第2話

□博多駅・中(夜)

  駅内を行き交う人、人、人。

  帰宅ラッシュだ。

  販売店が人だかりで賑わっている。

  クロワッサン店には、行列ができている。


□同・外(夜)

  クロワッサンを頬張る青年。

  私服でツンツン頭の黒崎 彪(16)だ。

  クロワッサン入りの袋を持っている。

歩萌の声「お待たせ」

  彪、振り向く。

  小倉歩萌(18)、温厚な雰囲気の美人だ。

  彪、微笑んで、

彪「お帰り、歩萌」

歩萌「ごめんね。遅くなっちゃって。あ、クロワッサン。何、チョコ味?」

彪「おう」

歩萌「なんだ、私はポテトの方が好きなんだけどな。ね、一個ちょうだい」

彪「ポテトの方が好きなんだろ?」

  歩萌、唇をとがらせて、

歩萌「もうー、イジワル」

彪「ほら」

  ポテト味入りの袋を差し出す。

歩萌「さっすが」

  袋を受け取って満面の笑顔。


□電車・中(夜)

  彪、座席横の窓を見つめている。

  隣に座っている歩萌、彪の肩を叩いて、

歩萌「ほら、可愛いでしょ。コレ」

  可愛いヒョウのキーホルダーを見せる。

彪「へえ…格好良いスパイク履いてらぁ」

  黄色い陸上競技用のスパイクだ。

歩萌「あげる。付属品で貰ったの。名前も付けて貰ったんだよ」

彪「ふーん。何の?」

歩萌「へへん、内緒」

彪「何だよ」

歩萌「あ、外、曇ってるね」

彪「話そらすなよ」

歩萌「ほら、今にも雨が降りそうだよ。傘、忘れちゃったね」

彪「…もういいや。寝る」

歩萌「……すねちゃった」

  彪のあどけない寝顔に微笑む。


□歩道(夜)

  彪と歩萌、街灯が照らす夜道を並んで歩いている。

歩萌「ねぇ、彪」

彪「ん?」

歩萌「地面を滑るのって、どんな感じ?」

彪「え?」

歩萌「彪が走ってる姿はさ、地面を鮮やかに滑ってるみたいだから」


□歩萌の回想(博多の森陸上競技場)

  中学時代の彪、ユニフォーム姿で百mトラックを走り抜けている。

  どの選手よりも速く。

  歩萌、観覧席から彪を見つめている。


□回想戻って・歩道(夜)

  歩萌、思い返すように瞳を閉じながら、

歩萌「ずっと不思議に思ってた」

彪「ふーん」

  歩萌、彪をのぞき込むように見上げて、

歩萌「強豪校の百道学園からの推薦もあったのに、私と同じ普通の高校選ぶんだもん。でもさ、また一緒に走れるね!」

  彪、顔を赤くして視線をそらし、

彪「置いてくぜ」

  足取りを速める。

歩萌「ちょ、ちょっとぉ。何よ、急に」

彪「だって、雨降りそうじゃん」

歩萌「そうだけど。もう少し相手の事考えてよね。夜道なんだから」

彪「なんだ、怖がりだなぁ」

  歩萌、ふて腐れて、

歩萌「だから彼女もできないんじゃないの?」

彪「はぁ?」

歩萌「ま、幼馴染にも優しくできないんじゃねぇ~。できない、できない」

彪「か、関係ないだろ」

歩萌「お前には」

彪「なっ」

歩萌「決まり文句だもんねー、ソレ」

彪「この、調子乗るな…」

  拳を上げる。

  歩萌、彪の頬にストレートパンチ。

彪「イッテェ。本気かよ」

歩萌「あまーい。年上に歯向かうんじゃない」

彪「…俺は、このままでいいんだよ」

  歩萌、彪に背を向けて、

歩萌「ふーん。素直じゃないんだから」

彪「何だよ」

  歩萌、振り返り、

歩萌「うーうん。なんでもない」

  空からパラパラと雨が降り出す。

彪「ああ、降ってきた。ほら、いくぞ」

  歩萌に手を差し出す。

歩萌「はーい」

  笑顔で彪の手をにぎる。


□国道(夜)   

  黒いセダン車が走り抜ける。

  ファンキーな音楽が流れている。

  中年男、泥酔している様子だ。

  小さく蛇行していくセダン車。


□歩道(夜)

  彪と歩萌、駆けて行く。

  横断歩道の青信号が点滅する。

彪「待ってたらずぶ濡れだ。渡ろう」

歩萌「う、うん」

  足取りを速めて横断歩道を渡る。

    ×    ×    ×

  セダン車、スピードを緩めることなく横断歩道へ突っ込んで来る。

  彪と歩萌、ハッとなる。

  二人の手が強く握り合う。

歩萌「彪、危ない!」

  とっさに彪に飛びつく。

彪「……!!」

  鳴り響くタイヤの摩擦音。

  『ズバッ!』暗幕。

  光の刹那が走る―――。


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