書店-4
このタイミング、この内容。
今までの被害者は、みんな店に来る時間帯や曜日がバラバラだった。
店の常連が書き込みをしている可能性もあるけど、そんなに四六時中店に来ているお客さんなんていない。
私には、内情を知っている従業員が書き込んでいるようにしか思えなかった。
高田くんは普段通り勤務している。
店では、暗黙の了解のように誰も事件の話は口にしなかった。
私もあれ以来、あの掲示板を見る事はなかった。
余計なことは考えずに警察に任せておこう、そう思っていた。
通り魔事件の犯人がまだ捕まっていないこともあり、町の人々は心なしか外出を控えるようになっていた。
店も客足が減って、かつてないほど穏やかな時間が日々流れていた。
売り上げは落ちているが、これが本来の書店の姿ではないか。
本を求める人が静かに吟味して代金を支払って帰って行き、店員は本と人との出会いを手助けすることが仕事であると実感できる、そんな理想の店が今ここにあるのではないか。
もし、クレーム駆除センターという会社が存在したとして、悪い事ばかりではないのかもしれない。
そんな風に思うようになっていた。
ある日、高田くんと私、社員2人で閉店作業をしていると、いつもの交番の警察官といつかの刑事がやってきた。
2人の姿が目に入った瞬間、私は日常が崩れ去るような不安を覚えた。
平和な日々で忘れかけていた、漠然とした不安を。
「店長さん、こんばんわ。閉店間際にすみません」
いつもの警察官が申し訳なさそうな笑顔で近づいてくる。
隣の刑事はずっと無表情だ。
「こちらの社員さんの、高田さんって今日いらっしゃいますか?」
私の心臓は跳ね上がった。
「レジで精算してますけど…」
「ちょっとお話聞かせていただきたいんですが、いいですか?」
顔は笑顔だが、有無を言わせない圧が声にこもっていた。
私は何も言えず、2人を店内に通した。
刑事の方が足早にレジに近づき、懐から出した警察手帳を掲げた。
「高田さんですね。警視庁の一条です。連続通り魔事件についてお伺いしたいことがありますので、署までご同行願います」
高田くんは顔置あげずに、清算業務を続けていた。
「ちょっと待ってもらえますか。これやっとかないと店長1人じゃ大変なんで」
高田くんは微笑んでいた。
5分ほど経って作業を終えた高田くんは、警官2名に向き直った。
「僕が、何をしたんですか?」
口元は笑顔だが、目に感情は籠っていなかった。
刑事、一条は少しため息をついて言った。
「店長さんがいらっしゃるので言及は控えようと思っていましたが、しらばっくれるなら言いましょう。あなたには殺人の容疑がかかっています」
ぼんやりと感じていた予感が、最悪の形であたってしまった。
「なぜです?証拠はあるんですか?」
高田くんは無邪気な顔で首をかしげた。
「1人目の被害者の衣服から、本人でも家族のものでもない毛髪が見つかりました。また、犯行時刻直前に4人目の被害者の殺害現場の近くの防犯カメラにあなたの姿が映っているんです。凶器は見つかっていないので、我々はあなたの家にまだあると考えています」
高田くんはそれでも表情を崩さない。
にっこりと笑って続きを促した。
「それに、ある掲示板の書き込みが、別のサーバーを経由していましたが、あなたのスマホから書き込まれたものと判りました。状況的に従業員でないと知ることは難しい情報です。少なくともあなたはこの事件に肯定的だということがわかります」
「僕じゃないですよ。掲示板見たんでしょ?あの業者がやったんですよ」
彼の顔にはずっと笑顔が張り付いたまま、仮面をつけているような顔になっている。
言葉にも血が通っていない。
ここにいるのは本当にあの高田くんだろうか、そんな錯覚に陥る。
「否認するつもりですか。間もなく家宅捜索の令状が出ます。そしたら証拠も出てくるでしょう」
家宅捜索、そんな言葉が出ても高田くんの表情は崩れない。
「仮に証拠が出たとして、それが僕の意思かあの業者の意思か、そんなことはわからないですよ。あの会社は今までも超自然的な力で人を殺している。今回もそうですよ。あの業者が、クレーマーを探し出して消してるんだ」
私には彼の言っていることが何一つ理解できなかった。
「僕は逮捕されても構わない。あのクソ客共が地上から消え去っただけで満足だ。僕一人消えたところで、これからもっと増えていくでしょうね。クレーム駆除センターは、僕たち働く者の救世主だ」
高田くんは呆然と見つめる我々を見て、声を上げて笑い出した。
「こんな事言われるなんて思いませんでしたか?もう一回言いましょうか?これは僕の仕業じゃない。あの業者が僕にやらせてるんですよ!これを世に知らしめてください!そうすればクレーマーは怯えて過ごすことになるでしょうね!」
そう言って、また愉快そうに声をあげた。
警官2人は怪訝そうに顔を見合わせると、懐から手錠を取り出した。
「今のは自白ですか。危険思想が垣間見えるため拘束させていただきます。とにかく署までご同行を…」
メシャッ
その時、高田くんの立つカウンターの方から、何かがひしゃげたような音が聞こえた。
高田くんを見ると胸のあたりがへこみ、口から血を流している。
「え…」
次の瞬間、首や腕があらぬ方向に折り曲げられ、高田くんの姿はカウンターの奥に消えた。
我々が覗き込むと、高田くんは全身折りたたまれたように小さくなっており、1ミリたりとも動かなくなっていた。
プルルルル
急に店の電話の着信音がなった。
この時間に鳴るはずもない電話。
私にはそれが酷く不気味なものに聞こえた。
プルルルル
「店長さん、電話に出てください」
刑事が電話を見つめながら言った。
「え、今それどころじゃ…」
「いいから早く出て!スピーカーにしてください」
私は訳も分からず受話器を取り、スピーカーボタンを押した。
『お世話になっております。クレーム駆除センターのムクイと申します』
クレーム駆除センター
その言葉を聞いた途端、私の全身から血の気が引いた。
『夜分遅くに申し訳ございません。この度は、弊社の名を語った者がご迷惑をおかけしたとのことでご連絡させていただきました』
こちらの返事も待たずに、合成音声のような声が一気に捲し立てる。
『お店、特に店長さんには心身ともにご負担をおかけしました事、心よりお詫び申し上げます。今回の件は弊社とは無関係でございますが、弊社の影響を受けてしまった者の仕業との事で、責任を持って駆除させていただきました。お店にはご迷惑がかからぬよう、なるべく汚れない方法で駆除させていただきましたがいかがでしたでしょうか。また、悪質なクレーマーが出た際には、ぜひとも弊社にお任せいただけますと幸いです。それでは失礼いたします』
要件を言い終わると電話は一方的に切れた。
あまりにも非現実的なことが起こり、私はこんなあらぬことを考えていた。
さっきの人、どこで息継ぎしてたんだろう。
それから数週間、店は休業となり、高田くんの起こした事件と高田くんが亡くなった現象の検証が行われた。
通り魔事件の凶器は、なんと店のロッカーに保管されていた。
警察は一応、高田くん以外が犯人の線も捜査しているらしいが、あの日の自白ともとれる発言があったため、ほぼ犯人で間違いないだろうとのことであった。
あの日の件は何度も現場検証されたが、どうやって高田くんが殺されたのかの説明はつかずじまいであった。
防犯カメラの映像から私に容疑がかかることはなかったが、あまりにも不可解すぎるため報道はされなかった。
「あの掲示板は警察が餌として撒いたものです。本物の情報を収集するためのものでした。今回は模倣犯の書き込みでしたが」
刑事さん、一条さんは事の顛末を教えてくれた。
「やっぱりあの業者は…」
「ええ実在します。それもトリックではなく、超自然的な能力で人を殺す術を持った何かです」
私はあの時の光景を思い出してぞっとした。
あんなことができるモノが近くに存在するのだ。
一条さんは、ここ最近あの業者を追っているらしい。
もしかすると接客業のネットワークで情報が入ってくるかもしれない。
その時は必ず連絡すると私は約束した。
「あの業者は、弱っている人につけこむ悪魔です。店長さんはその誘惑には負けないでください。どんなに理不尽な客でも、知らずに依頼してしまった人間は必ず罪悪感に苦しみます。どうか、そうならないでください。今回の事も」
そういう一条さんは、苦しそうな表情で遠くを見つめていた。
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