第9話

□総合病院・歩萌の病室(夜)

  窓の外では、雨が降り注いでいる。

    ×    ×    ×

  回想、横断歩道。

  雨の中、フロントガラスが傷ついているセダン車。

  額に血を流した彪、横たわる歩萌を抱きかかえて叫んでいる。

    ×    ×    ×

  彪、ハッとなる。

  ものすごい油汗と荒い呼吸だ。

  彪、ベッドのシーツを握りしめて、

彪「俺が急がせたせいで…くそぅ」

  額の傷に手をあて、歩萌の様子を見る。

  歩萌の様子に変わりはない。

彪「なあ、歩萌…どうしたら、また笑ってくれるんだ?」

  棚の上にある写真立てを見つめる。

  久山学園、校門前の写真だ。

  彪と歩萌が笑顔で写っている。

  彪、そっと瞳を閉じる。

歩萌のN「彪だったらね、高校生一のスプリンターになれると思うんだ」

  彪、きっと瞳を開いて、

彪「春日、幸太……」

  幸太の顔を脳裏に焼きつける。


□久山学園・グラウンド    

  サッカー部、野球部、テニス部と、活気に溢れていてにぎやかだ。

  美幸と悟朗、ランニングをしている。

美幸「いい、親指の付け根にあるボシ球を意識して。地面を押すように接地して。どんな競技にも体力は必要よ、悟朗君」

悟朗「ふぁい」

美幸「接地の瞬間を短く、弾むように」

悟朗「弾むように、ですか」

  美幸はそう快に軽やかな走りだ。

  一方、悟朗はボテ、ボテっと重々しい。

美幸「スプリンター。その語源はスプリング。バネからきているのよ」

悟朗「へぇ、そう、なんですか」

  汗を拭いながらうなずく。

    ×    ×    ×

  彪、グラウンドにやって来る。

  ランニングをしている美幸と悟朗を見つめる。

    ×    ×    ×

  美幸、悟朗のペースに合わせながら、

美幸「そして今、私達日本人に合った走り方も解明されてきてるのよ」

悟朗「ふぁい、なんかテレビでやってたのを…ええっと、手と足が一緒に出る」

彪の声「ナンバ走りだろ」

美幸と悟朗「?」

  美幸と悟朗、立ち止まる。

  彪、美幸と悟朗に近づいていく。

  美幸、腕を組んで、

美幸「あら、よく知ってるのね」

彪「あんなに走りにくそうなのにな」

美幸「あら、でも江戸時代までナンバはごく一般的な歩き方だったって説もあるみたいよ。ほら、着物を着てる時はナンバ歩きじゃないと都合が悪いでしょ? 着崩れとかして」

悟朗「なるほどぉ」

  美幸、動作をしながら、

美幸「でも、実際にこれを走りに活かすには、左足が前に出る時に左上体を前に出すって事がポイントかもね。手足を一緒に出すのはスピードが上がれば効率的じゃないし」

  彪、美幸をきっと見て、

彪「なぁ、あんたの弟の走り方……」

美幸「幸太と戦って何か感じたかしら?」

彪「…本当に強くなれるのか?」

美幸「それはあなた次第よ」

  彪、コクリとうなずく。

  美幸、微笑んで、

美幸「まぁ~、ナンパ男がナンバ走りするってのも、面白いんじゃない?」

彪「こ、この…」

美幸「何よぉ」

  彪と美幸、にらみ合う。

悟朗「二人とも、仲良く、仲良くっチャ!」

  二人の間に入って慌てふためく。

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