第18話
□博多の森陸上競技場・前
岡、福祉タクシーから車椅子の歩萌を降ろして、
岡「一人で大丈夫かい?」
歩萌「はい。ありがとうございました」
悟朗とコゴロウ、急いで歩萌のもとへやって来る。
歩萌、車椅子を動かしながら、
歩萌「ごめん、悟朗ちゃん。遅くなって」
悟朗「先輩、県大会出場決まりました!」
歩萌「本当!? おめでとう!」
コゴロウ「アン!」
歩萌「コゴロウちゃん」
コゴロウ、歩萌のそばに寄り添う。
悟朗、歩萌の車椅子を押しながら、
悟朗「黒崎君も百メートルで決勝まで残りましたよ!」
歩萌、微笑んでうなずく。
悟朗「もうすぐ決勝が始まります。コーチの弟も残っとりますよ」
歩萌「うん」
表情を引きしめる。
□同・百mトラック
決勝に残った選手達がスタートダッシュの調整をしている。
彪、観覧席を見上げている。
幸太、彪に近づいて、
幸太「歩萌ちゃん、見つかった?」
彪「……」
幸太「一途なんだね」
腕を伸ばしながらスタート位置に戻っていく。
彪、幸太のテーピングを巻いている足を見て皮肉に、
彪「その足でまだ余裕あんのかよ」
幸太、背を向けたまま、
幸太「あるよ」
彪、ムッとする。
× × ×
選手達がスタート位置につく。
4レーンに幸太、5レーンに彪だ。
× × ×
観覧席。
美幸、彪と幸太を見つめている。
離れた所で須藤も見ている。
□同・観覧席につながる通路
悟朗、車椅子の歩萌を押して行く。
放送の声「只今より、男子百メートル決勝を行います。一レーン、竹下君、香椎学園。二レーン、大橋君、城南学園……」
学校名を読み上げる度に歓声が沸く。
歩萌、胸の鼓動が高鳴ってくる。
歩萌「悟朗ちゃん、急いで」
悟朗「ふぁい」
急がせるが、通路の段差につまずく。
悟朗「大丈夫ですか、先輩!」
歩萌「う、うん。大丈夫…」
悟朗、車椅子を上げて段差を越える。
観覧席の入り口へ向かって行く。
まばゆい光と沸き上がる歓声が迎えるようだ。
□同・百mトラック
審判員がピストルを空に上げる。
審判員「よーい…」
選手達、構えて静止する。
辺りは緊迫とした空気だ。
瞳を閉じている彪。
『パン!』
見開く彪の瞳。
選手達、スタートブロックから勢い良く飛び出す。
ほぼ、同列に並んで走っていくが、先に幸太の身体が先頭に出る。
幸太、ぐんぐん他の選手達との差を開かせていく。
彪、幸太に引き離されないよう後に喰らいついていく。
しかし、その差は徐々に開いていくばかりだ。
彪のM「やっぱ、こいつ…すげえ!」
幸太の背中を必死に追っていく。
× × ×
観覧席。
美幸、五十mを越えた地点で一騎打ちになる幸太と彪を見て手に汗を握る。
× × ×
百mトラック。
幸太、後方の彪をチラリと見て、
幸太「……(表情を歪める)」
彪、グッと瞳に力を込める。
彪と幸太の差は徐々に縮まってくるが、残りは二十mを切った。
彪のM「くそぉ…追いつけねぇ」
諦めの表情が出たその時だ。
歩萌の声「アキラーッ!」
ハッとなる彪と幸太。
彪と幸太「……!!」
× × ×
観覧席から歩萌が叫んでいる。
× × ×
彪、幸太のスピードが緩んでいくのに気がついて、
彪「……!!」
一気に追いついて幸太と肩が並び、そしてわずかに幸太を交わしてフィニッシュ。
彪と幸太、ゴールして顔を見合わせる。
彪、肩で息をしながら、
彪「お前……」
幸太「……」
何も言わずに彪とすれ違う。
彪、血相を変えて、
彪「こんな勝ち方、嬉しくねぇぞ」
幸太、立ち止まり、
幸太「…インターハイ予選はまだ始まったばかりだよ。次の大会でまた勝負できるさ。だけど、僕は絆には勝てなかった」
彪「?」
幸太、悲しげな笑顔で立ち去る。
□同・観覧席
戻ってくる彪に、美幸、悟朗、コゴロウ、そして歩萌が迎えて待っている。
悟朗「黒崎君!」
美幸「おめでとう!」
コゴロウ「アン!」
彪、恥ずかしそうに、
彪「お、おう」
歩萌、彪を見上げて、
歩萌「彪…」
彪、歩萌を見つめる。
歩萌、ゆっくりと車椅子から立ち上がる。
彪「歩萌!」
微笑む歩萌。
歩萌、ゆっくりと彪に歩み寄って、
歩萌「お待たせ」
そっとはにかむ。
彪、唇を震わせながら、
彪「ありがとう……」
歩萌「なに、もう…」
彪の頭を撫でる。
彪、歩萌の前髪を掻き分けて傷痕を見る。
彪「ごめんな」
歩萌、うつむいて、
歩萌「…見えないように隠してるんだから、
見ないでよね」
彪「……」
美幸と悟朗「……」
彪、そっと歩萌の額にデコをあてる。
歩萌「あ……」
彪「ふさいでやる。今度は、俺がふさいでやるから……」
歩萌「…彪」
彪「お帰り、歩萌」
歩萌、幸せそうに微笑む―――。
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