第12話

□総合病院・歩萌の病室・前(夕方)

  彪、廊下を歩いていく。

  幸太、歩萌の病室から出てくる。

  太ももに包帯を巻いて、松葉杖をついている。

彪「……! 春日幸太」

  幸太、彪に気付いて、

幸太「やあ」

彪「その足…何であんたが歩萌の病室に」

幸太、小さく微笑む。


□同・待合室(夕方)

  彪と幸太、隣り合って座っている。

幸太「ネエちゃんから聞いてさ。まさか、あんなことになってたなんてね……」

彪「なんで歩萌のこと知ってんだよ」

幸太「…キミが引き合わせた仲、なのかな」

彪「え?」

幸太「歩萌ちゃん、キミと一緒にまた陸上部

続けられるって。嬉しかったんだね」

彪「……」

  幸太、ポケットから学生手帳とペンを取り出して記入し、

幸太「その気持ち、受け取ってきなよ」

  手帳の紙を破って彪に渡す。

  彪、それを見てハッとなる。

  彪、立ち去ろうとするが、立ち止まる。

  彪、幸太に背を向けたまま、

彪「大丈夫なのか、その足」

  幸太、太ももの包帯を見つめて、

幸太「…たいした事ないさ。ただの疲労」

  はにかみ笑顔を見せる。

彪「…そっか」

  立ち去っていく。

  幸太、彪の背中を眺めながら、

幸太「弱み見せてたまるか……」

  拳を震わせている。


□スポーツ店・中(夕方)

  店員の原、シューズ箱を持ってカウンターへやって来る。

  彪、カウンターにいる。

原「お客さん、予定日が過ぎてもなかなか受け取りに来てくれなくてね。電話も繋がらないし。僕や店に来てた男の子にも聞いたりして、熱心に選んでたのに」

彪「……」

  シューズが沢山並べてある棚を見る。

  歩萌がシューズを手にとって、幸太と会話している情景が映る。

原「あ、引き換え書持ってます?」

  彪、ハッとなって、

彪「あ、いや。でも、頼まれて」

  ヒョウのキーホルダーを見せる。


□同・外(夕方)

  彪、シューズ箱を膝に置いてベンチに座っている。

  彪、シューズ箱を開ける。

彪「……!!」

  真新しい、黄色い陸上競技用スパイクだ。

  かかとの側面には『彪』の刺繍がある。

  『彪』の文字を指でそっとなぞる彪。

歩萌のN「あげる。付属品で貰ったの。名前も付けて貰ったんだよ」

彪のN「ふーん。何の?」

歩萌のN「へへん、内緒」

彪のN「何だよ」

歩萌のN「あ、外、曇ってるね」

彪のN「話そらすなよ」

歩萌のN「ほら、今にも雨が降りそうだよ。傘、忘れちゃったね」

彪のN「…もういいや。寝る」

歩萌のN「……すねちゃった」

  彪、唇を噛み締めて、

彪「……うぐ」

  涙が溢れ出る。


□海浜公園・砂浜

  ボールをくわえた子犬が浜を駆けている。

  小太りな雑種のコゴロウだ。

悟朗の声「こごろぉー」

  コゴロウ、振り返る。

  悟朗と美幸の姿が見える。

コゴロウ「アン!」

  悟朗のもとへ駆けていく。

  悟朗、やって来たコゴロウのアゴを撫で、ボールを受け取る。

  美幸、かがんでコゴロウの頭を撫で、

美幸「よーし、よしよし」

悟朗「ほら、行ってこい」

  ボールを遠くへ投げる。

  コゴロウ、お尻をフリフリさせながらボールを追いかける。

美幸「くぅ~、カワイイ」

悟朗「いやー、もう少し痩せさせんと」

美幸「あら、ご主人もじゃない?」

  悟朗、はにかんで、

悟朗「コーチぃ……」

  美幸、立ち上がり、張り切って、

美幸「さぁーて、私達も前へ走らなきゃ! 今日は砂浜練習よぉ」

悟朗「ふぁい!」

  美幸と悟朗に近づいていく彪の足。

  彪の足、立ち止まり、

彪の声「もう逃げねぇ!」

  美幸と悟朗、振り向く。

美幸「アキラくん」

  彪、きっとした表情で、

彪「しくじってばかりだけど…でも、これが今の俺だから!」

  美幸、彪を見つめる。

  彪、ぎこちなくも、笑顔を見せる。

  美幸、深くうなずいて微笑む。

  悟朗、満面の笑顔で彪を迎える。

美幸「黒崎アキラ! 前へ走るわよぉ!」

彪「はい!」

  彪、美幸と悟朗のもとへ走っていく。


□総合病院・歩萌の病室

  カーテンが穏やかな風でなびいている。 

  歩萌の安らかな寝顔。

  歩萌の指先が微かに動く。

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