書店-3

クレーム駆除センター


私はその日帰宅してから、その言葉を検索し続けた。


クレーム 駆除 センター


検索すると山のように出てきたのは、理不尽なクレームに悩まされるサービス業従事者の悲痛な叫びばかりであった。


『都市伝説のようなものですよ』


あの日、高田くんはそれしか教えてくれなかった。

どんな都市伝説なのか、どこでそれを知ったのか。


―明日から使える!しつこいクレームの対処法

―【ネタ】実際に言われた酷いクレームまとめ

―今日受けたクレームが理不尽すぎる件についてww


ブラウザを眺めて出てくるのは、どれもこれも酷い内容だがよくある話で、都市伝説とは無関係のようであった。


そんな中、一つの掲示板の書き込みが目に入った。


―悪質なクレーマーを抹消してくれる神業者出現


私の意識はその書き込みに吸い込まれた。


詳細を見ると、中にはさらにリンクが張られてあって、

『心当たりのあるかたはこちらまで』

と書かれていた。


リンク先も掲示板になっていて、薄いブルーの背景に濃い青の文字で掲示板タイトルが記されていた。

『クレーム駆除センター 情報収集板』


私の心臓は跳ね上がった。

クレーム駆除センター。高田くんの言っていた名前と同じだ。


掲示板の説明はこのように書かれていた。


―こちらは、謎の悪徳クレーマー征伐業者『クレーム駆除センター』についての情報収集用掲示板です。

この業者は悪か正義か。少しでも情報をお持ちの方は書き込みお願いします。


掲示板には無数の書き込みがあり、その多くは業者についての情報というより、各々意見を好き勝手書き込んでいるようであった。


―眉唾。本当にそんなのあるなら報道されてる。

―うちの店にも来てくれ!糞客滅殺!

―本当ならってほしい客いんだわ。○○店に水曜16時くらいにいつも来るから駆除よろ。


同情を禁じ得ないが、見ていてあまり気持ちのいいものでもない書き込みが連なっている。

しかし、その中の1つの書き込みを見た瞬間、私は心臓をつかまれたような感覚に陥った。


―○○市の連続通り魔事件、この業者の仕業らしいよ。ソースは俺。被害者本屋の迷惑常連。


私は反射的に画面を閉じた。

手先が冷たくなり、心臓は異常に跳ねていた。

何故、あの事件の事が書き込まれているのか。

何故、被害者がうちの常連だった事を知っているのか。


高田くん何か関わっているのでは。

そんな不安をぬぐうことができなかった。



私は次の出勤前、店の最寄りの交番に寄ることにした。

いつも店で何かあった時に駆けつけてくれる、顔見知りの警察官に掲示板の事を相談するためだ。


交番に行くと、いつもの若い警察官とスーツの男性がいた。

確か、1件目の事件の時に防犯カメラを確認しに来た刑事だ。


「あ、店長さんこんにちは。今日はいかがされましたか?」

交番に入るなり、警察官が声をかけてくれた。

隣で話をしていた刑事も振り向く。


「お忙しい時にすみません。ちょっとご相談したいことがありまして」

私は、では、と言って立ち去ろうとする刑事を引き留めた。

「この前の事件の話です」


私は掲示板の事を2人に話した。

高田くんから聞いたというのは伏せて、お客さんが話していたから気になって調べた、ということにして。


話を聞き終わった刑事から発せられたのは意外な言葉だった。

「我々もこの掲示板の事は把握しています」


私は愕然とした。

警察がこの書き込みを知っている?

やはりこの業者は実在するのだろうか、高田くんが関わっているとしたら罪に問われるのだろうか、他のお客さんも狙われるのだろうか。

そんなことが一瞬で頭の中を駆け巡った。


「店長さん、少し失礼な事をお伺いしますが、店の従業員の中でこの件に関わっている、もしくは業者に駆除を依頼している方に心当たりはありませんか?」

射貫くような刑事の言葉で我に返った。


「い、いませんよ!そんなスタッフ、うちには。みんないい方です」

心たりはある。しかし咄嗟に嘘をついてしまった。

一緒に働くスタッフの誰かが関与しているなどと、どうしても信じたくなかった。


「そうですか。それは失礼いたしました。また何かあればいつでもご連絡ください」

そう言って無表情のまま刑事は立ち去った。



第3の事件が起こったのはその次の週であった。


被害者は、雑誌の付録のクレームを入れる、あの女性客であった。


数週間前、その人が最後に来店して少ししてから、店には妙な客がポロポロと来るようになっていた。


「読んで面白くなかった本は返品できるキャンペーンをやっているって聞いたんだけど」

そういって購入した本とレシートを持ってくる、中年の女性客が複数訪れたのだ。


最初は何かと勘違いしているのだと思い対応していたが、同じような客が2~3人訪れた時点で何かがおかしいとなった。


4人目に来た客は購入前にレジでスタッフに声をかけてくれた。

そんなキャンペーンはやっていない、と言うと「やっぱりそうよね」といって笑っていた。


「おかしいと思ったのよ。そんなキャンペーンやってたら、みんな返品しにきちゃうでしょ?さすがにそんなお店の大損になることはしないんじゃないかと思って」

自分もスーパーでパートをしているという女性は、そんなうまい話ないわよねー、とおかしそうにしていた。


「お客様、大変失礼ですがどこでそのような話を聞かれたのですか?」

私は真相究明の為に思い切って聞いてみた。

そんな噂が流れ続ければ、店は迷惑でしかない。


「いやねえ、主婦友達というか、友達でもないんだけど近所の人がね、ここの常連らしいのよ。その人が言いまわってたのよ。その人、雑誌の付録を失くしたっていったら新しいのに取り替えてくれた、とか、前も返品させてくれた、とか自分の都合のいい事ばっかり言ってたから、キャンペーンって言われても本当かなと思って」


反射的にあの人だと思った。

これって営業妨害ではないのだろうか。

警察への相談も視野にいれて、噂の発信元の苗字と住まいの町だけ聞くことにした。

これだけなら個人情報に引っかからないし、教えてくれたお客さんも口調からしてそんなに仲良くはないみたいだったので、あっさりと教えてくれた。


次に来店した際には店長から厳重注意、抉れるようだったら警察を呼ぶこと。

全スタッフに通達して備えていたが、次の来店は叶わなかった。



3件目の事件、4人目の被害者が報道された次の日、私は再びあの掲示板を訪れた。

何の書き込みもあってくれるな、そう祈りながら画面をスクロールしていたが、その願いは数秒で挫かれた。


―○○市通り魔事件、4人目の被害者も悪質クレーマー。業者仕事してるわー。





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