閑話 バレンタイン記念配信をするぞ

「こんばんわ、ミア友の諸君」


『ファッ!?』『誰やお前!?』『親父www』『出親父わろた』『親父ぃ!』『久しぶりだな親父!』


 今日はバレンタインデーだ。

 そんなわけで、バレンタイン記念配信をする……というほど大げさなことはなく、最初にチョコだけ渡して普通に配信するつもりだったのだが。

 

「えっと、お父さん、ちょっとどいて」

「おお、すまんミア」


 何故か今日はお父さんが廃墟までついてきていた。

 画面前を占領されていたので、声をかけて場所を空けてもらう。

 

「ごめんねみんな。なんか急にお父さんが配信に出たいって駄々こねちゃって。何度か断ったんだけど……」


『ほーん?』『どした親父』『何かあったっけ?』『収益化か?』『グッズ展開か?』『まさか……』


 本当に何のつもりなんだろうね?

 正直何で配信に出たいのかは教えてくれなかった。

 おかげで、何をするつもりなのかとハラハラしている。

 

 こちらの心配を他所に、お父さんはニチャリと嫌らしく笑った。

 

「ところでミア友の諸君。今日は何の日か知っているかね?」


『バレンタイン……』『バレンタイン』『何の日だっけ?』『バレンタイン……はっ!?』『知らない日ですね』『親父まさかお前』『バレンタインなんてなかった』


「ふむふむ、なるほど。そう、賢明なる諸君の仰る通り、今日はバレンタインデーだ。女の子が愛する男にチョコを贈る日なわけだね。ふぅ、ところで今日はなんだか暑いね?」


 そう言って、わざとらしく手に持ったもので顔を扇ぎ出すお父さん。

 これ見よがしにその物体をカメラに見せつけている。

 

『むしろ寒いぞ』『今二月だぞ』『そ、それは!?』『親父まさか!?』『う、うわああああ!?』『今時、女が贈るとか時代遅れだろ!』『親父てめぇ!』


「おっと、見えてしまったかね? バレンタインという日に我が最愛の娘からもらったチヨコレイトが!」

 

 そう、お父さんの手には丁寧にラッピングされたバレンタインチョコがあった。

 昼間、俺がポルターガイストを駆使して作ったものだ。

 チョコ作りなんて初めてだったが、真夜さんやとまるん、ギャル子さんと協力して製作したので、味は悪くないはずだ。

 

 ……まあ市販品を湯煎で溶かして固めただけだけどね。

 ネットの記述通りにやれば早々失敗はしないのだ。

 更に言えば、お父さんだけじゃなく真夜さん、とまるん、ギャル子さんとはチョコの交換会をしているし、お母さんにもプレゼントしている。

 

 しかし、狂喜乱舞せんばかりに一番喜んでいたのはお父さんだと思う。

 

「ああ楽しみだな、ミアからの心のこもったチョコレイトを食べるのが! これがまさしく愛だろうね! えっと、ところでミア友の諸君、君たちはミアからのチョコレイトを貰ったのかね? ああ別に答えなくてもいいよ。答えは分かりきっている。残念だったね?」


『草』『マウント取ってきて草』『ぐぎぎぎ』『クソ親父で草』『普通に悔しい』『正直羨ましい』『これが人間のやることかよぉ!?』


「ええと、お父さん?」


 まさかとは思うがそんな自慢をするために配信に出たかったのだろうか?

 白い目で見つめる。

 

「ふ。ミア、そんな目で見るんじゃない。男にはやらなければならない戦いというものがあるんだ。言うならばこれは聖戦……ouch痛い!?」


 俺は雑誌を開いた状態でお父さんにぶつけた。

 

 まったく、本当にしょうがない父親だ。

 

 まあ正直そこまで喜んでもらえると悪い気はしないのだが、それでも物には限度ってものがあるからね。

 

 ミア友を煽るのはNGなので、俺はポルターガイストでお父さんを浮かせると、ゆっくりと部屋の外まで運んでいった。

 

「え、なにこれ怖い。ミア? お父さん浮いてるんだけど? ミアがやってるのか? 一体どこに向かって……ミア? ミアぁあぁああ!?」


 廊下に放り出してからドアを閉める。


 すかさずドアをノックする音が聞こえるが、パワーアップした俺のポルターガイストで押さえているので簡単には開かない。

 さよならお父さん、また後で。

 

『草』『草』『追い出されてて草』『ざまぁwwww』『親父ざまぁwww』『悪は滅びた』『でもチョコは羨ましい』『チョコ……』『ミアちゃん俺たちのチョコは?』


「みんなの分もちゃんとあるよ。ちょっと待って……」


 そこでふと気付く。


 あ、あれ?

 そういえば俺、チョコってどこにやったっけ?

 確か、出る前に玄関付近に置いて……。


 ま、まさか。

 チョコ実家に忘れてきた!?


 冷や汗をかく。

 いや、汗は出ないんだけど。

 

 一応チョコ作りした際、それぞれのファン用のチョコも用意はしたのだ。

 しかし、いざ家を出る段階になって、お父さんが配信に出たいと言い出したので、そのゴタゴタで忘れて来てしまったようだ。

 

 ど、どどどどど、どうしよう!?

 

 い、いや、待て落ち着け。

 仮に俺がチョコを持ってきていたところで、ミア友に実物を渡せるわけではないのだ。

 おそらく、チョコを渡すという体裁を取るだけのただの茶番になっていたはず。

 そんなもの、ミア友だって別に望んではいないのでは……?

 

『おおお』『チョコあるのか!』『嬉しい』『ギブミーチョコレート!』『さすがミアちゃんだわ』『さすミア』『ミアちゃん愛してる!』


 ……うん。

 なんかこう、あれだね?

 

 許して。

 

「えっと、その、昼間にね、真夜さんととまるん、ギャル子さんも合わせて四人でチョコ作りをしたんだけど……」


『いいね』『楽しそう』『キマシッ』『それ観たかった』『なんでそれを配信しなかったし』『女子会!』『楽しかった?』


「あ、う、うん、楽しかったよ、あ、そうだ!」


 その時、俺に電流走る。

 確か、真夜さんからチョコ作りの動画を送ってもらうことになっていたはず!

 

 元々、カメラ師匠が撮影自体はしてくれていたのだ。

 それを真夜さんに伝えると、後からファンが観られるように編集しようかと提案してくれたのでデータを渡していたのだが。

 

 そうだよ、あの動画はどうなった!?

 

 確認すると、少し前に真夜さんから五分程度の動画が送られてきていた。

 

 やった、さすが真夜さん!

 昼間の話し合いで、動画はそれぞれのファンに公開しようという話になっていたので、今から俺が利用しても問題ないはず!

 

 真夜さんからのコメントで『ミアミア約束の動画送るねー! 住所バレに繋がりそうな部分は私がチェックして編集してあるから、なんならこれそのままアップしても大丈夫だよー!』と書いてあったので問題なさそうだ。

 

 神かな?

 真夜さんは俺の救いの女神だったのか?

 

 俺は早速公開させてもらうことにした。

 

「えっと、実は真夜さんがその時の動画を編集してくれたんだ。今から見せるね」


『おおおお』『キター!!』『やったー!』『いいね!』『それを待ってた』『親父なんていらんかったんや!』『わくわく』

 

 心の底から真夜さんに感謝しながら、動画を再生する。

 すると、いきなりギャル子さんのアップが映し出された。

 

『うぇーい! みんな見ってるー?』

『何してるのギャル子さん?』

『ミアっちもおいで、一緒にファンサしようぜー!』

『あの、今日はチョコ作りとのことですが、カカオ豆はどこにあるんですか?』

『え!? とまちゃんカカオから作る気だったの!?』


 いきなり何とも騒がしい一幕だ。

 

『草』『草』『うるさくて草』『とまるんwwww』『カカオからww』『とまるんはガチ』『ファンサ助かる』『楽しそうでいいなw』


 動画の中の俺たちは、和気あいあいと話しながらチョコ作りをしていた。


『んじゃいくよし』

『あ、ちょ、ギャル子さんチョコ丸ごとじゃなくて刻んで……って、お湯に直接!? しかもそのお湯沸騰してない!?』

『熱いほうが溶けそうじゃん?』

『いやいや、ネットにやり方書いてあるからちゃんと見よう!?』

『ふっふっふ、ミアミア、見てよこの華麗なる手捌き!』

『あ、真夜さん何か上手いっぽい』

『ええと、真夜ちゃん、これってチョコですよね? 溶かしてどうするんですか? え、固める? それに何の意味が……』

『い、いや、とまちゃんこういうのは雰囲気だからね。深く考えちゃダメだよ』


 ……色々と問題もあったが、俺と真夜さんの奮闘で何とか前に進んでいく。

 

 そして、ついにチョコが完成し、動画の中で俺たちは嬉しそうにチョコ交換を始めた。

 

『じゃあこれ私からミアミアに! お供えすれば食べられるんだよね? それと、これがとまちゃんでこれがギャル子さんね!』

『あの、上手くできたかわからないですけど、ミアさんこれどうぞ。真夜ちゃんとギャル子ちゃんも』

『あはは、ちょっと見た目悪いけど食べられないわけじゃないはず……? ほ、ほい、ミアっち、まよっち、とまっち』

『ええと、じゃあちょっと恥ずかしいけどこれお返しに。真夜さんどうぞ。とまるんもはい。ギャル子さんはこれね』

『ミアミアありがとー! うん、甘くて美味しい!』

『美味いじゃんー!』

『美味しいです』


『あ〜〜』『てぇてぇ』『草』『頬がニヤついてしまう』『いいね』『美味そう』『ミアちゃんとまよまよ上手いな』『俺にもくれー!』『ギャル子さんぇ……』


 そして、動画は最後に、それぞれのファンにチョコを作るぞと宣言して終わった。

 

 いや、なかなか良い動画だったんじゃないだろうか。

 ちょっとワチャワチャしていたが、観ているほうとしても楽しい雰囲気は感じられた。

 これならきっとミア友も満足して……。

 

『いや良かったわ』『面白かった』『できれば生で観たかったけどこれも有り』『で、ミアちゃんのチョコは?』『この後俺たちのチョコを作ってくれたとか胸熱』『どんなのかな?』『早く見せてー』


 ……ですよね。

 どうやら忘れてはくれなかったようだ。

 

 どうする?

 いっそ、今の動画が俺からのプレゼントだよと言って誤魔化すか?

 それでどうにかなるものなのだろうか?

 助けて真夜さん!

 

 悩む俺の隣にふっと人影が見えた。

 顔を向けると、いつの間に入ってきたのか、お父さんが笑顔で立っていた。

 

 すっかり忘れていたが、どうやら俺が動画に気を取られてポルターガイストを解除した隙にこっそり入ってきたらしい。

 

 もしかして、また何か言い出すつもりかと警戒する俺に対して、お父さんは鞄から一つの箱を取り出した。

 カメラから死角になるように取り出されたそれは、お父さんのものとはまた別のラッピングをされていて……。

 

 そ、それは!?

 

 それは紛れもなく、俺がミア友用に作ったチョコレートだった。

 

 お、お父さん、まさか持ってきてくれていたのか!?

 

 お父さんが笑顔でサムズアップする。


 なんて頼りになる父親だ。

 ただ自慢しに来ただけの大人げないオッサンだと思っててごめんよ。

 

 俺はミア友に見えないようにサムズアップを返すと、ポルターガイストでチョコの包装を宙に浮かせる。


「えっと、みんなのチョコだけどね、勿論あるよ、今渡すね」


 顔の前に持ってきて譲渡のポーズを取ろうとする。

 あ、あれ?

 でもなんかこれ予想以上に恥ずかしいな?

 

 自分がチョコを、それもミア友に渡すという事実に、今更ながら羞恥が込み上げる。

 

 お、おかしいな。

 スッと渡してサッと終わるつもりだったのに。

 

 思わず、触れないはずのチョコに手を添えるようにして、口元を隠してしまった。

 とはいえ黙ってもいられない。

 上目遣いになるのを自覚しつつなんとか声を絞り出す。


「え、えっと、その、は、ハッピーバレンタイン?」


 う、うわあああああ!!

 なんか変な言い方になっちまったああああ!?

 

『かわ』『可愛い』『ヤバい』『かわいいいいいぃぃ!』『あざとい!』『可愛いすぎて草』『全俺が惚れた』『あぁあぁああ!!』『うわあああああ!?』『可愛いすぎひん?』『ミアちゃん結婚してくれー!』


 あざといと言われたことで余計に頬が熱くなる。

 

 ち、違う、今のは俺の狙ったことじゃないんだ。

 や、やり直し、リテイクを要求する!

 

 慌てる俺。

 盛り上がるコメント。

 ヒューッと口笛を吹くお父さん。

 

 カオスな状況に動揺しながら夜は更けていく。

 

 この後めちゃくちゃゲームした。

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