書店-2
まさか、あの後亡くなっていただなんて…。
件の事件は通り魔事件として、近辺の住人を不安の渦に陥れた。
1週間経っても犯人は捕まらず、近隣の小学校では集団登下校がおこなわれるまでだった。
私はというと、妙な罪悪感に駆られていた。
嫌な客だったとは思うが、亡くなってハッピーになるほどではない。
あのポスターが無ければ、タイミング悪く通り魔に襲われる事もなかったのかもしれない。
「店長、まだ気にしてるんですか」
私がため息をついていると、出勤したばかりの高田くんに見咎められた。
「言ったじゃないですか。店長含め、うちの店は何も悪くないって」
彼は事件翌日からそう言って励ましてくれている。
「ありがとう。でもなかなか切り替えられなくてね」
高田くんは苦笑いをした。
「お人よしなのは店長のいい所ですけどね」
「ありがとう。店長の私が引きずってちゃお店回んないね」
ハハ、と高田くんが笑ったので、私もつられて笑った。
「そうですよ。それに、あのお客さんも自分が蒔いた種でああなったんですから、自業自得ですよ」
私は少し固まった。
高田くんは笑顔だ。
今の言葉はどういう意味だろう。
普段の高田くんからは出てこないような言葉だと思った。
事件があってからも店の客足は減ることがなく、むしろ夜の時間帯の客数が減った分、昼間に混雑するようになった。
「ねえ!この雑誌付録がついてなかったんだけど!」
五十がらみの女性客が、化粧品のサンプルが付録についている雑誌を持ってやってきた。
この客もよく来る厄介な客だ。
「お客様、レシートはお持ちでしょうか?」
パートのスタッフに代わり、私が対応した。
「あるわよ。無かったら交換できないってこの間言われたもの」
この客は今まで何回も返品や交換の要求をしてきた。
なので、それなりに対策をしている。
財布から出てきたくしゃくしゃのレシートを見ると、
『付録確認済み』と裏に書いてあった。
「お客様、付録の有無はご購入時にスタッフが確認しております。お持ち帰りの際に紛失されたのではないでしょうか」
私がレシートの裏の文字を指しながら伝えると、相手は不機嫌な顔になった。
「私が失くしたっていうの?」
そう返ってくるのは想定済みだ。
「必要であれば、防犯カメラの映像も確認しますが。付録も一緒に購入されているところが映っていると思います」
私がそういうと、相手はコロッと態度を変えた。
「あ、そう。じゃあ家にあるかもしれないわね。探してみるわー」
そう言って、雑誌を手に帰っていった。
「私、あの人初めて会いました。顔覚えておきます。いっつもあんな感じなんですか?」
最初に対応してくれたパートの吉田さんが、信じられないといった様子で言った。
「ええ。最初はだいぶ手を焼きましたが、対策さえしていれば大人しく帰って行きますよ」
そう。ここまで来るのに紆余曲折があったのだ。
先ほどの客は、2年前くらいからこの店に来ている。
やはり最初も先ほどと同じように、婦人雑誌の付録がついていなかったとクレームを入れてきたのだ。
最初は謝罪して付録がついているものと交換したが、どうも同じ客が2~3週間に1回、『付録がない』と来店している。
加えて、店内で付録だけが余っているということも無かったので、どうも怪しいとなった。
「お客様、大変申し訳ございませんが当店ではご購入の際に付録の有無を確認している為、一度お家にないかご確認いただけないでしょうか」
この客以外にも稀に付録の欠損は起こるので、レジでの確認を強化した矢先であった。
くだんの客が数回目の付録抜けクレームを入れにやってきた。
「なにそれ!!私が勘違いで店まで来てるって言うの!?」
客は烈火の如く怒ったが、その後はしばらく店には来なかった。
こういった客は店側が自衛するしかない。
その後は、この客の顔をスタッフが覚え、会計時に付録などがきちんと付いているか確認するようになった。
その後も度々本の返品や付録についてクレームをいれてきたが、毎度なんとか追い返している。
「あのお客さんはまだ申告してくれるだけマシですよねー。付録だけ何回ももらおうとするなんて万引きと変わらないですけど」
吉田さんは辛辣だが、確かに万引きとそう変わらないかもしれない。
ただ、万引きの方はもっと深刻だった。
休日の昼間の客足が増えると、例の万引き大学生を見る機会も多くなった。
そのたびに警戒するのだが、本人は特になにもせずに帰って行く。
しかし、その日の終わりに新刊コミックなどの冊数を確認すると、きまって在庫数と合わない。
スタッフの目の届かないところでやられている。
相方の方はまだ顔を確認できていないのが痛い所だ。
そんなこんなで、人々から通り魔事件の記憶が薄れたころ、第二の事件が起こった。
『昨日未明、○○市内にて男性の遺体が発見されました。亡くなったのは市内の大学に通う18歳の学生。県警は先々月に同市内で起こった刺殺事件と同一犯とみて捜査を進めています』
朝のニュースを見て私は血の気が引いた。
映っていた写真は、うちの店で万引きをしていた学生のものだった。
これは偶然なのだろうか。
確かに市内でうちの店に来た事のある人はかなり多いだろう。
しかし、店員に覚えらえるようなことをしている2人が偶然同じ犯人に殺されるなんて…。
出勤して、副店長の加藤さんに事件の事を話すと、ニュースを見ていなかったようで、かなり驚いた様子だった。
「でも店長、きっと考えすぎですよ。もしかしたらうちのお客さんってこと以外に共通の何かがあるかもしれないですし。あったとしても、うちの店は無関係です」
それからは、物騒ですね、とか、早く犯人捕まるといいですね、とかそういったごく一般的な話に逸れていった。
やはり私の考えすぎか。
考えたところで私にできることは何もないのだ。
お客さん1人1人に、気を付けてくだい、などと言うわけにもいかないし。
次の土曜日、その日はバイトの立花さんがシフトに入っていた。
「店長、ニュース見ましたか?」
立花さんは深刻な顔をして話しかけてきた。
「確か立花さん同じ大学だったよね。学校大変じゃない?」
確か大学にも取材が行っていたはずだ。
先日みたワイドショーを私は思い出していた。
「そうなんですけど、あの後もう一人被害者が発見されたじゃないですか。あの人もうちの大学生だったんです」
そうだった。
事件の次の日にももう一人遺体が発見され、被害者は2名となっていた。
「そういえばそうだったね」
私は1人目に気を取られて、2人目はあまり気にしていなかった。
知っている人でもなかったし。
「あの人、うちのゼミの先輩の友達のサークルの後輩らしいんですけど、2人組の万引き犯のもう一人だったらしいんです。先輩が私のバイト先って知って教えてくれました…」
私は頭を殴られたようだった。
被害者は3人ともうちのお客さんだったのだ。
私はその日、できるだけ事務仕事をして過ごした。
ちゃんと接客ができる自信がなかったのだ。
気にし過ぎと言えばそうかもしれない。
このお客さんが来なければどれだけ助かるか、と思った私の願いが届いたような気がして、とても居心地が悪かった。
「店長大丈夫ですか?」
休憩に入りに来た高田くんにまた心配されてしまう。
「ごめんね、やっぱり気にしすぎちゃって…」
「店長が気にする必要はないですって。全部あの人たちの自業自得ですから」
その言い方に違和感を覚える。
「高田くん、この前もそれ言ってたけど、なんでそう思うの…?」
高田くんはにっこりと笑って言った。
「店長、『クレーム駆除センター』って知ってます?」
彼は、見たことの無いような顔をしていた。
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