15 スルトの剣、冒険者組合

「では、冒険者組合に到着したことですし、我々はここで失礼します。冒険者組合にはすでに連絡を入れていますので、受付にて名前を申し出てください」


 冒険者組合まで同行した衛兵はアニーにそう告げ、敬礼をして城門の方に戻っていった。

 二人の衛兵たちの姿が、行き交う雑踏の中に消えていく。

 

 冒険者組合は、城門から出てすぐの大通りを二十分ほど歩いた街の中心部に位置していた。

 建物の入り口である大きな扉は解放され、様々な人々が出入りしているのが見て取れる。

 その扉の両サイドの太い柱には、剣を持った屈強な男の姿が彫られていた。


 「ここは相変わらず、周囲と比べてもひときわ大きい建物ねぇ。ゴツイ人も多くてテンション上がらないけども……ま、さっさと用件済ませて洋服を買いに行きましょ!」というサリーに背中を押される。

 アニーは来た道を帰っていく衛兵を静かに見送った後、冒険者組合に向き直って全体を眺め、ため息をつきながら冒険者組合に入っていった。


 冒険者組合の中は人であふれていた。

 入り口から向かって正面に受付があり、色々な格好の人が列をなしている。


 受付の左横には紙がたくさん貼られた大きな掲示板があり、多くの人々が掲示板を仰ぎ紙に書かれた内容を確認していた。

 また、反対側の方には様々な物品の取り扱いと、そのさらに奥には食事がとれるような場所が見える。

 

 天井も高く、様々な人々がひしめく活気ある空間に圧倒されながら前に進んでいると、受付嬢の一人がこちらに気付いた。

 奥の部屋に入り、すぐに大柄の中年男性を伴って出てくる。

 男性は受付嬢に何やら指示を出した後、受付から出てまっすぐこちらに向かってきた。


「久しぶりだな、アニー! 元気そうで何よりだ」


 男性は快活にアニーに声をかけてきた。

 アニーは挨拶を受けて足を止めたが、そのまま黙って男性を睨みつけている。

 その様子を見た男性は空気を察したのか、気まずそうに頭に手をやりながらアニーに続けて言う。


「……怒ってるのか? まあ、悪かったよ、あんな呼び出し方しちまって。だが仕方ないだろう? こうやって呼び出さなけりゃ、下手すりゃお前らは検問で捕まってたかもしれないんだ。それに、多分お前は通された部屋に一番怒っているんだろうが、お前は家を出たといっても家の方がお前の籍を残しているんだ。こればっかりは俺にはどうしようもない」


 男性の言葉にアニーは目を細め、同時に眉間のしわがますます深くなっていく。

 その様子を目て、チラリと男性に視線を送る。


「……ま、そうだな。ここじゃなんだし、俺の部屋に行こう。召喚状を出して呼び出したからには、こっちもお前たちに色々と確認しなければいけないことがあるんだわ」


 男性はそう言うと、握りこんだ拳の親指を出して上へと合図する。

 エントランスの壁沿いに設けられた階段を、男性に着いてみんなで上がる。

 

 辿りついた三階の奥の部屋。

 そこは冒険者組合長の部屋だった。

 

 部屋の入り口から正面には大きな執務用の机が置かれ、入り口の横には来客対応用と思われる布張りの椅子とテーブルのセットがある。

 その反対側の壁にはSランク冒険者を示す賞状と勲章、そして男性のものであろう手入れされた防具や武器、そして装飾用と思われる綺麗な剣が置かれていた。

 

 男性は全員が部屋に入ったことを確認してドアを閉める。

 と、ふと、この場には不釣り合いなロイドとニコラの方に視線を落としてきた。

 思わず男性と目が合う。


「なんだ、子供が二人もいるじゃねえか。お前たちの子か? って違うか、両方色白だしな。俺の名前はグレゴリー。一応、この冒険者組合の長をしている。アニー達のことは子供の時から知っている顔馴染みだ。よろしくな」


 グレゴリーはロイドとニコラをまじまじと見ながらそう言うと、二人に向かってニッと大きく笑い頭を撫でた。


「んで、何でまたお前らは子供二人を連れてるんだ?」

「……ロイドとニコラとは旅の途中で出会ったの。今日は二人の冒険者登録をしに来たのよ」


 アニーが渋々といった様子で、やっと口を開いた。

 だが、グレゴリーはアニーの言葉に前のめりになって言葉を挟んでくる。


「それで今回、わざわざこの国に入国したってわけか。正直、組合から離れた場所からどんどんお前たちの情報が上がってくるし、もうここには立ち寄らないのかとも思ってたんだが……よかったよ。逃げたわけじゃなかったようで」


 グレゴリーはそう言うと、執務用の机から書類の束を取り出してきた。

 促されて、アニーがグレゴリーとテーブルを挟んで向かい合う形で椅子に座る。

 アニー以外のみんなは、ニコラを含めて後ろで立って話を聞いていた。


「前回お前たちがここにきてから、およそ一年半。その間、お前たちに対して被害届が組合に十七件届いている。冒険者組合のルールはもちろん知っているな? だ。前回同様、ペナルティを受けてもらう。ただ、残念なことに被害届を出した中にここの貴族がいてな……今回は三つだ」


「うへぇ……」


 アニーの後ろで静かに話を聞いていたエディが、思わず声を漏らした。

 エディの方をチラッと見ると、その隣にいたエリックとふいに目が合う。

 エリックはこちらに向かってニコリと微笑み、小さな声でニコラとロイドに耳打ちしてきた。


「前回のペナルティは一つだったんだけど、これがものすごく大変だったんだよ。その一つだけでも半年近くかかって……今回は三つだから、消化するのに一体どれくらいかかるか分からないな」


「そうそう、前回は確か、『スライム状生物の生態調査と経済的有用性の評価』だったか。スライムって総称して呼ばれる、環境によって色々種類がある魔物だか生物だかよく分からないのがいてな。基本的にほぼ無害なんだが、あまりにもありふれているから何かに使えないかって考えたお偉いさんがいて……」

 

「あの時は、みんな方々に散ってフィールドワークして大変だったわねぇ。一番大変だったのは、有用性評価について血反吐吐きながらまとめていたラリーだとは思うけれど。船内に連れてきたスライムが大量増殖しちゃったりして、私なんて未だに時々スライムの夢を見るわ……」

 

 話に加わってきたエディもサリーも、当時を思い出してげんなりとした様子だ。

 あまり見ない皆の様子に、ニコラも少し心配になってくる。

 何だかおもだるい空気が部屋全体に漂う中、グレゴリーはゴホンと咳払いして、さらに話を続けた。

 

「……こっちでお前たち向けそうなのをいくつか見繕っている。その中から好きなのを三つ選ぶといい」


 グレゴリーはそう言うと、手に持っていた資料をアニーに差し出した。

 アニーはそれらを受け取り、中身をじっくり確認していく。

 それらはこの組合内の受付横の掲示板に貼られていた紙と同じようなものだった。

 

 アニーが書類に目を通し始めたちょうどその時、受付嬢がお茶とお菓子を持ってきてくれて、グレゴリーに促されるままニコラはお菓子を食べてみんなとアニーの結論を待つことになった。

 前回のペナルティが如何に大変だったかという、エディとサリーの熱弁を聞いて時間をつぶしていた。

 

 程なくして、アニーは手にしていた資料の中から三枚取り出し、それぞれを目の前のテーブルの上に広げて見せた。

 それぞれの資料にはペナルティ消化のための依頼と、その内容が記載されている。


『【緊急案件】Aランク:炎の国・ヴォルカポネのヴァルティナ山脈における地震調査』

『Aランク:土の国・ロックドロウのブロア砂漠における害虫駆除』

『Aランク:草の国・フォレスティアの聖域における死骸調査』


「あらまあ。これまた、どれもこれも面倒くさそうなものを選んだわねぇ……」


 テーブルに置かれた資料をのぞき込んで見ていたサリーが、そう呟いた。

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