23 炎魔法①
「素晴らしい……。いや、以前のままでも十分だったんだが、まさか、さらに向上するなんて、思いもよらなかった……。これが天国か……」
炎の国を出発してから数日後、私は完全に回復し、ノアラークでのいつもの生活に戻っていた。午前中は、ロイドと共に雑用係の仕事をこなし、午後は、ボブの医務室で、こり治療や魔法の練習をして過ごしている。
そして今回、サラマンダーからの加護のおかげで炎魔法が使えるようになった私は、ボブのアドバイスを受けて、これまでのこり治療に炎魔法を応用し、患部を温めながら治療を行うことに成功していた。
光魔法だけで治療していたときも、筋肉の緊張をほぐす過程で血管が広がるからか、じんわりと温かく感じることはあった。しかし、炎魔法を加えることで、より血行が促進され、治療効果も格段に向上したようだ。
また、以前から治療を行っていた首や肩、腰だけでなく、この
ちなみに、これは魔法の教科書である『実践魔法・入門』に載っている、一番最初の炎魔法である
ホットの魔法は、一般的に寒いときに体を温めたり、冷めたお茶を温めたりするときに使われるものだったが、光魔法との相性がすこぶる良かった。
おかげで、肩などに慢性的な痛みを抱えるとともに、目の疲れに悩むノアラークのみんなからは、私は以前以上に、女神のように讃えられ、連日、治療希望者が後を絶たなかった。
次々とこなす治療に、治療と魔法の腕前がどんどん向上するだけでなく、懐具合もかなり潤った。
サラマンダーから加護をもらったことは、アニーとヘインズには早々に報告していた。
二人はその報告に目を見開き、時が止まったかのように固まっていたが、やっと再起動したかと思えば、事の経緯を矢継ぎ早に質問してきた。
サラマンダーとアイディーンとのやり取りにも一応は理解を示し、納得してくれたようだが、どうも予期していた通り、いやそれ以上に、サラマンダーから加護を得たという事実は大事であるらしい。
実は、炎の魔法の適性持ちは、世界的に見てもかなり多いらしい。ノアラークの中でもアニーとサリー、そしてテッドの三人に炎魔法の適性がある。
しかし、一般的な炎の加護というのは、そんなに強いものでもないらしい。火を扱う仕事が少し効率的になったり、魔石の補助があってようやく、少し炎魔法が発現できるようになったり、という人が大多数だった。
そんな中、炎の精霊王であるサラマンダーの加護を得た私の適性は、当然のことながら別格だった。
ただ、炎魔法の実践は、逃げ場のない狭い船内では基本できない。なので、まずはすでに体得している、こり治療に応用してみるのが良いだろうということになり、治療の合間にボブに相談してみることにした。
「何だか、少し見ない間に治療の腕が上がった気がするね。皇城で練習でもしていたのかい?」と、のんびりとした口調で言うボブに、「あ、サラマンダーから加護をもらったんです」と何の気なしに答えたら、次の瞬間、ボブは座っていた椅子から勢いよく転げ落ちた。
床に倒れたままうつ伏せで硬直していたかと思えば、ぐわっと頭を上げ、目を見開いて、鼻息を荒く私の方に
「炎の精霊王の加護を得たのかい!? キミは、本当に僕の想像を超えていくね、素晴らしい! ああ、これでまた、医学の新たな可能性を知ることができる! ありがとう、ありがとう……」
ボブは、そう言いて私の足元で、拝むように感謝しはじめた。
そのあまりの気持ち悪さに、久しぶりだからと私に付き添ってくれていたロイドが、ボブの頭をさらに床に押し付けるように手で押さえ、私から引き離してくれた。
「ああ、なるほど。炎の精霊王から加護を得たことで器が大きくなったから、結果的に、治療が向上しているように見えたんだね。光魔法での治療に炎魔法を応用するなら、炎の事象に付随する『熱』を利用したものが、比較的簡単に取り入れられるだろう。治療効果をより高めることも期待できるよ」
ようやく冷静さを取り戻したボブが、椅子に腰かけ紅茶をゆっくりと嗜みながらそう言ったのは、数刻経ってからのことだった。
意識を取り戻させるために、何発かロイドに叩かれていた両頬が、赤く色付いて痛々しかった。
⚓︎ ⚓︎ ⚓︎
「みんな、炎の国の依頼では、ご苦労様だったわね。緊急依頼ということもあって、かなり慌ただしかったけれど、もう疲れはすっかり取れたかしら?」
操縦室に集まったみんなを見回して、アニーがそう話を切り出した。
炎の国を急いで出発してから数日、ノアラークは炎の国のはるか上空に停滞していたのだが、ようやく次の目的地を決定したようだ。
「次の目的地だけれど、このまま炎の国を南下して『土の国・ロックドロウ』に向かうわ。依頼内容は『Aランク・ブロア砂漠における害虫駆除』ね」
そう言って、アニーは今回の依頼内容について、詳しく説明を始めた。
土の国・ロックドロウの南部は、一昨年、数百年ぶりとなる大雨に見舞われ、それに伴って『
『蝗害』のような大規模の災害に対処できるのは、強い魔法の適性持ちか、技術の最先端を極めた、雷の国の学者たちくらいしかいなかった。しかし、雷の国ははるか上空にあり、三年ごとにしか行き来することができない。
そこで、強い魔法の適性持ちか、たまたま地上に降りている雷の国の学者か、どちらかにお願いできないかと冒険者協会に依頼が持ち込まれたということだった。
「まずは、依頼主であるシャリフ皇太子と合流することになったわ。どうも蝗害がかなり大規模で……現在、シャリフ皇太子自ら前線に出て、指揮を執っているらしいの。合流場所は、首都のある南部のオアシスにほど近い砂漠地帯ね。到着は、四日後の予定よ。各々、準備をしておいてちょうだいね」
アニーがそう締めくくると、みんなは解散したけれど、どこか元気のないように見えた。みんなの表情は心持ち暗く、なんとなく、いつもより口数も少ないように感じる。
先日、陸の生物に詳しいテッドに教えてもらったところによると、この『
通常であれば単独で生息しているバッタであるが、今回のように、大雨などで環境が生育に適したものになると卵を大量に産み、密集したことで変異して
その数は、土の国で現在、
飛蝗の天敵となる動物たちの助けを借りて、なんとか首都への侵攻を防いでいたものの、周囲の草も食い尽くされ、いよいよ防ぎきれなくなってきたということだ。
私は正直、虫が得意ではない。すごく、苦手だ。
超過密な集団で行動し、進行上の物を食らいつくし、
みんなの表情が暗いのも頷ける。私自身、恐怖で体が震えそうだ。
でも、今回はこの船にこれだけの学者が揃っていることだし、私にできることは特にないだろう。
そう思って、早々に操縦室から出てボブの医務室に戻り、こり治療を再開させようとしていた。すると、アニーが私の元にやってきて言った。
「ニコラにお願いがあるのだけれど、あなたの
その言葉に、私はその場で固まってしまった。
考えただけでも恐ろしい。その、『黒き悪魔』に自分が関わるなんて……。
その可能性があるという事実を突き付けられ、私は思わず硬直し、まるで時が止まったかのようだった。
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