12 二十万人記念配信をするぞ(前)

「なるほど、そいつは厄介だね」


 女子校の怨霊について相談すると、笹塚さんと若菜さんは同時に顔をしかめた。

 どうやらその怨霊の存在自体を知らなかったようだ。

 表にいる強大な悪霊はある程度把握しているらしいが、異界に隠れ潜んでいるような存在までは網羅できていないとのこと。

 

「話を聞くに、それなりに古くて悪知恵が働く霊みたいだね。縁絡みで人質を取っているということなら、ちょいと準備はいるけど対策はできるよ」


 頼もしいことに、笹塚さんは協力を約束してくれた。

 少し準備に時間がかかるみたいだが、討伐を手伝ってくれるそうだ。

 

「ありがとうございます!」

「いやいや、こっちだってそんな危ないのを野放しにしておきたくはないからね。本来なら私たちで対処するのが筋なんだろうが……」


 相手が強力な霊であればあるほど、腰が重くなるのが霊能者組合というところらしい。

 今回のケースだと、まず情報の裏付けを取るところから始まり、実際に討伐に動くとなると会議にかけ、有志を募って行くことになるそうだ。

 

 その上で、もし必要な戦力が集まらないなら放置することも珍しくなく、仮にトントン拍子に話が進んだとしても討伐まで最短数ヶ月、長ければ数年かかってもおかしくないと言う。

 

 なんだそりゃと思わなくもないが、実際に命のやり取りをすることを考えると仕方のない側面もあるのかも知れない。

 笹塚さん曰く、多額の金銭が払われるならまた話も変わるが、そうでなければ無償で危険に挑むことになるので、現代においてそこまで自己犠牲精神を発揮する人間は少ないのだという。

 

「すまないね。そのレベルの悪霊になると私だけで相手するのは厳しそうだ。かといって組合はあまり当てにならないだろう」

「いえ、元々私が言い出したことなので大丈夫です。人質さえいなければ多分倒すこと自体は問題ないですし」


 まあ、人質についてだけ協力して貰えればそれで十分だ。

 そもそも、霊能者に任せてしまうとポイントが稼げないからね。

 怨霊という危険を排除するのが第一目的ではあるけど、それでもそれなりに強力で倒せそうな悪霊からはきっちり力を回収しておきたい。

 

 ……悪霊にも敬意を持てと笹塚さんは言っていたけど、俺も今後のことを考えて強くならないといけないからね。

 霊の世界は弱肉強食。

 自分より強いやつが目の前に現れてから慌てても遅いのだ。

 強くなれる時に強くならないと。


 それに、万が一組合に任せたことで組合側に、あるいは時間切れで生徒側に犠牲者が出ても後味が悪い。

 やっぱり、自分で最後までやるべきだろう。

 

 笹塚さんはそれでも申し訳なさそうにしていたが、人質への対処については責任を持って引き受けると約束してくれた。

 ひとまず用意が整い次第また連絡をくれるという話になり、連絡先だけ交換してその場は別れる。

 若菜さんは何かを考え込んでいる様子だったが、目が合うと複雑そうな顔をしていたので、最後まで俺に対しての警戒を解いてはくれなかったようだ。

 




 むしろ、その後実家に帰ってからのほうが大変だった。

 どうやらリアルタイムで配信を観ていたらしく、怒り狂うお父さんに、心配するお母さん。

 真夜さんやとまるん、ギャル子さんからも連絡を貰い、ぎゃおーさんからも『大丈夫か何かあったら言えよ、相手ボコしてやるから』とメールをいただいた。

 

 俺としては、若菜さんの対応にも一理あると思っていただけに正直驚いた。

 

 何せこちとら幽霊だからね。

 俺自身は悪霊化する心配はないと思っているが、そんなことは他人からはわからないわけで。

 そんな不安定な存在が何十万という人間に影響を与えているのだ。

 冷静に考えれば警戒されて当然だろう。

 

 まあだからといって、いきなり攻撃されるのは勘弁して欲しいが、その立場もわかるだけに一概に彼女を責める気にもならない。

 だから少しずつでも仲良くなって理解してもらえたらいいな、程度の感覚だったのだが。

 

 お父さんは霊能者組合に怒鳴り込みに行きかねない剣幕だし、お母さんは泣き出すし、真夜さんは若菜さんと殴り合いの喧嘩をする覚悟を語ってくれるし、とまるんは実家の権力を使って霊能者組合に抗議するのを検討しているみたいだし、ギャル子さんはネット上で霊能者組合を糾弾するキャンペーンを張る気満々だしで、なかなかカオスな状況だったといえる。


 でも言われてみれば、俺だって自分ごとじゃなく家族や友達が襲われたら怒り狂うかも……。

 

 う、うん。

 なので、みんなの気持ちはありがたいし俺のことを心配してくれるのは素直に嬉しいけど、個人的には霊能者組合とは上手くやっていきたいと思っているのだ。

 若菜さんはちょっとアレだけど、笹塚さんは普通に良い人っぽかったし。

 

 そんなわけで、あまり過激なことはしないように頼み込んで、何とか全員に矛を収めてもらった。

 とはいえ、両親なんかは流石に警戒心を捨てきれないようで、今後霊能者と会う時はお父さんと一緒に行くようにと約束させられてしまった。


 これについては心配させてしまった手前仕方ない。

 両親の気持ちは嬉しいので、俺は素直に頷いておいた。

 

「……ところで、霊能力を身につければお父さんもミアに触れるようになるんだろうか?」

「え、本当? ミアに触れるの!? ねぇねぇお父さん、もしやり方がわかったら教えてよ!」

『あ、でもミアミア、私も修行すればミアミアに触れるようになるのかな!?』

『あの、ミアさん、もし霊能者の方に弟子入りすれば私も霊視ができるようになるんでしょうか?』

 

 それはそれとして、笹塚さんが俺に触ることができたという衝撃は大きかったらしく、みんな興味津々だったようだ。

 霊能者組合には思うところもあるが、霊能力は身に付けたいらしい。

 

「え、えっと、よくわからないけど今度笹塚さんにメールで聞いてみるね」


 そう伝えると、くれぐれも、とみんなの本気度合いが伝わる念押しをされた。

 

 な、なんだか大変なことになっているような。

 

 まあ俺もみんなと触れ合えるようになれれば嬉しいのは確かだ。

 ただ、みんなが霊能力を身につけるのは、それはそれで他の霊絡みで心配でもあるのだが。

 

 逆に俺のほうから触れるようになれないのかな?

 

 せっかくできた縁だ。

 それも含めて、怨霊退治が終わった後にでも笹塚さんに尋ねてみようと思う俺だった。

 


 ◯

 

 

「さて、それじゃあ二十万人記念配信始めるよー!」


『きちゃあ!』『待ってた!』『うおおおおお!!』『もう二十五万超えそうだけどなw』『勢いすげえ』『ミアちゃんはワシが育てた』『記念配信!』


 それはそれとして、本日は待ちに待った二十万人記念配信の日だった。


 本当に、十万人からここまであっという間だった気がする。

 それもこれも、日頃から応援してくれているみんなのおかげだろう。

 色々あったけど、こういう機会に日頃の感謝を伝えていかないといけない。


「ここまでこれたのは本当にみんなのおかげだと思う、ありがとう。何かコミケからの伸びが凄すぎてイマイチ実感がわかないんだけど……」


『草』『草』『ええんやで』『伸びヤバかったなww』『あっという間だった』『こっちこそいつもありがとう』


 気付けば、いつの間にか登録者数は二十五万人近くなっている。

 二十万人記念をやるには少し遅れた感があるが、まあこの程度の差はいつものことというか、誤差だろう。


 ご、誤差だよね?


 なんなら三十万人もすぐに到達しそうで怖い。


「今日はツミッターでも予告したように、マシュマロを食べて、その後特別企画、最後に歌を歌うぞ!」


 この日のために頑張って準備したからな。

 ミア友には是非楽しんでほしい。

 俺は改めて気合いを入れた。


『特別企画(意味深)』『一体何が始まるんです?』『前もそんなことあったようなw』『マシュマロもぐもぐ』『コスプレか?』『ファッションショーくる?』『楽しみだわ』『お歌!』『うおおおトイレ行ってくる!』


 始まったばかりなのにもうトイレに行く人がいる!?

 ま、まあ出るものは我慢できないもんね、仕方ないね。

 でも出来れば開始前までにトイレは行っておいて欲しい。


「じゃあ早速マシュマロ食べていくぞ!」


 さて、今日この日のためにツミッターでマシュマロを募集しておいたのだ。

 タイミング的に幽霊に関する質問が多かったが、一通り目を通して似たような内容のものと下ネタ絡みは排除してある。


「下ネタ絡みは排除してあるぞ」


 一応口頭でもお伝えさせていただく。


『草』『草』『ですよねーwww』『誰だよ送ったやつ』『ミア友ぉ!』『まだ下ネタ送るやつがいるのかww』『僕です』


 お前か!

 反省しろ!


 まあ一通二通じゃなかったから間違いなく他にもいるんだけどね。

 ネットに関わる以上そういうのは無くならないだろうから気にしても仕方ないのだ。


「じゃあそんなわけで、まずはこれ、じゃん!」


【ミアちゃんこんばんは! 最近配信を見始めたばかりの新参なのですが幽霊が本当にいるという事実に怖くて夜も寝られません。もしかしたら僕も普通に暮らしてて霊に襲われたりすることがあるのでしょうか? 差し支えなければご教授いただけると助かります】


『じゃん』『じゃんじゃん!』『じゃん可愛い』『あーこれ』『これは気になる』『怖い(´;ω;`)』『一人でいる時とか背後が気になるんよな』『ミアちゃんの配信見てるとマジで悪霊がそこら中にいる気になってくる』『深く考えないようにしてるわ』


「えーとね、前にも言ったことがある気がするけど、実際意思のない浮遊霊まで入れると幽霊自体はかなりの数いると思う。ただ、悪霊ってなるとそれなりに数は減るし、そこから人に影響を与えられるほど強力なやつってなると、もっとずっと少なくなると思うんだ」


 俺には気配察知があるから、次から次に悪霊に遭遇しているように見えるかも知れないが、あくまで配信のために下調べまでした上でのことだからね。

 気配察知を使わなければ遭遇率自体はそんなに高くないと思う。

 

「それに、相当強い霊でも生きている人間に危害を加えるのって簡単じゃないから、普通に生活してて襲われる心配なんてほぼないはず」


 なんせ、落ちぶれたとはいえ神の一端であるマシラでさえ、それなりの手順を踏まないと真夜さんに手出しできなかったのだ。

 そんじょそこらの霊が気軽に人に何かできるとは思えない。


 女子校の怨霊にしても、誰かれ構わず縁が結べるってわけじゃないはずだ。

 笹塚さんも、何か条件があるんじゃないかって言ってたもんな。

 

「まあ一度でも縁を繋いじゃうとそこから干渉される危険はあるから、もし不安な時は霊能者組合に相談してみたらどうかな?」


『霊能力組合』『でた組合w』『本物って判明したのはでかいよな』『お金かかりそう』『縁かー』『ミアちゃん相談に乗ってー』


「うーん、ミア友が困ってるなら相談に乗ってあげたいけど、私一人だと限界があるから……。なんだかんだで専門でもないし、やっぱりまずは組合の人に相談した方がいいと思う」


『専門じゃないの!?』『幽霊なのに専門じゃないとは』『小学生だもんな』『まあ幽霊だからって幽霊に詳しいわけじゃないか』『ミアちゃんが相談にのってくれるならみんな殺到しそう』『イタズラも多そうだしやらないほうがいい』


 俺も考えたことはあるが、霊絡みの相談を受け付けるようになってしまうと色々問題が起こる気しかしないんだよね。

 イタズラも考えられるし、意図せず強力な霊と敵対する危険性もある。

 霊への対処でいっぱいいっぱいになって配信が疎かになるのも避けたいし、霊能者組合の仕事を奪うようなってもよろしくない。

 

 まあ、万が一ミア友が困っていて、組合のほうでも対処できないようなことが起これば、その時に改めて考えればいいだろう。

 少なくとも、俺が霊の専門家じゃないのは事実だし、安請け合いするよりはこの方が良いと思う。


「ごめんね。じゃあ次のマロいくよ! 次はこれ、じゃん!」


【ミアちゃんはオシッコしますか?】


「しません。次」


『草』『草』『冷たくて草』『するわけねぇだろw』『誰だよ質問したやつww』『なぜ採用したw』『ミアちゃんはトイレなんか行かないんだよ!』『わろた』


 セクハラってことで不採用にしようかと思ったが、単純に幽霊の生態に興味がある可能性も考えて一応のせてみたのだが。

 ……やっぱり無視したほうが良かったかも知れない。

 

「じゃあ次に行くぞ! じゃじゃん!」


【スク水はいつ着てくれますか?】


「着ません、次」


『草』『わろた』『即答で草』『そんなぁ……』『お前らセクハラやめろw』『どうして……どうして……』『巫女服で手を打とう』『ミアちゃんのバカ!』


 いや、そんな着るのが当然みたいに言われても……。

 スク水で配信とか完全に変な人じゃん……。


 それに仮に今後水着を身につけるにしてもスク水以外にしようと心に決めているのだ。


 前のプールで懲りたからね。

 さすがにスク水は子どもっぽすぎる。

 もっと可愛いやつにしないと。


「じゃあ次に行くぞ! じゃじゃじゃん!」


【風船にみかんの汁をかけると割れる】


『草』『豆知識w』『だからなんだww』『そうなの?』『有名じゃん』『知らんかった』『なんか溶けるんだっけ?』


「これ知らなかったんだけど本当なんだって! すごいよね! ビックリしたからみんなにも知らせようと思って!」


『草』『感動してて草』『純粋かよww』『かわよ』『そういえば小学生だったわ』


 なんだよー。

 みんな知ってたのかな?

 今度試してみたいけど物に触れないからなかなか難しいかも?

 

「じゃあドンドン行くよ! じゃじゃん!」


【ぎゃおーについて一言】


「結構可愛い人だと思う」


『ふぁっ!?』『えっ!?』『草』『かわ……いい……?』『まあ見た目は可愛いと言えなくもないが……』『どこからそんな言葉がww』『裏で何かあった?』


 いや、まあぬいぐるみ好きなこととか口止めされているから、これ以上のことは言えないんだけど。

 

 とまあ、そんなこんなで、順調にマシュマロを消化していく。

 

「じゃあこれが最後かな? じゃん!」


【霊能者組合について正直どう思ってますか? 本当に信用できるのかどうかわからなくてミアちゃんが心配です】


『あー』『これはある』『若菜ちゃんぇ……』『いきなり襲いかかってくるやつがいるんだもんな』『心配なのはある』『幽霊からしたら敵っぽいよな』


「心配してくれてありがとう。霊能者組合とはできるだけ仲良くしたいと思ってるよ。ただ、組合にも色んな人がいるだろうから、全員とっていうのは難しいのかも知れないとも思ってる」


『うーん』『なるほど』『人間同士でも全員と仲良くするのは無理だもんな』『味方を増やそう』『疑りすぎるのも良くないが……』『何かあったら言ってね』


「ありがとう。ただ、幽霊になっちゃったとはいえ私も元は人間だからさ。なるべく生きている人とは争いたくないなって。だからできるだけ信じたいと思う」


 実際、笹塚さんのことは結構信用している自分がいる。


 もし争うことになったとして、俺に生きている人間を攻撃できるかというとかなり怪しい。

 なので向こうが友好的に来てくれるなら、俺としては全力でそれに乗っかりたいのだ。

 

 少なくとも配信中にお話に来たり、協力を約束してくれたりと今のところ敵意は感じない。

 若菜さんがちょっと心配だけど、俺にできることは少しずつでも関係を築いていくしかないかな。


 ……実のところ、これは配信では言えないが、若菜さんについてはそこまで心配していないというのもある。

 というのも、多分俺の方がずっと強いからだ。


 確かに、あの時の紫色の炎は普通の霊にとって脅威だろう。

 しかし、俺にとってどうかと考えると、大したことはなかったと断言できる。


 とはいえ最初はビックリしたんだけど。

 でもよく見ればそこまで警戒するほどの力は感じなかった。


 多分、あのまま襲いかかられたとしても、守る表皮を数パーセントも削られなかったんじゃないだろうか?

 それだけ俺と若菜さんの間には大きな開きがあるように感じられた。


 まあ、あれが全力とは限らないし、他に手がある可能性もあるから楽観はできないが、若菜さん個人が相手なら簡単に遅れを取ることはないと思う。


 組合全体の力がわからない上に相手が人間である以上、結局は敵に回す選択肢はないんだけどね。

 さっきも言ったが、俺自身まだ人間のつもりなので、生きている人とは仲良くやっていきたいのだ。

 

「さて、そんなわけで最後はちょっと難しい話になっちゃったけどマシュマロはこれで終わり! みんな心配してくれてありがとう! また何かあったら相談するからその時はよろしく!」


『りょー』『はーい』『ちゃんと相談してね』『ミアちゃん愛してる』『組合はマジで変なことするなよ』


 よし、じゃあ気を取り直して特別企画に行くぞ!

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