15 準備は整ったぞ
笹塚さんから怨霊退治についての連絡をもらった。
準備が整ったそうで、いつでもいけるとのこと。
当日は周囲に人がいないほうが良いということで意見が一致したため、一週間後の日曜日に退治を決行することにする。
『当日は人が寄りつかないよう、学校には組合のほうから手を回しもらうよ。なに、霊能者には地元の名士なんかも多いからね。その辺は問題ないだろう』
とは笹塚さんの談だ。
こちらとしても、ドゥ子を創造したことで事前準備は問題ない。
後は組合と協力して女子校の怨霊を倒すだけだ。
俺は密かに気合いを入れた。
ついでにお父さん達に頼まれていた霊に触る修行の件も聞いてみたが、やはりというか何というか、出来るようになるかどうかは当人の才能によると返されてしまった。
『霊能力って一口に言っても色々あるのさ。霊に触るっていうのはある種、特殊な力がいるからね』
何でも、霊に対する共感性や、そこに存在する、触れると思い込む能力もいるとのこと。
簡単そうに聞こえるが、霊に対する先入観があると無意識にすり抜けても当然と思うようになってしまうらしい。
更に霊に触る技術としての霊力(といっていいものなのかどうか、よくわからない力らしい)の操作方法など、組合でも出来るものは多くないようだ。
『まあ才能のあるなしは見ないとわからないからね。やる気があるなら今度教えてあげるから連れておいで』
そうありがたい言葉を貰ったので、両親と真夜さん達にはそのまま伝えておくことにする。
ちなみに、俺のほうから人に触ることはできないかと尋ねてみたのだが。
霊のことはわからないと返されてしまった。
それはそうか。
もしかしたら新能力を開発するばいけたのかも知れないが、残念ながら今となっては新たな能力は覚えられない。
あるいは既存の能力の組み合わせで何とかならないだろうか?
ダメ元で研究してみようかな?
◯
そして一週間後の日曜日、俺は再び真夜さんの高校までやってきていた。
時刻はそろそろ夕暮れ時になろうとしている。
逢魔時というらしい、あの世とこの世の境界線が薄くなる時間帯。
俺自身が幽霊であることを考えれば、人と待ち合わせするにはいい時間と言えるのかも知れない。
「待たせたかい?」
約束の刻限の十分ほど前になって、笹塚さんがやってきた。
側には若菜さんと……もう一人。
誰だろう、丸っこいウサギの着ぐるみを着た、遊園地のマスコットキャラクターのような人間がついてきていた。
「ええと……」
「ああ、あっちの着ぐるみは気にしないでおくれ。今回の作業にどうしても必要なんで連れてきたけど、無愛想な子でね。申し訳ないけど会話の一つもできやしないだろう」
俺の疑問に気付いたのか、笹塚さんがそう補足してくれる。
その言葉を証明するように、俺が視線を向けると着ぐるみさんは顔を明後日のほうに逸らしてしまった。
「キグさんは徹底していますからね」
若菜さんが近付いてくる。
「キグさん?」
「いつも着ぐるみを着ているからキグさんと私たちは呼んでいます。実のところ私もキグさんの素顔は見たことがありません。知っている人の話だとかなりの美形ということなのですが、性別すらよくわかっていないのが現状です」
ええぇ……。
なんというか、その、独特な人のようだ。
身長は笹塚さんよりちょっと高い程度だろうか。
再度視線をやると、キグさんは何故か電柱の後ろに隠れるようにしてこちらを見ていた。
夕暮れ時、ウサギの着ぐるみを着た不審者が電柱の後ろに……という絵面が少し怖い。
俺と目が合うと慌てて逸らされてしまった。
なんだろう。
警戒されているんだろうか?
少しだけ残念な気持ちになる。
「そちらも……一人増えているようですね。人、と言っていいのかはわかりませんが」
やや視線に鋭さを滲ませて、若菜さんが俺の背後を見る。
そこには、口だけさん、カメラ師匠、モニターくん、市子さん、ドゥ子のフルメンバーが勢揃いしていた。
怨霊退治ということで一応全員連れてきたんだよね。
若菜さんが言っている増えた人というのはドゥ子のことだろう。
ドゥ子は顔をしかめると「人ですわ」と不満そうに反論している。
人だったのか。
怒られそうなので口には出さないが、ドゥ子の認識に密かに驚愕する。
いやまあ、人といえば人なのかな?
特に考えたことはなかったが、ドゥ子がそう言うならそれでいいのだろう。
ちなみに今回、現場が真夜さんの高校なので配信は控える予定だ。
万が一真夜さんの身バレに繋がるといけないからね。
とはいえ念のため、一応カメラ師匠にも御足労いただいている。
いつ何時配信が必要になるかわからないというのもあるが、他のメンバーが全員ついてくるのにお留守番させるのも可哀想だからね。
カメラ師匠なら敵地でも余計なことはしないだろうし、側にいてくれるだけで安心感もある。
そして実は今回、いつものメンバーに加えお父さんも一緒に来ている。
霊能者と会う時は知らせるという約束だったので仕方ないのだが、案の定ついてくるといって聞かなかったので車で送ってもらったのだ。
遠目に、ブロック塀に隠れるようにしてこちらを見ているお父さんがいる。
……この前、俺が襲われそうになったことについてまだ怒っているみたいだったからね。
笹塚さん達と争いになってもいけないし、今回は俺が組合に協力を頼んだ立場でもあるので大人しく待っていてくれるように頼んだのだが。
どうやら心配で見にきてしまったらしい。
遠くにはお父さん、近くにはキグさん。
それぞれが遮蔽物に隠れてこちらを見ている。
なかなかカオスな空間が形成されていた。
ま、まあお父さんは置いておこう。
あれだけ頼んだから、笹塚さん達に詰め寄ることもないはずだ。
お父さんの気持ちは嬉しいが、組合とは上手くやっていきたいからね。
特に今回は怨霊退治に集中したい。
組合と争う時間も労力もありはしないのだ。
「…………」
気付くと、若菜さんが何か物言いたげにこちらを見ていた。
少しだけ憂いを帯びた、弱々しい表情。
いつも強気なイメージだったから意外に感じ、俺は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、その……何でもないわ」
そう言って顔を背けてしまう。
背けた先にいたキグさんとも視線があって、キグさんも顔を背けるという無駄なコンボが発動したが、それはまあいいとして。
やっぱり俺嫌われてるのかな?
ちょっとだけ悲しい。
「ミアちゃん、少しいいかい?」
「あ、はい、なんでしょう?」
笹塚さんに声をかけられて気を取り直す。
「今回の作戦についてなんだがね。まあそう難しいことはない、私とキグで学校に結界を張る」
「結界ですか?」
「ああ、件の怨霊がいるのは異界みたいだからね。その異界も校舎に重なるように存在しているみたいだから、校舎ごと封じ込めちまおうって寸法さ。と言っても学校を覆うほどの規模となると簡単じゃなくてね。維持できる時間は精々一時間ほどだろう。その間結界の内にいる霊的存在は完全に隔離される」
すごい。
そんな漫画みたいなことが本当にできるのか。
「そのための下準備も済ませてある。後は発動させるだけなんでいつでもいけるよ。こういう時は組合も便利なもんでね、どこかに誰かしら知り合いがいるから各方面に顔が効くのさ。まあそれはいいとして、結界が効いている間は怨霊とやらも外に手出しができないはずさ。人払いは済ませてあるから校内に人もいない、人質の心配はないだろう」
なんでも、整備点検のためという名目で校内から人は遠ざけてあるらしい。
懸念点が取り除かれる。
実にありがたい。
「ただ、結界を維持しないといけない都合上、私とキグは手一杯になる。怨霊退治に助太刀はできない。そっちは完全にミアちゃんに任せることになるが……本当にそれでいいのかい?」
「はい、問題ありません」
最初からそのつもりだったので異論はない。
笹塚さんは申し訳なさそうに苦笑するが、すぐに表情を改める。
「それと、当然だが結界の性質上、一度中に入ってしまえば解除するまでは出られない。それはつまり、怨霊から逃げることもできなくなるってことだが」
本当にいいのかい? と目で訴えかけてくる笹塚さん。
件の怨霊を思い出す。
人質さえいなければ俺が負けることはないという確信はある。
それに、今回は俺だけじゃなく、口だけさんや市子さんも一緒だ。
秘密兵器のドゥ子もいる。
油断は禁物だが、逃げが必要になる場面がくるとは思えなかった。
「はい、大丈夫です」
俺は力強く頷いた。
「そうかい。まあどのみち一時間で結界は解除される。最悪は時間いっぱい逃げ回ればいい。逆にいえば、相手に逃げに徹されて取り逃さないように注意するんだね。さて、じゃあそろそろ始めようか」
笹塚さんが合図をすると、キグさんが道の向こうへと走っていく。
聞くと、校舎の反対側に回ってそちらから結界を維持するそうだ。
笹塚さんがスマホを取り出して、おそらく相手はキグさんだろう、と通話しながらタイミングを図る。
キグさん喋れるのか。
少しだけ声を聞いてみたくなるが、そんな場合ではないと気を引き締めなおす。
「さて、それじゃあこっちはいつでもいけるよ。準備はいいかい?」
「はい」
背後にいる口だけさん達を見て、俺も改めて気合を入れる。
さて、それじゃあ怨霊退治といきますか。
「待ってください、私も行きます」
そんな時、若菜さんが声を上げた。
あ、え、ええと。
やっぱりそうなるんだろうか。
「若菜さん?」
「元々悪霊退治は組合の仕事。幽霊とはいえ小さな女の子だけに任せるわけにはいかないでしょう。いいですね、笹塚さん?」
まあそうなる気はしていたのだ。
笹塚さんとキグさんで結界を維持するなら、若菜さんがいる意味がないからね。
必然、こちらについてくるのだと予想はできる。
とはいえ、怨霊との戦闘中にこちらに攻撃を仕掛けられると困ってしまうのだが……。
若菜さんの目的がわからず、笹塚さんのほうを見る。
「……仕方ないね。ミアちゃん、もし良ければ連れて行ってあげてくれないかね? 若菜ちゃんだってそこまでバカじゃない。後ろからミアちゃんを撃つような真似はしないさ」
「当然です。そんな卑劣な真似はしません。やるなら正々堂々と正面からやります」
正面からならやるのか……。
いやまあ、確かに騙し討ちをするようなタイプには見えない。
「それにね、一人組合の人間がついて行ったほうがいいのも確かなのさ。経緯を確認する組合員がいることで避けられる問題もある」
「確認ですか?」
「ああ、申し訳ない話になってしまうが、ミアちゃんはなんだかんだで幽霊だからね……。仮にの話、万が一犠牲が出た際に証言する者がいなければミアちゃんが悪者にされちまう可能性があるんだよ。最悪、本当は悪霊なんていなくてミアちゃんが全て仕組んだなんて言うやつが出てこないとも限らない。ああいや、勿論その時は私たちもそんなこと無いって証言はするけども、やはり直接目にしているかいないかでは説得力が違うだろうさ」
なるほど、盲点だった。
俺たちは犠牲なんて出ないように可能な限り準備したつもりだし、実際に出す気もないが、それでも世の中絶対ということはない。
不足の事態というのはどうしても起こりうる。
そんな時、俺の幽霊という立場がマイナスに働くということか。
以前、組合も一枚岩ではないと聞いたことは記憶に新しい。
仮に俺達が動いた結果犠牲者が出てしまったとしたら……。
責任の所在を押し付けられるということは十分考えられる。
配信ができれば証拠にもなるだろうが、真夜さんの身バレを考えればそれもできない。
組合の人間を証人として連れて行けというのはわかる話だ。
いや待てよ?
カメラ師匠を連れてきているんだから配信はしなくても経緯を全部録画してもらえばいいのでは?
いやでも結局はダメか。
動画なんて編集したとか捏造したと言われてしまえばそれまでだ。
カメラ師匠自体が身内だし、認識をズラすなんて能力もあるわけだから、証拠能力がないと言われれば反論は難しい。
やっぱり信頼できる組合員を連れていくに越したことはないみたいだ。
「まあそれが若菜ちゃんである必要はないんだが……」
笹塚さんが渋るようにため息をつく。
若菜さんのほうはというと、淡々と髪をかきあげつつ語る。
「私は結界関係は不得手ですし、笹塚さんが行けないなら私が行くのが順当でしょう。心配しなくても神に誓って虚偽の証言をしたりはしません」
「……ということさ。だからまあ足手纏いかも知れないが連れて行ってあげて欲しい。これでも組合の中でも実力上位だ。何らかの役には立つだろう」
うーん、どうなんだろうか?
勿論俺としても何かあった時のことを考えると同行者がいたほうがいいとは思う。
実際、今日の若菜さんからはそこまで敵意を感じない。
裏切るつもりがないというのは信じてもいいだろう。
ただ、それでも今日はあの怨霊が相手だ。
実力的に若菜さんでは厳しい可能性がある。
俺が守ればいいのだろうが、相手の能力が未知数である以上、必ずしも守り切れる保証もない。
もし若菜さんに何かあれば、それこそ証言どころではなくなってしまう。
俺の悩みを察したのか、若菜さんが視線を鋭くする。
「霊との戦いが命懸けであることはわかっているつもりです。足手纏いになるつもりはありません。ですが、もし命を失うような事態になったとしてもあなたに守ってもらおうとは思っていませんので、私のことは気にしないでください。お互いやるべきことをやりましょう」
そう力強く言い切られる。
ダメと言ってもついてきそうだ。
仕方ない、若菜さんだってプロなのだ。
これ以上心配するのは失礼になってしまうだろう。
実際についてきてもらったほうが助かるのは確かなのだ。
どうしてもの時は俺が意地でも守ればいい。
その覚悟だけ決めておけば、後は素直に頷いておくべきだろう。
「わかりました、よろしくお願いします」
「……よろしく。心配しなくても迷惑はかけないわ」
握手するつもりで手を差し出すと、若菜さんはその手を取ることはなく、微妙な表情をした後に目を逸らした。
やっぱり俺と握手するのは嫌なのか。
少ししょんぼりする。
「……違うから」
「え?」
「わ、私は笹塚さんと違って霊に直接は触れないの! だから握手するのが嫌ってわけじゃないから! 勘違いしないで!」
「あ、そ、そうなんですか。す、すいません」
なんだかツンデレのようなことを言われた気がしたが、内容はデレそのものなので気のせいなのかな?
でもそうか、若菜さんは霊に触れないのか。
そういえば霊能者でもできる人は少ないと聞いた気がする。
逆にこっちが申し訳ないことをしたとしょんぼりする。
しょんぼりしてばっかりだな俺。
相性が悪いのか、若菜さん相手だと妙に空回りしてしまう。
若菜さんも気にしてくれているのか、チラチラとこちらを見ては何か言いたそうにしていた。
「じゃあそろそろいいかい? 始めるよ」
そんな俺たちを見かねたのか、笹塚さんが手を叩いた。
「ミアちゃんは異界に侵入する手段があるんだったね?」
「あ、はい。といっても普通にこじ開けるだけですけど」
手を無理やり突っ込むだけだからね。
感覚としてはガラスを破るのに近い。
「こじ開けるって……普通できないわよ。組合なら専門の空間師が数時間、あるいは数日かけて徐々に隙間を広げるのに……」
「そうなんですか?」
「そうよ。あなた、本当にすごい幽霊なのね」
えへへ。
なんだか褒められてしまった。
いや、若菜さんは複雑そうな表情だから、手放しってわけじゃないんだろうけど。
「それならそれで手間がなくていいさね。じゃあミアちゃん達が異界に侵入すると同時に結界を発動させるよ。その後は一時間、外には出られないと思うから気をつけな」
再度念を押され、若菜さんと同時に頷く。
あれ?
幽霊はともかく、人間は結界があっても外に出られるんじゃ?
と疑問に思ったが、何でも異界に入った状態だと異界そのものが隔離されてしまうので生身の存在であっても出入りができなくなるらしい。
なるほど。
となるとやはり若菜さんだけを逃がすという選択肢は取れないようだ。
若菜さんのほうを見る。
覚悟はできているようで、迷いなく頷かれる。
仲間のほうを見る。
口だけさんは相変わらず何を考えているかわからないが、市子さんは少し不安そうに、カメラ師匠とモニターくんは頼もしく落ち着いていて、ドゥ子は「行きましょう」と親指を立てた。
戦闘力がない上に初陣なのに、ドゥ子は落ち着いているなと苦笑する。
「じゃあいきます」
そう言って、俺は校門に近づくと、右腕を振りかぶる。
バリンとガラスの割れるような音がして、目の前の空間に大きな穴が空いた。
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