14 予想外の結果だぞ

 アメリカ在住のトム・ウィリアムズは、その日家でゲームをしていた。

 翌日に就職面接を控え、なんとなく落ち着かない気分をゲームをすることで慰めていたのだが。

 

 プレイしているのは有名なFPS銃で撃ち合うゲームだ。

 トムは上手くもないが下手でもないそこそこのプレーヤーだった。

 

 画面上でトムの自機がキルされる。

 遠間からのヘッドショットだった。

 

『ちくしょう! クソ野郎が! やってらんねえよこんなクソゲーはよ!』


 苛立ち紛れにコントローラーをクッションに叩きつける。

 

 全く世界っていうのはクソの塊だとトムは思った。

 トムは自分が特別不幸だと思ったことはない。

 中流の家庭に生まれ、衣食住に困ったことはなく、学校でも少数ながら友達もいて上手くやってきた。

 

 しかし、逆にいえば特別幸福だと思ったこともトムにはなかった。

 

 どこにでもいる人間の、どこにでもある普通の人生。

 これから自分が辿る将来の道筋が平凡と決まっているかのような漠然とした不安感。

 

 翌日面接を控えておきながら、本当に俺の人生はこれでいいのか、なんてことをトムは何度も考えていた。

 

『ちっ、面白くもねえ』


 そんな思考を打ち消すように頭を振ると、机に置いてあった炭酸飲料を一気にあおる。

 

 ふと、スマホのアプリが着信を告げた。

 

 見ると、数少ない友人であるチャーリーからメッセージがきていた。

 

『やあトム、ご機嫌かい?』


 明日面接があることを知っていての文章に少しだけ苛立つ。

 こういう嫌味なやつなのだと舌打ちを一つ。


『ご機嫌なわけがないだろう。世の中はクソだ』

『おっとこいつは失礼。君のことだからまた考えすぎてナーバスになっているんだろう? 人生長いんだ。もっと気楽に生きたほうが楽しいと思うけどね』


 普段なら軽口に付き合っても良かったが、今のトムは虫の居所が悪かった。

 苛立ち混じりにスマホをタップする。

 

『何の用だ』

『おっと、こいつは本当に機嫌が悪そうだ。なに、ちょっと面白いことを見つけたんで君に教えてあげようと思って』


 面白いこと、という言葉にトムが眉根を寄せる。

 全く興味がないわけではないが、今はそんな気分でもない。

 なんならチャーリーの相手をするのも時間の無駄に感じてしまう。


 いらない、と返信しようとして、その前に追加でメッセージが送信されてきた。

 

 URLだ。

 それも、パッと見たところ恐らくmytobeのもの。

 

 くだらないお笑い動画でも送ってきたのだろう。

 本来なら無視してもいいのだが、ほんの少し、僅かな好奇心がトムの中にわいた。

 友人の顔を立てるために内容くらいは見てやるかと自分を納得させつつ、リンクをタップする。

 

 すると、そこには。

 

『こんにちは、皆様。今日もドゥ子が配信を始めさせていただきますわ』


 画面上に謎の生き物が映し出されていた。

 いや、生き物といっていいのだろうか?

 

 半透明なボディ、大きな頭、バランスのおかしい二頭身。

 まるでジョークアニメのマスコットのような存在がそこにはいた。

 

 話しているのは日本語だろうか?

 何と言っているのかはわからないが、熱心に配信を行なっていることだけはわかる。

 

(いや、これが何なんだ?)

 

 トムは首を傾げた。

 

 確かに一瞬面食らったが、ただアニメキャラを立体映像に起こしただけだろう。

 いわゆるvtuberというやつではないだろうか。

 立体映像をアバターとするのは珍しい気もするが、トムが知らないだけで無いわけでもないだろう。

 

『これがどうしたんだよ?』


 画面上の生命体が何を言っているのかサッパリわからないし、別に面白いものではない。

 

(いや、しかし、見れば見るほど良くできているな。まるで本当にそこにいるみたいだ)


『これな、立体映像じゃないらしいんだ』

『は? じゃあ何だっていうんだよ?』

『幽霊らしい』


 幽霊。

 あまりに荒唐無稽な言葉にトムは笑ってしまった。

 

『なるほど、そいつは愉快だ。俺も魔女なら見たことがあるよ。なんせ毎朝俺を起こしにくる』

『ははは、それは傑作だな。今度動画に撮って配信者デビューさせてみるかい?』

『チャーリー、無駄話がしたいなら……』


 やり取りを打ち切ろうとしたトムに対して。

 

『こいつをスマホのカメラ越しに見てみろ』


 その言葉に妙な迫力を感じて、トムは仕方なくスマホカメラを起動する。


(何だってんだよ一体)


 あるいは、カメラを通すことで何か浮かび上がるようなギミックでも仕込まれているのかと思い、トムはモニターに向けてスマホを構えて……。

 

 瞬間、全身に鳥肌がたった。

 

『は、え、う、嘘だろ?』


 そこには何も映っていなかった。

 まるで、最初から何もいなかったかのように、ただ古ぼけた室内だけが映し出されている。

 

 慌ててスマホから顔を離し、肉眼でモニターを見る。

 

 いる。

 確かにそこにいるはずなのに。

 

 スマホ越しだと何も映らない。

 

『なんだこれ……』


 慌ててメッセージを打ち込む。

 

『どういうことだ? 一体どんなトリックなんだよ?』

『トリックだと思うか? 今ネットで話題になってるけど、誰一人としてこの謎を解明できていないんだ』


 トムは愕然とした。

 

 幽霊。

 今更ながらその一言が重くのしかかる。

 

『い、いや、しかし、幽霊って言ってもこんな珍妙な生物なんて地球上に存在しないだろう?』

『聞いて驚くな。何でも、彼女は作られた存在らしい。いわゆる人工霊というやつだ』

『はあ!?』


(なんだそりゃ!? 霊の存在自体が証明されてないのに、そこを通り越して人工霊!? 意味不明だろ!?)


『実はな、日本に幽霊の少女がいて……』


 それからチャーリーの話を聞き、トムは一人の少女を知る。

 ミアという少女は、やはり幽霊らしく半透明で、しかしとても可愛らしい女の子だった。

 


 ◯



 二十万人記念配信から一週間が過ぎた。

 市子さんとドゥ子はあれから毎日のように配信をしている。

 

 さすがに一週間もすれば慣れてくるのだろう、二人からは当初あった緊張も大分薄くなったように見える。

 

 そして現在の登録者数なのだが……。

 

 市子さん  16678人

 ドゥ子  120238人

 

 となっている。

 

 うん、うん……。

 どうしてこうなった?

 

 市子さんはまあわかる。

 思ったより伸びていないが、なんだかんだで配信開始から一週間であることを考えれば十分健闘しているともいえる。

 

 問題はドゥ子だ。

 何と既に登録者数十二万人超えである。

 ペース的にはまだまだ伸びる気配があり、少し怖くなってくるほどだ。

 

 まあこうなった原因に見当はついているのだが。

 

 俺は実家のパソコンから市子さんのアーカイブにアクセスする。

 

『こんにちわー』


『草』『草』『いつ見ても笑う』『シュールな絵面だなあw』『市子さーん!』


 画面上では、右端に佇む日本人形、そして左端にゲームの様子が映し出されている。


『今日はマルオカートのタイムアタックやっていくよー』


『いやっほー!』『何秒縮むかな?』『この日本人形上手いからな』『初見です、怖いですね』


 市子さんの配信は基本的にはゲームだ。

 最初はどうやって配信するつもりなのかと思ったが、髪を大量に伸ばしてキーボードを爆速タイピング。

 読み上げソフトを使ってほぼノータイムに近い音声実況を成立させている。

 ゲーム操作と同時にと考えると、なかなかに器用だ。

 

 市子さん自身ゲームが得意ということもあり、やり込み的な配信はそれなりに見応えのある内容になっているのではないだろうか。

 

 まあゲームは俺のほうが上手いんだけどね!

 

 とはいえ、市子さんのチャンネルの登録者数が伸び悩んでいる原因もわかる気がする。

 まず単純に絵面が怖い。

 髪をうごめかせながら佇む日本人形というのはそれだけでホラーだ。

 廃墟の薄暗さと相まって、苦手な人お断りな雰囲気が出まくっている。

 

 本物の心霊現象ではなく、日本人形をアバターにしたvtuberのようなものと思われているのも良くないようだ。

 単純に作り主が悪趣味だと思われているみたいなのである。

 俺達のことを知っている人にはわかってもらえているのだろうが、新たに見始めた人がどう思うかと考えれば……そりゃ趣味が悪いという結論にもなるのだろう。


 一方ドゥ子である。

 

『英語って難しいですわね。よく日本語のほうが複雑だって聞きますけれど、一から覚える身としてはどちらも十分大変ですわ』


 現在生配信中のドゥ子のチャンネルへと飛ぶ。

 どうやら、現在はフリーの英語学習ゲームを使ってお勉強中の模様。

 

 ドゥ子も配信を開始した当初はぎこちなかった。

 これは予想外だったのだが、知識はあっても生まれたてであるドゥ子は経験に基づいたトークというものができなかったようだ。

 

 おかげで、一回目の配信はグダグダだったと言っていい。

 喋るネタがないとこうなるという配信の見本のようだった。

 その後に落ち込むドゥ子を慰めるのが大変だったよ……。

 

 しかし、そこで挫けないのがドゥ子だった。

 話すことがないなら勉強すればいいじゃないとばかりに、様々な情報を取り入れる配信を始めたのだ。

 

 具体的には、今回の英語勉強配信のような学問的なことから始め、雑学を取り入れるためにマシュマロを活用した視聴者との一問一答なども行っている。

 他にも、熱心にニュースを見ては昼時にその日あった出来事を語るドゥ子ニュースも開始しており、その中で時事ネタのみならず、ちゃっかり俺の日常情報を漏らしたりしているのでミア友からの支持もあるようだ。


 ……まあドゥ子も頑張っているからね。

 今回は大目に見るけど、あんまり変なことは喋っちゃダメだぞ。

 俺が怒ったら怖いんだからな!

 

『そのうち英語のみの配信なんかもしてみたいですわね。数学? 数学も楽しいから好きですわ。今度また制限時間内に何問解けるか試したいですわね』


 とはいえ、勿論それだけで開始一週間で十二万人を超えるほどの登録者を集められるわけがない。

 ドゥ子も頑張ってはいるが、頑張ったからといって即登録者数に結びつくような甘い世界ではないのだ。

 

 実はこれにはカラクリがある。

 

 ドゥ子のチャンネルを改めて眺める。

 なんと、そこにはアーカイブが一つもなかった。


 残していない、のではない。

 残らないのだ。

 

 ミア友なら馴染み深い光景だろうそれは、ドゥ子が幽霊であることに起因する。

 カメラ師匠を通してしか姿は映らず、アーカイブにはドゥ子の存在は残らない。

 まあつまりは初期の俺と同じ状況だということだ。

 

 幸い、そのことにはすぐに気づいたので、配信中は俺の創造能力でドゥ子を可視化しようかと思ったのだが。

 意外なことに、それはドゥ子に拒否されてしまった。

 ドゥ子は「お母様、これはチャンスですわ」と言って笑ったのだ。

 

 姿を可視化していないと、配信中の様子は外部機器を通しても映らない。

 そのことを知っていたドゥ子は、逆にそれを売りにした本物の幽霊配信をすることを思いついたようだ。

 

 俺も時々はやっているが、基本は可視化しての配信だからね。

 やっぱりアーカイブが残せないというのは配信者としては痛い。

 しかし、ドゥ子は「お母様、新規の方を掴むには分かりやすさとインパクトが重要なのですわ」と言ってそのまま強行。

 現在もアーカイブに残らない配信を続けている。

 

 まあドゥ子の配信だからね。

 ドゥ子のやりたいようにやればいいと思って静観することにしたのだが。

 

『lol』『Do your best』『勉強好きなのすごいわ』『lol』『so cute』『俺より頭よさそう』


 コメント欄を一定数占める英語のコメント。

 

 そう、なんと予想外なことに、カメラに映らない現象がアメリカの一部で話題になってしまったようなのだ。

 

 何故アメリカ!?

 日本じゃなくて!?

 

 いまだに意味がわからずに首を傾げてしまう。

 

 どうも、ドゥ子のコミカルな見た目や、英語の勉強をしていたことから注目を集めてしまったようなのだ。

 おかげで、ドゥ子の登録者は鰻登り。

 気付けばあっという間に十二万人に到達したというわけだ。


 ……ドゥ子すご過ぎない?


 以下は、お父さんに翻訳してもらった海外ニキ達のコメントだ。

 

 

:驚いたな。日本はいつアニメを現実にする技術を開発したんだい?


:ドゥ子はとても可愛いね。昔、水族館で見たウーパールーパーを思い出すよ


:幽霊だって? つまりこれは生きていたのかい?


:モニターに姿は映っているのに、カメラやビデオで撮影するとそこにドゥ子はいない。自分の頭のほうを疑いたくなるね


:イリュージョンだ。僕には手品の種がわからない


:馬鹿げているよ。幽霊がいるなら何故殺人犯が復讐もされずにのうのうと生きているんだい?


:刺激的だ! こんなに驚いたのはママが突然恋人を家に連れてきて以来だよ!


:この謎の幽霊を作ったのが日本にいる幽霊の少女だって話だけど。もうわけがわからないよ


:今朝僕が寝過ごしたのも幽霊の仕業かい?


:みんな難しくて考えすぎだよ。ドゥ子は可愛いだろう? それでいいじゃないか



 良くも悪くも話題になっているようだ。

 

 ドゥ子の配信から流れてきたのか、最近では俺のほうにも英語のコメントが散見されるようになってきている。

 

 lolって、日本語でいう(笑)とか草と同じ意味なんだね。

 初めて知ったよ……。

 

 おかげで登録者数も早々と三十万人を突破。

 アメリカから日本へと逆輸入される形で日本人の注目も集まりつつある。

 当初の目論見とはかなり違うが、現時点でも幽霊プロジェクトは成功したと言っていいだろう。

 

 予想外過ぎて未だに理解が追いついてないんだけどね。

 俺も英語の勉強を始めたほうがいいかも知れない。

 

 お父さんが嬉々として英語字幕をつけた切り抜きを作ると言っていたことを思い出す。

 俺のために動いてくれるのは嬉しいが、何となく不安になるのは何故だろう?

 三十万人記念配信をやるべきかどうかも決めないといけないし、なかなか考えることが多い。


 そういえば、最近市子さんの機嫌がとても悪いのでそちらのフォローも必要だろう。

 ……さすがに差が開き過ぎちゃったからね。

 ここぞとばかりにドゥ子がマウントを取っていたので、むしろドゥ子のほうを叱ったほうがいいのかも知れない。

 

 何にせよ、俺の力は日々増しているので路線は間違っていないはずだ。


 ドゥ子に負けないように、俺も配信頑張らないとな!


 さすがに娘に負けるのはプライドに響きそうなので、今まで以上に面白い配信を心がける必要があるだろう。


 そんなことを考え意気込んでいたその日の夜のことだった。

 

 笹塚さんから一通のメッセージが届く。

 どうやら怨霊退治の準備が整ったようだ。

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