアンが痛いよ。どうしてアンにこんな酷いことするの?アンを傷つけたのは誰?






視界の先には、ローブを着た人達がアンと距離をとって立っていた。一方こちらはアンの両隣に同じくローブを着た男性が二人いるだけだ。おそらくこの二人は味方だろう。ということはこの目の前にいる人達がアンに酷いことをしたの?あの日のアンの顔と手の怪我もこの人たちが?

そうこう考えている間も痛みの範囲は広がっていく。アンの体が悲鳴をあげていた。


「殿下!」


 後ろから焦った声で誰かを呼んでいるのが聞こえる。それと共に視界が動き向きを変える。

"でんか?"ってなんだろう。どうしてアンが振り返るの?アンはアンセントでしょ?


「今はこちらが不利だ!君たちは下がっていろ!」


アンは後ろから来た二人の男性にそう言いつける。

この人達もアンの味方?でもこれだけじゃ少な過ぎるよ。こちらは四人しか味方がいなくて、相手はその倍以上はいるのに。

だってリーナが言ってた。いくら力があっても数には敵わないのだと。だから、アンがいくらすごい魔術師でも勝てない。それにこんなに怪我をしている。全身が焼けてしまいそうなほど痛くて熱い。やだよ。このままじゃアンが死んじゃう。


「まずい、君達は逃げろ!!」


突然、アンが叫び出した。

その瞬間目が潰れてしまいそうなほど、眩い光が襲いかかる。振り返れば、敵のローブ集団が一斉に杖を掲げーつの巨大な術式を織り上げていた。

だめ。だめだよ。なにこの力。こんな魔術アンに教えてもらったことない。知らない。なのに、これが危険なものだって分かるくらい肌が泡立ち始める。やめてよ。アンが死んじゃう。そんなものでアンを傷つけないでよ。だめ。許さない。許さない......





その時のわたしには少しの理性も残っていなかった。気がつけばアンの全てを支配して、彼の瞳を赤く染めた。アンに敵対していた者達の術式を破壊して力を奪い、そして石に変えた。

これで、助けられたと思った。これで、アンに平和が訪れるのだと思った。

けれど、その後その光景を目撃した者達の証言により、王の命によってアンは離宮に閉じ込められてしまった。


アンが本当に王子様だったなんて知らなかった。私はただ、優しい彼を助けたかっただけなのに...私が彼を閉じ込めてしまった。だから、私が彼を青空の下に帰してあげなければならない。私の責任で私の罪だから。




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