第11話

□博多の森陸上競技場・外観


□同・砲丸投げ場

  悟朗、砲丸を肩に抱えて構え、

悟朗「ん……ダァーッ!」

  豪快に砲丸を投げ飛ばす。

観衆の声「おぉー(感嘆する)」


□同・観覧席

  美幸、観覧席に座っている。

  悟朗、ハツラツとした笑顔でやって来て、

悟朗「コーチ!」

美幸「お疲れ様! 素晴らしい投球だったわ。これからもっと伸びるわよ」

  握手を求める。

悟朗「ふぁい!」

  美幸の手をがっちりと握る。

  悟朗、美幸の隣に座って、

悟朗「コーチ。次、黒崎君ですね」

美幸「……」

  浮かない表情をする。

悟朗「コーチ?」

美幸「うん。よぉーし、応援するわよ!」

悟朗「ふぁい」


□同・更衣室

  彪、ベンチに座ってスパイクのピンを調整している。

  選手の室見と藤崎が更衣室に入って来て、

室見「おい、聞いたか? 今日、春日幸太が出ないみたいだぜ」

  彪、ピクリと反応する。

藤崎「マジかよ」

  彪、立ち上がり、

彪「おい! 本当か、それ!?」

室見「お、おう」

  彪、視線をそらす。


□同・メイントラック

  四百mのスタートラインにつく選手達。

  彪、6レーンにつく。

  そこに幸太の姿はない。

彪「……」

  レーンに構える彪、舌打ちをする。

  審判員、ピストルを空に上げ、

審判員「よーい……」

  『パン!』 

  いっせいに飛び出すスプリンター達。

  彪、もの凄いスピードでカーブを終えるまでに7、8レーンの選手を追い抜く。

    ×    ×    ×

  観衆がざわつき、その中の大野が、

大野「おぉー、あいつ、はえぇぞ!」

  美幸、ハッとなり、

美幸「いつもよりペースが速過ぎる……」

  立ちあがり、観覧席下まで駆け降りて、

美幸「ダメ、まだ抑えて!」

  手すりを握り絞める。

    ×    ×    ×  

彪のM「俺はなんのために……」

  最終カーブに差し掛かったところで異変が起き、接地した彪の左足に衝撃が走る。

彪「なっ!?(表情を歪める)」

  最後の直線で次々と抜かれていく彪。

  苦しい表情をする彪の後ろに最後尾の姿。

彪のM「くそぉ…なんで俺が……こんなんじゃ……」

  最後尾にも抜かれ、遠くなるライバル達。

  悲しそうな歩萌の顔がよぎる。

彪「はっ!?」

  ゴールライン、体勢を崩して転倒し、

彪「ガはッ」

  タータンに肩を打ちつける。

    ×    ×    ×

  観覧席の観衆、静まり返る。

美幸「アキラくん……」

  不安そうに唇をかみしめる。

    ×    ×    ×

  補助員のゆり子、彪に近づいて、

ゆり子「大丈夫ですか?」

  彪、肩を押さえて立ち上がろうとする。

ゆり子「あのぉ」

  手を差し伸べようとするが振り払われる。

  彪、肩を押さえながら、ヨロヨロとその場を逃げ去ろうとする。

  ドンッ。巨大な身体にぶつかる。

彪「いてッ……」

  ゆり子、ギョッとする。

  彪、見上げると、そこにはごつい肉体をした須藤が立っている。

須藤「……(サングラスから見下ろす)」

彪「……(硬直する)」

  須藤、彪の頭をつかみ、

須藤「おう、ちゃんと前見て歩けや」

  彪、息を呑む。

  須藤、彪とすれ違っていく。

    ×    ×    ×

美幸「須藤先生……」

  足早に観覧席を出る。


□同・競技場裏

  美幸、キョロキョロと辺りを見回る。

  芝生に座っている彪を見つける。

  美幸、彪に近づいて立ち止まり、

美幸「……アキラ君」

彪「なんで言わなかったんだよ」

美幸「え?」

  彪、カッとなって、

彪「あいつに勝たなきゃ…勝たなきゃ、俺が走る意味なんてねぇんだよ!」

  肩の傷を強く握る。

美幸「……(うつむく)」

彪「だいたい、必死に走ってなんの意味があるんだよ」

美幸「……(見上げる)」

彪「必死になっても…もうあいつは笑ってくれねぇ。だから走る意味なんて……もう俺にはねぇんだよ!」

  美幸、彪の叫びをグッと堪えるように、

美幸「……!! 馬鹿!」

  彪の頬をはたく。

  彪、頬を押さえて、

彪「てめぇ…教師のくせに」

  にらみつける。

  美幸、涙ぐみながら、

美幸「教師のくせに、何よ!」

彪「……!!」

美幸「意味なんていらないよ。あなたの笑顔…本当は走りたくて、好きでたまらないくせに。投げ出さないでよ」

彪「……(胸が締め付けられる)」

美幸「あの子だって…小倉さんだって、今のあなたを見ても喜ばない。幸太だって……」

彪「だからそんな事もういいんだよ! あんたにそこまで言われなくても…何がわかんだよ!」

  美幸に背を向けて走り出す。

美幸「逃げないで!」

  立ち止まる彪。

美幸「もう過去なんかに走らないでよ……」

  振り返る彪。

  美幸と歩萌が重なって見える。

彪「……!!」

  美幸、真剣な顔で、

美幸「勝てないことがカッコ悪いんじゃない。負けることが、カッコ悪いんじゃないよ」

  瞳にぐっと力を込め、

美幸「素直な自分と向き合わないことが、一番カッコ悪いんだから!」

彪「……!!」

  悔しさが込み上がり、唇が震える。


□道路(夕方)

  彪、バイクで走り抜けている。

彪のM「そう。何もかも上手くいかなくて…逃げてたのかもしれない」

  スピードを速め、

彪のM「自分の力じゃ、もう前に走ることなんかできやしないって」

  バイクを見つめて、

彪のM「このほうが、楽だから…って」

  唇を噛みしめる。

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