第6話 魔女と夜
夜が耽たころ、そっと外に出て壺を投げてしまった場所へと向う。壺は投げられ落とされたまま、数多の小さな欠片となって塩と一緒に散っている。辺りに人の気配が無いことを確認してその場にしゃがみ込んだ。
ごめんね...
散った壺へと指を向けてくるくると回す。地面に放り出されたカケラたちは次第に中央に集まり始め、パズルのピースを嵌めるようにピッタリと自分の居場所を見つけ元の形へと戻っていく。
リーナに言われていたのに...
"物は大切にしなさい。長く使うことで増える傷や汚れはその物が時を刻んで唯一になった証なんだ。壊れたからといってそれを新しく作り替えれば、それはもう以前の物とは違う、全くの別物になるんだよ。だから、何でも大切になさい。"
リーナに教えてもらった事は大切に守りたいのに。自分にいっぱいいっぱいで、心が暴れて抑えられない。
森で住んでいた頃は毎日が穏やかだったのに。
何も変わらずただ今日と同じ明日がくる日々を過ごしていれば心が波打つこともない。平和で空っぽで。心はいつも軽かった。けれど、アンに出会って友になり、恋と知って、でしゃばって彼を閉じ込めた。王宮に来て騎士になって沢山の感情を知った。心がこんなに重いだなんて知らなかった。知りたくなかった。
「森に帰りたい...」
なんで.....
魔女は迫害され疎まれ恐れられ、遠ざけられ存在を許されず息を潜めて生きるしかなかったのに。魔女ほどの魔力量を持つ皇女は望まれ求められ、大切にされ、その生を人々から尊ばれているのだ。
考えても仕方のない事だ。物事を全て理解しようなんて所詮無理なことで、そういうものなのだと受け入れなければいけないことの方が多いことくらい分かっている。それでも悔しくて悲しいのはきっとこの恋心のせいだ。
初めて会った時に皇女が言っていた。
第一王子と第二王子どちらでもいいのだと。ただ、強いて言うならばアンセントなのだと。
それを聞いて絶望した。
私はそれより前に彼女を知っていたから。
初めて彼女を見かけたのは王子と二人で仲睦まじく歩いている所だった。遠目から見ても美しい男女が並ぶ光景は神秘的で、住む世界がまるで違うのだと思った。その上、二人には二人だけの世界が既にあるのだと、そう思わざるを得なかったのだ。
二人は想い合っている。だから、私の初めての恋心は出る幕などないのだと。そう言い聞かせられていたのに...
皇女は彼を心から想ってはいなかった。
メリィには教えてくれる事のなかった好きな人がいるといる事実を、メアリには話してくれる。その声はいつも穏やかで真っ直ぐで、その声を聞くたびにいつも、あの美しい庭園で歩く二人の光景を思い出す。穏やかに皇女へと微笑んでいた彼の囁きもきっとこんな風に穏やかだったのだろう。
彼は閉じ込められた今でも皇女を想っているのに。それなのに彼女は、自分を想う人の住む宮の前で愛想のない言葉を残して走り去っていった。
悔しい、悔しくて悔しくて堪らない
どうして、王子は皇女を好きなのに皇女はその気持ちを汲んではくれないのか。
私の気持ちが報われないのなら、せめて王子の恋が報われてほしい。
そんな自身の気持ちと、
己の恋が報われないからと、それを他人に押し付けているお前はどこまでも身勝手だ。と冷静なもう1人の私が呆れている。
私は彼が好き。大好き。でも決してこの恋が報われる事はない。だって彼と何の隔たりもなく会えるのは最後の一回だけだから。
「アンに会いたい」
無意識のうちにそう呟いていた。
会おうと思えば何時でも会える。ただ、私の臆病がそれを邪魔しているだけだ。
耳に意識を集中させれば、宮の中から穏やか寝息がきこえてくる。
アンはすぐ側にいる。けれど、ここにいるのは囚われた王子で、誰よりも青空の下にいることが似合う彼を閉じ込めたのは私だ。私があの日彼に呪いを掛けた。
いや....違う。
あの時は確かに、只々彼を助けたいという純粋な心からだった。それを呪いに変えたのは今の私だ。
元の形へと戻った瓶を拾い上げて立ち上がった。最初は着慣れなかったこの騎士服もローブも随分と体に馴染んだ。それだけここにいるという事だ。
この討伐を終えたら全てを打ち明けて彼を解放しよう。だから...もう少しだけ貴方のそばに居させてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます