第16話

□総合病院・廊下

  彪、キーホルダーを指で回しながら鼻歌交じりでリハビリ室の入り口前を通る。

幸太の声「ちくしょう!」

  彪、ハッとなってリハビリ室を覗く。


□同・リハビリ室  

  彪、入り口から覗くと膝をついている幸太の姿が見える。

  幸太、テーピングが巻いてある太ももを叩きながら、

幸太「時間がないんだ。休んでる暇なんてないんだ。今年が最後なんだよ。ちゃんと動けよ……」

  彪、取り乱している幸太を見て驚く。

彪「あいつ…」

  悔しがっている幸太の背後から、

歩萌の声「焦っちゃダメだよ」

  彪、歩萌の声に反応する。

  歩萌、車椅子で幸太に近寄り、

歩萌「安静にしていれば、また元のように走れるようになるわ」

幸太「違う! 僕は今年のインターハイに全てを懸けてるんだ。それなのにっ」

  拳を振り上げて太ももを叩こうとする。

歩萌「ダメ! 全てを懸けてるからこそ、もっと自分の身体を大事にしなきゃ!」

幸太「……!!」

  歩萌の顔を見上げる。

  歩萌、幸太にそっと微笑む。

  幸太、起き上がって、

幸太「…ごめん、ありがとう」

歩萌「一緒に頑張ろう?」

幸太「…強いね、歩萌ちゃんは」

  歩萌、幸太の手を優しく握る。

  幸太と歩萌、見つめ合う。

  彪、壁に背を向けて寄り掛かり、

彪「……(うつむく)」

  胸元でキーホルダーを握り締める。


□同・歩萌の病室

  歩萌、ベッドで手鏡を覗いている。

  額のガーゼをそっと取り外す。

  歩萌、深い傷の痕を指でなぞり、

歩萌「……」

  唇を震わせ、手鏡を床に投げる。

  

□同・中庭

  車椅子の歩萌、表情はどことなく暗い。

コゴロウの声「アン、アン!」

  歩萌、声に反応する。

  コゴロウが歩萌のもとへ走ってくる。

  歩萌、表情が明るくなって、

歩萌「コゴロウちゃん!」

  コゴロウ、歩萌の足元に寄ってシッポを振る。

  歩萌、コゴロウのあごを優しくなでる。

歩萌「キミは私のセラピードッグだね」

  悟朗、コゴロウの後にやって来て、

悟朗「先輩、調子はどうですか?」  

  歩萌、はにかんで、

歩萌「うん…まあまあ、かな」

悟朗「ふぁい……」

  歩萌、遠くを見据えるように、

歩萌「ねぇ、悟朗ちゃん。私ね、後悔はしてない。でもね、すごく悔しい」

悟朗「……」

歩萌「誰にだって、弱音を吐きたくなる時ってあるよね?」

  悲しげな笑顔を向ける。

悟朗「先輩……」

  噛み締めて歩萌を見つめる。


□油山・坂道(夕方)

  美幸がクロカン車に乗って坂道をゆっくり走行している。

  彪と悟朗、クロカン車の後を追って走っている。

彪のM「今は考えるな…前だけ見ろ」

悟朗のM「できる精一杯の事を」

  美幸、サイドミラーを見る。

  美幸、彪と悟朗を確認しながらメガホンをとって、

美幸「頂上まであと少しよ、ファイト!」


□同・展望台(夕方)

  福岡の街を一望でき、地上の星が満天に輝いている。

  きらびやかな星くずだ。

  美幸、彪、悟朗、この絶景を眺めて、

悟朗「綺麗カァ……」

彪「ああ」

  美幸、彪と悟朗に向かって、

美幸「どんな子もね、あの街のように、輝きで満ち溢れているんだよ」

  彪と悟朗、美幸を見つめる。

美幸「磨いて輝く石もある。磨いても輝かない石は割ってごらん? その中は輝きで満ちてるから。それぞれの輝ける舞台が誰にだってあるんだよ」

彪と悟朗「……」

  二人の表情が凛と引き締まる。


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