35 始祖の乙女と七つの国

 突然の申し出に、私は少し驚いた。

 そして、そういえば村を出て以来、『友達』と呼べる人は、誰もいなかったなと振り返る。

 一緒に過ごすノアラークのみんなは、友達というより、『家族』や『仲間』といった感覚に近かった。

 

 ララの明るく素直な性格は、私にとって、とても好ましいものだった。久しぶりに感じる『友情』に心がくすぐられるようで、少し照れながらも私は「……うん」と返事をする。

 すると、ララは年相応な、満面の笑みを浮かべる。それはまるで、この国を照らす太陽のように眩しかった。


 「シャリフお兄さまたちにも許可をもらっていますから、これからニコラは、皆様のお仕事が終わって出発するまでの間、私と遊んで過ごしますわよ。お互いに、やりたいことや夢について、色々語り合うのですわ!」


 ララは期待に満ちた表情で、私の隣に詰めて座り直す。そして、自分の飲み物を手に取り、一口飲んだ後に、「ふぅ」と小さく息をついた。

 その表情には、緊張から解放されたような安堵が浮かんでいて、彼女が勇気を出して、この話をしたくれたのだろうことが伝わってくる。

 そんな彼女の姿を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなり、心の底から嬉しくなった。


「私は先程話しましたけど、ニコラには何か、夢とかないんですの?」


 その問いに、ドキッとする。

 痛いところを突かれたなと、私は少し苦笑いを浮かべながら答えた。


「うっ……実は、まだよく分からなくて……。早く見つけたいとは、思ってはいるんだけど……」

「あら、そうだったんですの? シャリフお兄さまたちから、『ニコラは魔力も膨大だし、複数の魔法を操れるから将来が楽しみだ』と伺っていましたが……。まあ、色々できるということは、逆に定まらないものなのかもしれませんわね。将来の夢なんて、急かされて決めるものでもなし。ゆっくり見つければ良いんですのよ」


 その優しい言葉が胸にしみる。ララと友達になれて、本当に良かったな。と、早速しみじみと感じていた。

 ララは「では、何をしましょうかしらねえ」と人差し指を顎に当て、考え込む仕草を見せる。そして突然、「あっ!」と声を上げた。


「先日、子どもたちにお見せした『紙芝居』がとても好評でしたから、新しくお話を作ろうかと思っていましたの。せっかくですし、ニコラのお話を取り入れたいですわ。何かおすすめとかございません?」


 そう言えば、子どもたちと初めて会ったときに、そのような会話をしていたなと思い出す。

 

「でも……紙芝居って、そもそもなに?」

「ああ、紙芝居は、たくさんの子どもたちに一度に読み聞かせができる、絵本のようなものですわ」


 ララの説明を聞いて、私はふと、一冊の絵本を思い出した。

 

「それなら、『』という絵本を持っているんだけど、それを『紙芝居』にするのはどうかな? この世界の成り立ちが描かれているから、勉強にもなると思う」

「まあ! そのような絵本、初めて聞きましたわ! 世界の成り立ちですか、それはとても良いですわね!」


 私たちはそう意気投合すると、公園で遊ぶ子どもたちに別れを告げ、地上に戻って紙芝居を作ることにした。

 ララと私は、「始祖の乙女と七つの国」をテーマに紙芝居を作り上げた。

 絵を描き、セリフを考え、少しでも子どもたちが楽しめるよう工夫を凝らす時間は、あっという間だった。


 ☸︎ ☸︎ ☸︎

 

 この世界がまだできたばかりのころ、『始祖の乙女』と呼ばれる少女が、この世界に現れた。

 

 始祖の乙女は、自分のパートナーである『ドラゴン』と共に、この世界にいた神々の力を得て、七つの国をおこした。

 

 彼女はドラゴンと共に、七つの国々を巡り、神々から与えられていた力を『種』にしてそれぞれの国に植え、その地で暮らす人々が幸せであるようにと願った。

 

 すべての種を植え終えた始祖の乙女は、ドラゴンに人々と、種と、この世界を託し、光の粒となって消えていった。

 

 ひとり残されたドラゴンは、始祖の乙女の消失に涙を流し悲しんだが、彼女との約束通りに人々を見守り、種を育て、この世界を守り続けた。

 

 その後、種は発芽し、たくさんの『精霊たち』が生まれた。

 

 精霊たちは、 始祖の乙女とドラゴンへの恩返しとして、彼女らが愛した人々に加護と魔法を与え、良き隣人として見守ってきた。


 ドラゴンも、精霊たちも、今もなお人々を見守り続けている。

 

 そして、彼らはずっと待っている。


 始祖の乙女が再び、この世界に現れるのを――。


  ☸︎ ☸︎ ☸︎


 紙芝居を聞いていた子どもたちは、物語に引き込まれ、固唾かたずを飲んで聞き入っていた。

 物語が終わった後も、静まり返ったまま何かを考えている様子だ。「昨日、こっそりおやつ食べちゃった……」など、震える声が聞こえてくる。

 どうやら、『精霊たちが今でも人々を見守っている』というところに、後ろめたさを感じた子が何人かいるらしい。


 そんな子どもたちの様子を見て、やれやれといった表情をしたララが私に尋ねた。


「私あまり分からないのですけど、ここにも『精霊』はいるのかしら?」

「多分、いると思うよ。そういう気配もするし……。特に土の国では、人々の近くにいる生物たちに、精霊に似た気配があるよ」

「まあ! なんて素敵なんですの!」


 ララはそう言うと、自分の肩に止まる蝶たちに目線をやった。優しく指で撫でながら、「あなたも『精霊』なのかしら?」と微笑んでいる。

 その様子につられるかのように、静まり返っていた子どもたちの表情がパッと明るくなり、みんな、それぞれのパートナーの生物たちに手を伸ばしていった。

 

 次第に雰囲気は賑やかなものになっていく。

 みんな思い思いに、始祖の乙女やドラゴン、精霊たち、そして魔法について話に花を咲かせていった。


「なあなあ、ニコラ姉ちゃんは『魔法』って使えんのか?」


 一人の子どもが、私に尋ねて来た。


「うん、使えるよ。光魔法と炎魔法が少しね」

「すげー! 俺は魔法使えないし、見たこともないや。見せて見せてー!」


 会話を聞きつけた周りの子どもたちにもねだられて、私は光魔法を使うことにした。どこの子どもそうだが、ここの子どもたちも例に漏れず、手足に擦り傷や切り傷が多い。

 そして、魔法を使えるのか尋ねて来た男の子の膝にあった、少し大きめの傷に手をかざした。


ヒール傷を癒せ


 私がそう呟くと、赤みを帯びていた膝の傷はすうっと小さくなり、跡形もなく消えていった。


「「「すっっっげーーー!!!!」」」


 子どもたちの歓声が公園に響き渡る。その様子に、近くの大人たちも何事かと驚いて、こちらを振り向くほどだった。

 ララも驚いたように目を丸くしていたが、すぐに我に返り、「シーー!」と子どもたちをたしなめる。しかし、初めて目にした魔法に、興奮する子どもたちは治まらない。


「ニコラ姉ちゃん、すげーよ! 本物の魔法使いだ!」

「魔法初めて見た! 綺麗ー!」

「俺も! 俺も! ここ、昨日怪我して痛いんだ。俺も直してー!」

 

 ララの注意も虚しく、子どもたちは魔法の感想を口々に言いながら、私の周りに集まってくる。

 次々とせがむ子どもたちに、ララと目を合わせてため息をつく。そして私は、一人一人の傷を片っ端から癒していった。

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