6 アニーたちの目的

「あ、ここにいたのね。ヘインズやエリックたちと話し合って次の目的地を決めたの。他のみんなにニコラの紹介もちゃんとしたいし、切りの良いところで操縦室の方に集まってくれるかしら?」


 大満足の朝食後、私はロイドと一緒に後片付けを手伝っていた。みんなは、私たちが掃除をしている間にすでに朝食を取り終えて本日の活動をし始めていたという。

 促されるがままに残っていた片づけを終わらせて、急いで操縦室の方に向かった。


 操縦室には、私とロイド、そして私たちが食堂を出た後に続いた、サリー以外の全員が揃っているようだった。ひしめき合う男たちに、最後に操縦室へ入ってきたサリーが「お待たせ♥」と声を掛ける。


(わぁ、みんな大きいな……!)


 と、居並ぶ集団の後ろの方で様子を見ていたのだが、一番前に立つアニーに手招きされて集団の前に躍り出ることになった。みんなの視線が一斉に自分に集まり、少し緊張する。


「さて、全員揃ったわね。みんな知っての通り、昨日私たちは物資をいただく際に、ここにいるニコラを見つけて保護したわ。ニコラには既にロイドと共に雑用係をしてもらっているから、もう会った人もいるかと思うけれど……ニコラはこれから私たちの仲間として共に生活していくわ。仲良くしてあげてね」


 アニーに肩を抱かれて視線を上げると、こちらにウインクするアニーと目が合う。


「あ、ニコラです。よろしくお願いします」


 アニーの意図を汲み取って、そうぎこちなく挨拶をして頭を下げると、まばらに拍手が起こった。

 みな一様に優しい目をしていて、また視線を横に向けるとアニーも嬉しそうに笑顔を向けてくれていて、気恥ずかしさと嬉しさに少し顔がにやける。


 私への歓迎の拍手が落ち着いた後、今度は真剣な面持ちでアニーが話を続けた。


「さて。これで、私たちはロイドとニコラという、二人物強い魔法適性を持つ仲間を得ることになったわ。いよいよ、私たちの旅の目的を果たす時が来たのだと思うの」


 肩に置かれたままだったアニーの手に、ぐっと力が入る。

 目の前に居並ぶ全員の瞳にも、同様に強い意思が宿っているように見えた。


「私たちが次に向かうのは、『炎の国・ヴォルカポネ』そこで、今後の旅に必要な物資の調達と、情報の整理と……ペナルティの清算を行うわ。炎の国に到着するのは、およそ六日後よ。それまで各々、自分の役割を確認しつつ英気を養ってちょうだい。あと、もし時間があるなら、ニコラにそれぞれの得意分野から必要な知識を教えてあげてね」


 アニーがそう告げると、「おう!」という野太い声が操縦室内に響いた。

 周囲は「久々の街だな!」「炎の国は、酒もうまいんだよなあ。楽しみだ!」「ペナルティか……前回から一年以上経っているし、今度はどんな地獄になるやら……」等という会話が口々に起こり、この場に活気が溢れ始める。


 その雰囲気に当てられて、私もまだ見ぬ世界への旅路に胸が高鳴ってくるようだった。

 次の目的地への活気立つ雰囲気に浸っていると、ふと、横にいたアニーに肩を叩かれた。「ちょっと、いいかしら?」と、集団の喧騒から少し離れた場所に促される。そこに、ヘインズがロイドを伴って合流してきた。


「……二人とも、急な話で、私たちの都合に巻き込んでごめんなさいね」


 私とロイドが揃ったとき、アニーが二人にまず謝罪をしてきた。

 いったい何の話だろう? と、私はきょとんとしてしまっていたが、横にいたロイドの表情は硬い。


「ロイドは知っていると思うけど、私たちは全員、雷の国で同じ学園に通っていた学友よ。家が同じ派閥で、親戚関係でもある。まだ、詳しくは言えないのだけれど……ある事情があって三年前に全員、家と国を捨てて飛び出してきたの」


 アニーたちが盗賊というには善良な性質であるなということは感じていたが、彼らには事情があって国を飛び出してきたのだと聞いて少し驚いた。なおも話を続けようとするアニーに、静かに耳を傾ける。


「……国を出た理由も、目的もあったけれど、そこに辿りつくための具体策は何もない状態だった。私たちはそこからの二年間、世界のあらゆる情報を集めると共に僅かでも糸口を見つけようと、これまでがむしゃらに活動してきたの。私たちにはタイムリミットもあって、道筋を見いだせないもどかしさを、日々感じていたわ」


 これまでの二年間を思い出してか、アニーの表情は暗い。

 後ろに控えるヘインズも、瞼を伏せて静かに同調していた。


「そんな時だったの。まず、ロイドと出会って、昨日さらにニコラと出会った。私たちの旅と目的に必要なのは、ロイドとニコラ、あなたたち二人なのだとすぐに感じたわ」


 そこまで言って、アニーは再び私と、隣でなおも硬い表情をしているロイドを見つめた。

 申し訳なさそうな表情と共に、一筋、縋るかのような必死さを帯びた瞳だった。


「あなたたちの意見も聞かずに巻き込んでしまって、本当に悪かったと思っているの。けれど、どうか私たちのことを助けてくれないかしら」


 アニーはそう言うと、自身の両手を胸の前で握り、神に願うような格好で私とロイドを静かに見つめる。

 アニーの真剣な、懇願するかのような瞳が私の姿を確かに捕えていた。


 正直、私自身には特に目的も、行く当ても最早なかった。

 

 使者などからは『水の乙女』候補は王都の宮殿で、貴族と同等の扱いを受けながら修行に励むのだと聞いていたが、それはアニーたちが言うように、ある意味囚われた状態であるともいえる。

 今の生活とどちらが良かったのかなんてもう分からないが、正直、強制的に道を絶たれたことに関しては、不安と戸惑いがあった。


 ただ、現時点においてはここでの生活に特に不満もない。それどころか、とても良くしてくれていると思う。お世話になっている都合上、自分が必要だというのなら、みんなの力になりたいという気持ちもあった。

 ……けれど、ロイドは私と同じ考えではなかった。


「……俺はアニーやヘインズたちに拾ってもらって、人並みの生活をさせてもらっていることに感謝している。けど、二人が期待している俺の魔法への強い適性については、俺自身がまだ受け入れることができていない。でも、俺を利用したいのなら別にしてくれて構わない。みんなの役に立つならそれでいい。どうせ、俺にはここしか居場所がないから……」


 ロイドはそう言うと「……じゃあ、俺は先に部屋に戻っているから」と、硬い表情のまま俯き、操縦室から出て行った。その表情が少し心配で、追いかけそうになった私をアニーが引き留める。


 操縦室はまだ、みんなの賑やかな話し声であふれていた。

 その喧騒の中を、ロイドのカンカンカンという部屋に向かう足音だけが、廊下で小さく響いていた。

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